数の暴力はいけないと思います!
「キリマルとミズキは全員を中央広場に集めろ! ウォルと可憐とシュラマル、それと騎士団の者は皆が集まるまで周囲を警戒! ナシアスはライルにその中央で陣を張るように言え! ユキはアラクネ達を使って村内に糸の結界を張るんだ! ウェスラはユキ達が終わるまで何としても防壁を維持しろ! エリーは仲間を引き連れて後方と両側面の敵に上空から石をしこたま浴びせてやれ! それ以外の奴等は死にたくなかったらライルの張った陣から絶対に出るなっ!」
俺は矢継ぎ早に指示を飛ばす。
本来ならば念話を飛ばした方が確実なのだが、何故かその念話すら使えなかったので、がなるしかなかったのが惜しまれる。
そして自らは村の入り口目掛けて走り出し、防壁の直前まで来るとミッシーを握り締め魔力を流して抜き去る。
「斬り散らせ! ミッシー!」
叫びながら幾重にも剣を走らせ防壁を切り開き、外へと飛び出した。
そして、飛び出した俺の眼前に居たのは、あの村で相対したローブ姿が十人程。
だがそいつ等がジッとしているのを見て、俺は瞬時に嵌められた事を悟り、素早く辺りを見回すと、既に村は奴等に完全包囲されていた。
しかも村の中からは金切り声や怒声が響き渡り、恐慌状態に陥っている事が伺え、俺はそれを耳にした途端、敵の意図がはっきりと読めた。
同時にあの時の揺らぎと隙間は、俺の居た位置を完全に把握して成されたものだ、と言う事もこの時初めて理解した。
それに加えてここ最近、忘れていた有る事を思い起こした。
それは、俺達が監視されている、と言う事を。
俺は自分の愚かしさを呪う。
何故、そんな大切な事を忘れて一人飛び出したのだ、と。
そして、飛び出すのならばアラクネによる糸の結界と、ライルの陣が出来てからにすべきだったと、今更ながらに後悔した。
だが、今更後悔しても、もう遅過ぎる。
だから今は、最善を探さなければ成らない。
それも、ごく短時間のうちに。
そして俺は、思考を目まぐるしく回転させ始めた。
このまま前に出て目の前の奴等と事を構えれば、皆を見捨てる事に成りかねない。でも、背を向ければ攻撃される。そして、後退りをしても今度は別の奴等から攻撃を受ける。
無論、飛び掛ってくれば斬る心算では居たのだが、その気配が全くないのでは、こちらが先に動く訳にもいかない。
ならば一か八かここから蒼炎斬を放って目の前の奴等を消し飛ばしてから戻れば、とも思ったが、魔法を吸収するこいつ等には利くかどうかも怪しいし、念話すら使用不可能にする程強力な何かで村が囲まれているとすれば、魔法の一種でもある蒼炎すら使えない可能性だって有り得る。
でもあの威力を考慮すればそうそう消える事は無いだろうと言う核心に近い思いもあるが、目の前の奴等を一瞬で消し飛ばせるかどうかの確証が持てないし、消せなければ連発しなければならなくなってしまう。それに、元と成る魔力の出所は俺なのだから、尽きればそこで終わりだ。
そうなれば後は俺が蹂躙されてただの骸となる未来しかない。
そこまで一瞬で考えた俺は、完全に進退窮まった状態に陥れられた事を悟り、臍を噛む思いで前方の奴等を睨み付ける事しか出来なかった。
――何か、何か切欠さえあれば……。
奴等の中に突っ込んで蹂躙出来るのに、と思った時、背中に伝わる熱気が消え失せている事に気が付いた。
――ウェスラの魔法が完全に消された!!
