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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ガルムイ王国編 第六章
132/180

マサトの散々な一日

戦闘に入るはずが、何故か閑話みたく……。

 今居る場所は、教授達に占拠された村、リーゾ。

 そして俺はウェスラの前、と言うか皆の前で正座をさせられ叱られていた。

 その原因は一緒に連れて来た、シャルとスミカである。

 でも、ちょっと待って欲しい。

 確かに皆の心配を他所に俺は、スミカを勝手に養女にしてその養母を妻に迎える事を約束した。

 そこは怒られても文句は言わないし、言う心算もない。

 その点に関しては甘んじて叱責を受けようと思う。

 でも、シャルの事は別だ。

 俺は彼女をメイドとして雇う心算だってちゃんと説明したのに、どこをどう曲解したら新しい妻って事になるのだ。

 しかも、本人もその気満々とか、訳分かんねし!

「――聞いておるのかっ!」

「え? あ、はい。聞いてます」

 半分上の空だったけどなー。

「ほほう、ではワシが何と言ったか、覚えて居るよな?」

 ウェスラがとっても優しい顔で聞いて来たが、上の空だった俺が覚えている訳も無く……。

「済みません。聞いてませんでした」

 結局素直に謝る羽目になった。

 だがそれは、火に油を注いだだけだった。

「このっ、大戯けがっ! 大体おぬしは――」

 そして延々と三時間程の間、説教を食らい、その時初めてあの時の教授の気持ちが分かった。

 これはマヂ鬱になりそうだ……。

「――次は無いぞ! 良いな!」

「――はい。肝に銘じておきます……」

 ウェスラが鼻を鳴らして大股で去って行く姿を見送り、やっと開放された、と安堵の溜息を付いたのだが、他の奥様方は何故かまだ、俺の目の前に居た。

 あの、もしもし? まだ何かあるんでしょうか?

「それじゃ、次はわたしの番ですね」

「え?」

 寝耳に水とは正にこの事で、ここに居る全員から説教を食らうまで俺は、解放されない様だった。

 マヂデスカー?

「え? じゃありません。大体マサトさんは――」

 ローザにも延々と説教を食らい更に疲弊させられ、

「次は(わたくし)ですわね」

 ナシアス殿下からもボロクソに言われながら足蹴にされ、

「では、私も」

 ミズキからは直接打撃を加えられ何度もゴム鞠の様に飛ばされた。

「ウチも……」

 ボロボロの俺は最後にユキの糸で簀巻きにされて逆さに吊るされた挙句「おにいは少し頭冷やした方がいいんじゃない?」と言う可憐のとんでもない一言で井戸に放り込まれ、呼吸も間々らならず途切れ始める意識の中、もしかして俺の奥様方って、世界一危ない集団なんじゃなかろうか、と思いながら意識の暗闇に沈んで行くのだった。



          *



「なあ、なんで村なんか占拠したんだ?」

 拷問、と言う名の説教を奥様方から受けた翌日、()()に起きた俺は教授に疑問を投げ掛けていた。

 うむ、段々人間離れしてる気がする。

「何かと思えばそんな事ですか」

「そんな事って……」

 俺にとっては大問題でも教授にとっては何でもない事の様で、呆れた顔をされてしまった。

「だって、俺の指示した事は――!」

 そんな教授に対して俺は勢い込んで口を開くも、目の前に手を翳されて押し止められ、その代わりに教授の口が動く。

「確かに当初の指示はそうでしたが、私はこれでもマサト殿の心情を汲んだ心算なのです」

「俺の心情?」

「はい。実は――」

 そして直ぐに教授は説明をしてくれた。

「そんな事が有ったとは、な……」

 話を聞いただけの俺がこれだけ胸糞悪い気持ちになったのだから、況してやその場に立ち会ってしまったレジンの気持ちなんて想像を絶するし、直ぐに手を出さなかった事を褒めても良いくらいだ。

「勝手を仕出かした事に関しては謝りますが、マサト殿もあの場に居合わせたならば同じ事をしたと思います。ただ先程、マサト殿の心情を汲んだ、とは言いましたが、実の所を言いますと、半分は私自身の心情も入っているのですよ」

 これには少々驚かされた。

 教授は今までも勝手な事をしはしたが、はっきり言って自分の為にした事は一度も無かったからだ。そんな彼が今回だけは半分とは言え、自身の心情で動いたのだから驚かない方がおかしい。

