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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ユセルフ王国編 第二章
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想いは必ず伝わるもの

 何時、如何様(いかよう)にして部屋に忍び入ったのか、誰一人として気が付く者は居らなんだ。じゃが、事実として奴はここに居る。それも再びマサトを噛み、その血を啜った。口の端から垂れる血が何よりの証拠。

「い、一体……」

 愕然として呟くワシに、奴は真紅の瞳を向けて真っ赤な舌でゆっくりとその血を舐め取りながら口元を吊り上げる。それを見てワシは背中に怖気が走るのを覚えたのじゃ。

「どうやって入ったのかと、聞きたいのだな。だが、わらわがそれに応える義理は無い、の」

 そう告げると、ワシ等の目の前で再びマサトを噛んだ。

「そ、それ以上吸われたら――」

 ワシは手を伸ばしながら前へ、奴の側へ行こうと足を動かした。彼が、マサトが何か別の者へ変わってしまう様に思えたから。じゃが、そんなワシの傍らを、一陣の風が走り抜けた。

 それはウォルケウスじゃった。その背がワシの視界に入ると同時に耳に届いた音は、細い棒や鞭などの(しな)る物を勢い良く振った時特有の甲高い音。しかしそれは、あの大剣を猛烈な勢いで抜き放った音じゃった。

 じゃが、彼の顔は僅かに左を向き、眉を顰めておる。

「危ない危ない。デュナルモ十傑が一人、群操のウォルケウスか。百の軍勢で万の軍勢を退ける男と聞いてはいたが、たった一人でもわらわに冷汗を掻かせるとは、十傑と呼ばれているのは伊達ではないの」

 奴はマサトを抱えたままウォルケウスの一撃を紙一重で避けてみせ、その言葉とは裏腹に憎らしいほどの余裕を見せておった。

「部下達を、どうしました」

 剣を構え直して奴に向き直ると、ウォルケウスは怒りを抑えた静かな問いを発した。

「今頃は揃って夢の中だろうて」

 高らかに笑う娘の笑いは邪悪極まりない。それも嫌悪を感じるほどに。ワシも長年生きて来たが、あそこまで邪悪な笑いは見た事がない。

 嫌悪で表情を歪めるワシの耳に、微かなカレンの囁きが届いた。それが何かの言霊だと解った瞬間、突風が巻き起こり、カレンが一瞬にして娘の背後に現れ、抜き打ちに剣を放っておった。

「おにいは返してもらうからねっ!」

 それは少なからず奴を驚かせたようじゃ。驚愕に満ちた瞳を向けておったからの。

 奴もマサト抱えたままでは躱す事が出来なかったのか、咄嗟に手放し、剣の軌跡の外へと身を飛ばしよった。寸での所でカレンの剣も躱されてしもうたが、床に落ちるマサトをウォルケウスが風の様に駆け寄り、拾い上げてこちらに連れて来る。そして、その動きを手助けするようにカレンは攻撃を続けておった。

 あの移動術を駆使し、奴の背後や側面へと回り込み剣を振るう。それは多彩にして華麗。袈裟斬りから横一文字、そのまま身を回したかと思うとカレンの身に風が纏わり付き、瞬時に移動して、別の方向から逆袈裟を見舞い奴を襲う。舞い踊る様な優美な動きにも関わらず剣の軌跡が全く途切れぬ。さしもの奴もカレンの移動の速さと途切れぬ剣尖(けんせん)には面食らっておったようで、その顔には焦りの色が滲んでおった。

 奴は大きく後方へと逃れる。接近されたままでは不利と判断したのじゃろうが、逆にそれが仇となった。

「剣に纏わり全てを切り裂く鞭となれ」

 カレンが唱えた言霊は剣に風を纏わせる為のもの。それは、剣の間合いよりも遥かに離れた場所を切り裂く風の刃じゃった。しかも風が無数の見えぬ刃を形成しておるのか、カレンが一太刀振るう度に、奴の体には複数の切り傷が生まれ全身から血が噴出していく。それはすでに剣技ではなく、魔法の連続攻撃じゃった。膨大な魔力量を誇るカレンだからこそ出来る剣と魔法を融合させた、魔法剣。