余りにも早過ぎる消失に、俺が奥歯を噛み締め一か八か突っ込もうと覚悟を決めたその時、背後から声が響く。
「詰めが甘いぞ。義弟よ」
眼前に居る奴等の事も忘れて振り向けば、そこには口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべるティグルドと、戦場に似つかわしくないにこやかな笑みを浮かべるローザの二人が、悠然と此方に向かって歩いて来る所だった。
そして気が付けば、背後から聞こえていた騒ぎもすでに無く、巨大な白い繭が村全体を覆い尽くしていた。
「何で……」
二人が俺の左右に並ぶとティグルドがフッと笑いを零し、口を開いた。
「余りにも煩いので一括してやったのだよ。死にたくなければ騒ぐ前に指示に従え、とな。だが詰めが甘いとはいえ、その咄嗟の判断力は見事だ。お前が居なければ、奴等は蹂躙されるだけで有ったろうからな。そしてまた、これだけの人材を集めた力、正直恐ろしくもある。故に、私も助太刀しよう。命と誇りを守られた借りを返す為に、な」
ティグルドは前方を睨み付けて腰の剣を抜いた。
「兄上、借りを返す、とかじゃなくて、素直に礼を言ったらどうです? ありがとうって」
ローザはクスクスと笑いながら、その背の大剣を構える。
「あ、あれはだな――!」
慌てるティグルドに向かい、今度は俺が口元を緩めて告げる。
「他言無用、だろ?」
「ま、まあ、そう言う事だ」
そして、俺とローザは薄く笑いを漏らした。
「しかし、どこから沸いて出たのだ、こいつ等は」
「沸いて出たって、お前等が連れて来たんだろうが」
「我等が率いて来た五千の兵の中には、こんな気色悪い連中など一人も居ない」
「五千? 六万じゃないのか? でも、お前達じゃないとすれば、一体だれが……」
疑問に眉根を寄せ、ティグルドの方に顔を向けたその時だった。
「――気を抜くな! 来るぞ!」
叱責されて前に向き直れば、奴等が一斉に前進し始めていた。
*
「厄介だな、おい!」
「まったくだ!」
「そこ! 無駄口叩かない!」
奴等は体の一部を斬り飛ばしても、心臓の位置に突きをくれても、動きがまったく止まらず、その動きを止める唯一の方法は、頭を粉砕するか首を跳ねる事しかなく、俺とティグルドは正直言って辟易していた。
尤も、ローザはその大剣のお陰で無頓着に振り回すだけでも相手の体を分断してしまうので、動きだけは確実に奪っている。そして後から頭を踏み潰すなり、剣を突き立てる等して完全に葬っていたのだから、俺達と比べれば楽、と言えるだろう。
「無駄口を叩くなって、言われても、なあ!」
俺は奴等に向けて蒼炎剣を見舞い、五体ほど纏めて消し去る。
やっぱ威力がめっちゃ落ちてるな。
「貴様は、まだっ! いいだろうが!」
ティグルドは身体能力に物を言わせて奴等の中を駆け巡り、一瞬で五体の首を跳ね飛ばしていた。
「これだって、魔力の消費が、馬鹿にならないんだ、ぞっと!」
今度はティグルド張りに駆け抜けながら、三体を始末した。
「二人とも、随分と、余裕が、あります、ねっ!」
ローザは大剣の五振りで三十体以上を纏めて薙ぎ払う。
無論、俺達はその場に止まっての応戦などしていない。
そんな事をすれば数に押されて身動きが取れなくなってしまうから、と言うのも有るが、村を包囲されているので、その周りを駆け抜けながら掃討しなければならなかったからだ。
だが、流石に二十分近くも剣を振りながら動き回っていた所為で、体力的にも辛く成り始めていた。
「くそっ! 切がねえ!」
「同感! だな!」
「それにはっ! 私も! 同意、します!」
既に俺達三人が倒した数を合わせれば、千体近くになる筈なのだが、数が減った感じがまったくしない。
それどころか、少しずつ強い個体が増え始めている。
しかも奴等が湧いて出て来る様は、あの忌々しい家庭内害虫の様だ。
それにしても、ガルムイはどうやってこんなにも大量の魔装兵を用意出来たのか、こいつ等は何故、首を跳ねても血が一滴も流れないのか、疑問が尽きない。
――しかも、素人みたいな剣捌きをする奴が居るかと思えば、鋭い一撃を放つ奴も居るし、まるで寄せ集めの集団みたいじゃないか。それに、全部が仮面を付けてるとか、何の冗談だよ?