「私達魔獣や魔物に取って、子はどんな物よりも大切な存在です。常に狩られる側に居て命を脅かされていましたから、子孫を残す、と言う意味に置いても命を掛けてでも守らなければならない存在でしたからね。ですから、他の者が生んだ子でも大切に守り育てるのが常識でした」

 俺は静かに教授の言葉に耳を傾けていたが、彼は突然体を震せその顔を怒りで染めあげ、語気荒く言葉を吐き出し始める。

「それを……、この村の者は――、彼等の親が罪を犯した、と言うだけで捨て去ったのです! こんな事、許して良い訳はありません! 例え人と言えども子の価値に変わる所等、有ってはいけないのですよ!」

 そして、自分を落ち着かせる様に一つ息を大きく吸い込み吐き出すと、話を続けた。

「この国では力有る者が上に立ち支配していると聞きます。ならば、私達が支配をしても良いではないですか。それに今よりももっと良い施策を行えば人も暮らし易くなる筈ですし、私達供と共存する事も可能な筈なのです。それに――、私達にはマサト殿、貴方が居ます」

「俺?」

 突然振られて何が何だか分からなかったが、直ぐに教授は言葉を紡ぐ。

「マサト殿は魔獣や魔物、人の区別なく平等に接してくれます。それに、今ここには多くの仲間が集っていますし、少数では有りますが理性的な人も残ってくれています。だから私は、手始めにこの小さな村をマサト殿の国にしようと思い立ったのです」

 教授は最後に、皆を平等に扱う王が居る国として、と締め括った。

 余りにも突飛過ぎる話に俺はしばし呆然としたが、我に返ると直ぐに抗議をした。

 おいおい、ちょっと待ってくれよローリーさん。それじゃ嘘から出た真、瓢箪から駒――まあ、どっちでもいいけど――になっちまうじゃないですか。

 それに国造りをする心算なんて俺は、一片の欠片もねえですよ?

 それにですね、ヒモしてろと言ったじゃありませんか、貴方が。

 それを今更王様になれとか、矛盾してやいませんかい?

 俺がそんな様な事を真面目に告げると、教授はすっ呆けた顔で否定をぶちかました。

「その様な事を言った覚えはございませんよ? マサト殿の聞き間違いではないですか?」

 先ほどまでの真面目な空気は何処へやら。一瞬にして緩んだ空気が教授の周りから発せられていた。

 こ、このボケ教授は……!

「おっ、お前が究極のヒモ目指せっつったろうがっ!」

「はて? 言いましたっけ、私?」

「言ったよっ!」

「おかしいですね? 私の記憶には御座いませんよ?」

「自分に都合の悪い事だけを忘れてんじゃねえっ!」

「私に都合が悪い事? 何でしょうか、それは?」

「飽く迄白を切る心算かっ!」

「白なんて切りませんよ。爪は切りますけどね」

「爪は関係ねえ!」

「爪切りは大事ですよ?」

「だからっ! 関係ないって言ってるだろうがっ!」

「そうですか、私は関係ないのですね」

「ちっがーう!」

「何が違うのです。今、関係ないと言ったではありませんか」

「だからっ、その関係とこの関係じゃないんだってばっ!」

「それでは、何の関係なんです? まさか、あのシャルとか言う人猫族と既に関係を結んだのですか?」

「だ――」

「ほう、それは初耳じゃな」

「え?」

 その声に振り向けばそこには、口元だけを笑いの形に変え、蟀谷に青筋を浮かべたウェスラさんが立っていた。

「昨日、次は無い、と言った筈じゃが、懲りてなかった様じゃの」

「あ、いや、それとこれとは――、い、痛いっ! 痛いってば!」

「喧しい!」

 そして俺は耳を抓まれてて引き摺られて行き、教授は笑顔で手を振り見送っていた。

 何でこうなるのっ?! 