 カレンは何時の間にこの様な事が出来るようになって居ったのじゃろうな。しかし、今はそれが頼もしい、流石はマサトの妹じゃ。

 奴は成す術もなく部屋の隅へと追い遣られ、ついには動きを止めた。それでも容赦なくカレンは魔法剣を振るう。じゃが、奴は直撃を受け全身を血に染めて居る筈なのに、それほどダメージを受けて居らぬようにも見えた。しかし、足を止めたと言う事は、ワシの魔法を浴びせる好機でもあった。そしてワシが理の詠唱に入ろうとした瞬間、それは起こったのじゃ。

「なめるな! この小娘があ!」

 奴の腕が振られるとカレンの眼前で風が暴発を起こし、悲鳴すら上げる間も無くその余波をまともに受けて彼女は壁に叩き付けられてしもうた。



               *



 ワシは今まで古今東西、あらゆる魔法を学んだ。じゃがら本当の意味での無詠唱は出来ない事を知っておる。もし出来るとすれば事前準備をしての話。しかし、奴が見せたものは、事前準備無しの本当の無詠唱じゃった。しかも、相手が発動中の魔法に干渉して操るなど。見た事も聞いた事も無い。

 通常、魔法と言うものは発動者の魔力によって制御されており、それに干渉すると言う事は、発動者本人の体内の魔力に干渉すると言う事。そして体内に有る魔力に干渉する事は外部からは一切不可能。じゃから本来干渉するには、相手を殺さねばならぬ事になる。じゃが、奴は殺さずに干渉してのけた。ワシに出来ぬ事を奴は二つも同時にこなしたのじゃ。それはもはや、人ならざる者の業じゃった。



               *



 幸いカレンは無事じゃった。ぶつかる寸前に風の防壁を展開したのじゃろう。じゃが、すぐには動けぬであろう事はその姿を見れば明白じゃった。床に両手を突き何とか身を起こしては居るが、呼吸がまま成らぬのか、空気を求めて喘いでおったのじゃから。

 奴がゆっくりと近付く、カレンが落とした剣を持って。

「わらわによくも傷を見舞ってくれたの。本来ならば与えられた屈辱を万倍にして返す所ではあるが、貴様だけにも構っておれんのでな、一息に逝ける事を幸いと思うがよい」

 そしてそれを一気に首筋目掛けて振り下ろしたのじゃ。

 もう駄目じゃ、そう思い目を瞑り顔を(しか)め逸らした。カレンの、ワシの義理の妹の首が()ねられる瞬間など見とうないからの。

「私の大切な人を傷付ける事は許しません!」

 その声に顔を上げると、そこには大剣を(すく)い上げる様に振り抜き、身を守る甲冑を全て脱ぎ捨てたウォルケウスが憤怒の形相で立ちはだかっておった。そして奴は、左手で右肘を押さえながら苦悶の表情で後退っておった。

 その右肘から先は切り落とされ、ウォルケウスの足元に転がっておった。

「ぐ……。き、貴様!」

「先ほどは失礼致しました。ここからは私が全力でお相手いたします」

 その構えは惚れ惚れするほど見事で体から発する闘気は苛烈じゃった。そして、相手を見据える瞳は氷の如く凍て付いておった。

 ワシ等も初めて目にしたウォルケウスの本気。マサトとの試合でほんの一瞬だけ垣間見た必殺の気配とも桁が違う。それを真正面から受ける奴の表情からは、一切の余裕が無くなっておった。