今まで倒した奴等は全てピエロの様な仮面を付け、しかもそれは、ボルトで顔に直接留めて有るという、極めて猟奇的な着け方をしているのだ。
その様は、魔装兵を作り出した者の異常さを示しているとしか、思えない。
「なあ、ティグ!」
「何だ、マサ!」
「変だと、思わないか?!」
「何がだ!」
「こいつ等の、事だよ!」
「だから――うおっ?! 危ねえじゃねえか、この野郎! 何が変なんだ!」
「剣捌きを見れば、気が付く、だろうが!」
「言われてみればっ! そうだ、な!」
「ですね! 何だか、寄せ集め、みたいな感じが、しますね!」
二人とも俺と同じ疑問は感じていたようで、同意を寄越す。
「それに、なんで顔を隠す、必要が、あるんだ?!」
「さあ、な! 毟り取ってみるか?!」
「そんな事してる間に、殺られちゃいますよ!」
気軽に会話をしてはいるが、それは魔装兵の強さが大した事がないと言う事が大きい。だが、これだけ長い間集中して剣を振る、と言う経験が始めての俺は、一体の首を跳ねた後に一瞬だけ気を抜いてしまい、軽く息を吐いて視線を落としてほんの少しだけ動きを止めてしまった。
――ふう、ちょっと疲れたな。
だがそれは、今この場に置いては最も遣ってはいけない危険極まりない行為だった。
「マサトさん危ない!」
「え?」
ローザの叫びが走り目線を上げた俺の眼前は、今倒した奴の体から剣が突き出されていた。
「――くっ!」
咄嗟に半歩ほど右に飛び退くと同時に身を捻りながら軽く背を反らせて紙一重で躱しはたが、ローザの声がなければまともに胸を貫かれていた所だった。
しかも不味い事に俺は右手を剣から離してしまっていて、左手に持つ剣では首なし魔装兵が邪魔で奴に届かせる事が出来ない、しかもこの固体は、それなりの手練で作られている様で素早く剣を引くと構えなおし始めている。だが、一瞬で頭に血が上った俺は反射的に大きく一歩踏み込んで拳を振り抜き、奴の顔面に叩き付けていた。
「大人しくやられてろっ!」
無論、魔法障壁を纏っていないのだから拳にはかなりの痛みが襲って来る。が、それを顔を顰るだけで押し止め、奴の体制が崩れて出来た隙を見逃さず止めとばかりに左手の剣を振り抜き首を跳ねた。
その首は地面に落ちると同時に仮面が砕けその素顔を晒し、それを目にした俺は愕然として目を見開き、また動きを止めてしまった。
「マサ! 止まるな!」
「マサトさん!」
だが今の俺には、二人の声も遥か遠くから響く音にしか聞こえず、迫り来る魔装兵の姿すら、目に入っていなかった。
緩慢な動きで落ちた首の傍まで行くと、しゃがみ込んで呟き、震える手でそれを拾い上げる。
「うそ――だよな。なんで、あんたが……」
脳裏には、あの時見た屈託の無い笑顔が浮び、明るい声までもが響く。そして、最後に交わしたあの言葉も。
「なあ、嘘だって言ってくれよ……」
だけどそれはもう、叶えられない。
「俺は――、どうやって返せば――いいんだよ……!」
その首を抱きしめ、奥歯をきつく噛み締めながら涙を流した。
「なんで……なんで……なんであんたを俺が殺さなくちゃいけなかったんだよ! これじゃ、恩を仇で返すようなもんじゃないかよ……」
その首の顔は、苦痛と恐怖に歪み切っては居たが、間違いなく、あの衛兵の顔だった。