           *




 お日様は真上から燦々と陽光を降り注ぎ、家々からは美味しそうな匂いと楽しげに談笑する声が漂う中、俺は村の中央広場に在る長椅子に腰掛けて項垂れていた。

 何で昼時にこんな場所で座っているのかと言うと、無実の罪で苛烈窮まる説教を受けた挙句「誤解される様な事をしたおぬしが悪いのじゃからな!」と家から叩き出されてしまったからだ。

「はあ……、なんで俺がこんな目に……」

「あんたが悪いからじゃない?」

 呟きに返事が返って来たが、その事を別段、気にもしなかった。

「俺は悪くないんだよ……」

「ホントにい?」

「お前まで疑――」

 そこで声を荒げ顔を上げながら声の主に向く。が、その先の言葉が出て来ないほど驚きで目を見張ってしまった。

「何日ぶりかしらね?」

 今、隣で可愛らしく微笑む彼女と会うのは、あの村以来。

 でも俺は、村の惨状から見て彼女の生存は絶望的だろうと思っていたので、こうして再開するとは夢にも思っておらず、目を見開いたまま固まっていた。

「その顔はあたいが死んだと思ってたんでしょう?」

 俺は思わず頷く。

「あたいは強いって言ったの、覚えてないの?」

 覚えて無くはないが、まさかあの惨状を生き抜けるだけの技量を持ち合わせているとは、思っても居なかっただけだ。

「それよりさあ――」

 硬直する俺を尻目に彼女がしな垂れかかって来ると、突然目の前に影が差した。

 その影を辿って顔を上げて行くとそこには――、

「マ・サ・トさーん? 何を、している、んですかあ?」

 今朝のウェスラと同じ表情をした、ローザさんが立っていた。

「あ、いや、こ、これは……」

「何よあんた。あたいとマサトの逢引の邪魔しないでよ」

 彼女は不機嫌そうに顔を歪めて、そんな事をのたまってくれた。

「ちょ! おまっ! 何言って――!」

「なるほど……。浮気ですね。――浮気、なんですねっ!」

 怒気を孕んだ言葉と同時に、ローザの背から凄まじい勢いで大剣が放たれ、俺は思わず彼女を庇う様な形で抱きしめながら避ける。

「あ、危ねえ……」

「いやん。マサトって大胆なのね」

 腕の中から恥らう様な声にハッとなり、俺の額からは大量の汗が噴出し始めた。

「はっ! い、いや、こ、これは――」

 不味い、不味過ぎる! この状況でこれは非常に不味い!

「これはもう現行犯ですね。お仕置きですね。許したらいけません、よねっ!」

 背後から迫る圧力に俺は彼女を抱き抱えたまま咄嗟にその場から飛び退き振り向くと、長椅子が粉々に砕け散り、地面が大陥没したていた所だった。

 あ、アレは死ぬ! 絶対死ねる! マヂ死んじゃうって!

「往生際が悪いですよっ! 大人しくわたしの剣の錆になりなさいっ!」

 大剣を振り翳し頭に在る虎耳を角の様にピンと立てた様はその形相と相まって、まるでそこに般若が顕現したかと思うほどの恐怖を俺に与え身を竦めさせる。

「死になさいっ!」

 そしてその声で我に返ると俺は、抱き抱えた彼女を優しく放り出し、一目散に逃げ出したのだった。

 な、何なんだよっ?! 今日はっ!