「ならば、わらわも本気で相手するとしよう」

 その左手が振られると闇が纏わり付き凝り固まり、一本の黒い剣が出現しよった。それは、光を浴びても反射する事も無く、逆に吸い込みその周りに闇を発生させ、それは奴の体をも包み込み、剣と同じ闇のような甲冑を形作りよったのじゃ。

「あ、あれはっ!」

 アルシェが突如大声を上げたのじゃ。

「おぬし、知って居るのか?」

「はい。彼の大戦の折、敵将の一人が使ったと言われる伝説の武具の一つ、オスクォルの魔器です!」

 ワシ等は愕然とする。それは、この世の全ての物の死を司ると言われる伝説の魔器。

 それに触れたものは全て闇に飲み込まれ、二度と元に戻る事は許されず、オスクォルに触れる事その物が死を意味する。そんな物に、ウォルケウスの持った剣では勝ち目など無い。

「なんじゃと! そ、それでは――!」

 奴の顔が卑しい笑いに歪む。それは絶対の勝利から来る、勝ち誇った顔じゃった。

「これの事を知っているとは褒めて遣わす」

 じゃが、ウォルケウスに焦りの色は無かった。寧ろ口元を笑いの形に変えておったくらいじゃ。

「ならば、闇が覆う事の出来ない部分を突くまでです」

 流石というか、頼もしい男よ。じゃが、ワシ等とて手を拱いておる訳にはいかん。その証拠にアルシェアナが詠唱に入っておった。

「我を加護する――」

 その刹那奴の視線がこちらに送られた事に、ワシは嫌な予感がして咄嗟に振り向く。そこには黒い短剣を振り上げ、アルシェに向かって今にも振り下ろそうとするマサトの姿があった。

「アルシェ! 済まぬ!」

 詠唱に集中しておった彼女を突き飛ばすと間一髪、短剣はアルシェの居なくなった空間を綯いだ。

「マ、マサト、お主、どうしたのじゃ!」

 ワシの声に振り向いたマサトの表情は虚ろで、その瞳は濁り切り、意思の欠片さえ感じ取る事が出来ず、その癖、足取りは確かで振り上げる腕も何の停滞も見えん。そこにはマサトの意思だけが抜け落ちた、ただの操り人形が居った。

「例えわらわを滅ぼしたとしても、そ奴が元へ戻る事など無いわ! どうだ? 遣ろうとしていた事が無駄に終わった気分は」

 マサトが元に戻らない。それは、ワシ等の心を挫くには十分な言葉じゃった。

 これから幸せになって行こう、マサトと一緒に。そんな淡い気持ちを砕かれ、ワシは絶望の淵に叩き落とされ、アルシェは呆然とした顔で座り込み、カレンは立ち上がる事も忘れて兄を見ておった。

 ウォルケウスも先ほどまでの気迫が抜け、あのランガーナでさえ、愕然とした表情を見せておったのじゃ。

「マ、サト……」

 ワシはただ呆然と、自分に向かって振り上げられた短剣を、見詰めるだけじゃった。

「あなたは私達のヒモのクセに、他人のヒモになると言うのですかっ!」

 それはシアの叫びじゃった。顔を怒りに染めながら涙を流し、渾身の力で叫んでおった。

「これから立派なヒモに育てようとしていたのに、何ですかあなたは! まだ一日経っていないというのに浮気をするなど、ヒモの風上にも置けません! いいえ、――風下も駄目です! それはもうヒモでは無くただのゴミなのですから! あなたはゴミにまで身を(やつ)してどうする御積もりですか! そこまでしてヒモから逃れたかったのですか! 応えて下さい!」

 マサトの動きが止まった。しかもその体は小刻みに震え、何かを堪えておる様な、何かに抵抗しておる様な感じすら見受けられる。そんな彼にシアは更に言葉を投げ掛けたのじゃ。