          *




 俺はあの後、限界突破まで繰り出し全力でローザから逃げ、村の外れにある一軒の家に駆け込んむ。

 無論、後を着けられていない事は確認済みなので、暫くは大丈夫だろうと思い、扉を閉めてその場にへたり込んでいた。

「はあはあはあ……。こ、ここなら――」

「ど、どなたでありんす!」

 完全に安心しきっていた所に背後から怒鳴られ、俺は体をこれでもか、と言うほど縮めて丸まり、相手も見ずに叫んでいた。

「ご、ごめんなさい! 済みません! もうしません! だから、説教は勘弁してくれえええ!」

 そしてそのまま十数秒間、ガタガタと震えながら縮こまっていると、

「もしかして、マサト様、でありんすか?」

 気遣う様な声で問われたので、小さく頷いた。

「そんなに怯えられるとわっち、傷付いてしまいんす」

 何だか余りにも艶っぽい話し方をするので僅かに顔を向けてみれば、そこには大鬼(オーガ)の女性が少し困った様な表情で俺の事を見ていた。

「き、君は……?」

 恐る恐る、と言った感じで俺が聞くと、彼女はこちらを安堵指せる様な柔らかい表情で微笑みながら答える。

「わっちはハズキ、と申しんす」

 その名を聞いた俺は緊張から開放され、全身の力を抜いて再びへたり込んだ。

 やった、何とか逃げ切ったぞ……。

「マサト様、こちに座っては如何だぇ?」

「あ、ああ――。そうさせてもらうよ」

 彼女の勧めで椅子に腰掛けると、目の前にスッと木製のコップが差し出され、それを不思議そうに眺めていると、

「こな物しか出せんせんが……」

 何故か恥じ入る様な声で告げられてしまった。

 しかし、喉がカラカラだった俺にとっては、例え水と言えども非常に有り難い。

 なので、礼を言ってから一気に飲み干した。

「ぷはー、生き返ったぜ。悪かったなハズキ。突然押しかけて水まで貰っちまってさ」

 俺が笑い掛けると彼女は顔を真っ赤に染めて、勢い良く首を左右に振る。

 そんな仕草を見た俺は、思わず要らん事を口走ってしまっていた。

「ハズキって可愛いなあ。このくらいで真っ赤になるなんてさ」

 彼女は更に赤くなると、両手で顔を覆いしゃがみ込んでしまった。

 俺何か悪い事でも言ったのかなあ、等と思っていると、

「わっちの事を愛らしいだなんて、冗談も程々にしてくんなまし……」

 彼女は蚊の鳴く様な声でそう告げて来る。

 どうやら余りの恥ずかしさでしゃがみ込んだだけだったようだ。

「いやいや、冗談じゃないよ。ハズキみたいな女性(ひと)なら嫁に欲しいくらいだよ」

 ま、これは冗談だけどね。

 でも彼女にはこの冗談が通じなかった様だった。

「まことに?」

「あ、ああ」

 俺は一瞬戸惑いながらも傷付けてはいけないと思い肯定の頷きを返してしまったが、それと同時に、こりゃヤバイかも、と思い始めていた。

「まことのまこと?」

 そんな所に更に確認の台詞が飛んで来た事で俺は、また遣らかした事を悟った。そして、この後の展開が脳裏にありありと浮び、背筋に悪寒が走るのを押さえる事が出来なかった。

 やっべ、本当に冗談が通じねえ相手だったのかよ。

 焦る俺をハズキは潤んだ瞳で上目遣いにジッと見詰め、そして俺はその真剣な眼差しに耐え切れず、

「お、男に二言は、無い!」

 気が付いたら口走っていた。

 うわあああああ! お、俺の馬鹿野郎! もうちょっと考えてしゃべれよ! どーすんだよ、また増やして!

 そんな風に自分自身に罵倒を浴びせて悶絶していると、静かに泣く声が聞こえ耳を澄ませば、それはハズキが声を押し殺して泣いていた声だった。

 そして途切れ途切れに聞こえてくる言葉に耳を傾ければ、どうやら喜んでいる様で、俺は溜息を付いてこれは諦めるしかないな、と思いつつも何故か口元がにやけている事に気が付いた。

 今はにやけてる場合じゃねえぞ、俺。どうやったらこのピンチを乗り切れるか考えろ。

 そして俺が黙考に入った瞬間、

「料理の事で少し聞きたい事が有るので――」

 扉を開ける音と聞き覚えの在る声が同時に響き振り向けば、そこには唖然とした表情のミズキが立っていた。

 や、やっべえええ! こ、これは確実に殺されるっ!

「そ、それじゃ、ハズキ、水ありがとな」

 俺はぎこちなく椅子から立ち上がると、唖然とするミズキの脇を通り抜け扉へと手を伸ばし、取っ手を握る。

「ぬし様、何時わっちを抱いてくれるでありんすか?」

 その瞬間襟首をむんずと捕まれ、俺は動きを止められてしまった。

 ななな、なんちゅうタイミングでそんな事言うんだよっ!

「マサト様? 少々宜しいでしょうか?」

 ミズキの妙に優しい声音が響き、俺は冷や汗を大量に流し始める。

「な、何かな?」

「こっちを向いて頂けます?」

 振り向けと言われて、はい分かりました、と素直に従えるほど俺は愚昧ではない。

 だって、背後から漂う殺気が尋常じゃないし!

「えっと……。ごめんなさいっ!」

 捕まれたコートからするりと抜け出すと俺は、扉を開けて一目散に飛び出して行くのだった。

 今日は本当に何なんだよ、もう!




       *




 俺は今、どこぞの納屋に潜んでいた。

 だって、外ではローザとミズキが血眼になって俺を探し回ってるし、何故かウェスラにも話が伝わっている様で、彼女の怒声も聞こえてるし。

 だけど、此処ならば絶対大丈夫な筈。

 なんせ藁束の中に隠れてるから外から見ただけじゃ分からないし、おまけにここの匂いは強烈だから、俺の体臭も誤魔化せるしな!