「私はあなたを――マサトをゴミなどと呼びたくはありません! お願いです、元の――あの優しいマサトに、戻ってください!!」

 涙を流して必死に懇願するシア。それは奴以外の者達、即ちワシ等全員の願いでもあった。 

「その様な戯言でわらわの眷属から戻る筈な――」

 奴の言葉はそこで止まった。何故ならマサトが振り上げた短剣をゆっくりと下ろしたからじゃ。

「お――れは、ゴミじゃ――ねえ。――と言い――たい――とこだ――けど、体が言う――事きかね。――な――さけね――えよな。このまま――じゃ、ほん――とに、ヒ――モにすら――なれねえ――よな」

 ぎこちない笑みを浮かべて、苦しそうに声を吐き出しておった。

「貴様は何をしておる! 早くそ奴等を始末せぬか!」

 奴の怒鳴る声で、マサトの腕がまた上がりだした。

「くそ……体が、かっ――てに動――きやが――る……。やべ――、い――しきが――とび――そう……。駄目――だ。も――う、おさ――え――きれね……。か――れん、た――のむ」

 マサトの目がカレンにゆっくりと向けられる。それは悲しそうな光を湛えておった。

「な、なにを……」

「――れを、――ろせ……」

 マサトは何をさせようとして居るのじゃ。まさか……

「やだ……」

「そ――いう――とおもっ――たぜ」

 笑った、悲しそうに。そして、短剣の切っ先をゆっくりと自分に向け始めたのじゃ。

「な、何をしておるのじゃ……」

 ワシには、いや、ワシ等には分かっておった。マサトは言う事を聞かぬ体を必死に操り、自らに短剣を突き立てようとしている事を。

「や、止めよ! 頼む止めるのじゃ!」

 マサトに向かって駆け出す。じゃがすでに、短剣は振り下ろされ始めておった。

「あなた一人だけで死なせはしません! わたしが――わたしも一緒に!」

 アルシェがマサトに飛び付きその背を晒すと、深々と短剣が突き刺さり、彼女の口からは苦鳴とも嬉しさとも付かぬ声が漏れた。

「ア、アル……」

「やだ……アルちゃん……」

「アル、シェアナ――様……」

 ワシ等が絶句する中、奴の嘲笑が響き渡る。

「あはははははっ! 良い! 良いぞ! 良い茶番であった! 愛する者に殺されてさぞ嬉しかろう! さあ! 次は誰が逝く!」

 その美しい顔を醜悪に歪ませて笑う姿は、人の姿を取ったただの化け物にしかワシ等の目には映らなかった。

「き、貴様――、よくもアルシェアナ様を……」

 ウォルケウスが憎悪に染まった目を向けるが、奴はそれを嬉々として受けておった。

「ふん、わらわは殺せ、とは命じたが、死ねとは言っておらん。あの者が意識を取り戻したのには脅かされたが、あれが死んだのはわらわの所為ではない」

 確かに奴は殺せ、と言った。じゃが、マサトはそれを良しとせず、言う事を聞かぬ体を必死に操り自らの命を絶ってワシ等を守ろうとした。ただ、飛び込んで来たアルシェを結果的には殺してしまっただけ。それを自分の所為ではないなどと、よくも言えたものじゃ。

 怒りと憎しみを込めた視線をワシ等が送る中、奴の顔が急激に変化して行きよった。それは訝しむ表情から、驚きへ、そして更に驚愕に目を見開き、口元を震わせ、何事かを呟き始めておった。

「ば、馬鹿な……、死んでおらぬ、だと?! 有り得ぬ……確かに刺さった筈――。な、何故生きておるのだ……」

 呟きに誘われる様にワシ等がマサトに目をやると、アルシェが奴を睨み付けておった。

「もう、貴方がマサトを操る事は出来ません!」

 力強くそう言うとマサトから離れて横に並ぶ。それをワシ等も呆然と見ておった。

「まったく――主も何を考えているのやら……。寸での所で我が出なければ、嫁を一人失うところであったぞ。この様な美しき者を失うなど、勿体無き事よ」

 そこには、マサトの姿をした別の者が立っておった。

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