 とりあえず安住の地を見付けた俺は、安堵感からウトウトとし始める。

 だが、納屋の扉が荒々しく開け放たれた瞬間に、そんな眠気は吹っ飛んでしまった。

 くっ! 万事休すか?!

「居ませんわね……」

 聞こえたのはナシアス殿下の声。そしてそれは、ある事実を物語っていた。

 詰まり、奥様総出で俺を探し回っている、という事。

 更にそこから深読みをすれば、探し回っているのは奥様達だけじゃ無い、という事だ。

 教授はウェスラに頭が上がらないし、キリマルはミズキの言う事なら何でも聞くだろう。

 そしてキリマルが動けば、シュラマルも動く。

 ウェスラが教授を動かせば、その配下の者全てを使い総力を挙げて捜させるだろう。自身の保身の為に。

 ローザはまあ、ここでの影響力は低いから良いとして、ナシアス殿下ならば可憐を使い、ウォルさんを動かすのは明白だ。

 そして最大の問題はライル。

 絶対何かを吹き込まれて俺を探し回っているに違いない。

 そこまで考えて俺は身震いをした。

 俺一人を探し出す為にこの村にいる魔物と魔獣の全てを動かし総力戦を仕掛けるなど、尋常な怒り方ではない。

 だが事実、そこかしこに気配の欠片が蠢き、漂い、俺の事を探し回っている様に感じられる。

 そしてその事を踏まえると、今居る場所も決して安全ではない、という事だ。

 だがしかし、俺には勝算があった。

 この臭い納屋は俺の匂いを隠し、藁束は姿を隠す。そして身動ぎさえしなければ簡単に見付かる場所ではない、という事だ。

 それに匂いさえ我慢すれば結構暖かいしな! 今はコート着てないから丁度良いし。

 緊張しながらそんな事を考えていると、扉が閉まる音と同時に気配が一つ遠ざかって行くのを感じ、俺は安堵の溜息を漏らした。

――さてと、殿下も立ち去ったみたいだし、ひと寝入りするか。

 心の中で呟き、藁束を崩さない様に寝る体制に入ると、睡魔に誘われるまま、眠りに付いた。

 どれくらい寝ていただろうか。

 俺は仄かな暖かさととても柔らかい感触に包まれ、気持ちよく目覚める。

 そして目を開けてみれば、何故か藁束の外へと体が出ていた。

 しかも寝入った時の体制と違い、座り込んでいる様な恰好なのだ。

 それを不思議に思い首を傾げると、非常に柔らかい物体が側頭部を優しく押し返して来る。

 反対に首を傾げても同じ感触を受けたので、これは何だろうと頭の脇に手を伸ばして掴むと、非常に触りなれた感触を伝えて来たのだが、俺の知っている物よりも少々小さい気がした。

 だが現実的に考えてこんな嬉しい場面が有る筈は無いので、ならばまだ夢の中なのだろうと解釈をした俺は、堪能しない手は無い! とばかりに更に揉みまくる。

 するとそのうち、切なげな吐息が頭上から振り落ちて来て、俺が見上げると同時に静かに納屋の扉が開き、呆然と立ち尽くすユキの姿を浮かび上がらせた。

「だんな、様――」

 俺はそんなユキを見詰めフッと思った。

 これって夢なんじゃ……。

 だが俺の儚い思いは次の台詞で脆くも崩れ去る。

「すけべなおとーさん、いたよー!」

(居たよー)

 ユキの背後に隠れていたのか、ライルがとんでもなくでかい声で叫ぶと、わらわらと皆が集まり始め口々に勝手な事を言い始める。

 しかし俺にその声は、届く事は無かった。

「覚悟は出来ておるじゃろうな?」

「出来て無くてもして下さい」

「三途の川を渡って頂きますからね」

「ウチと言うものがありながら、他の(アラクネ)に手を出すなんて……」

「ここから先は、私の出番ですわね」

 そうして俺はユキに簀巻きにされた挙句、村の広場で貼り付けにされ奥様達に朝までなぶられ続けたのだった。

 お、俺は何も悪い事してないのに……、何でなんだよおおおお!

主人公いじめをすると、何故か筆が乗るから不思議です。


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