義父と婿と妻達と
「ひ、卑怯だぞ!」
助け出した相手に向かっての開口一番が卑怯とはこの親父、自分が矛盾した事を言っていると気が付かないのだろうか。
でもまあ、あれは剣士にとっては不意打ちみたいなもんだし、卑怯と言えば卑怯かもしれない。
ただ、剣を使わなくて正解だったと、今では思っている。
あれよ?
剣を一振りするだけで斬線に沿って蒼炎が飛び出すとか、ただの勝負じゃ使えないと思うんですよ。
しかもですよ。
連続して出せるとか、どこの戦術兵器だよ。
ちなみに何故こんな事を知っているのかと言うと、親父さんを閉じ込めてる間に試したから。
その光景を見た皆は――俺も含めてな――乾いた笑いしか出なかったよ。
「卑怯も何も、魔法を使っていいって言ってたじゃないですか」
俺の言には皆も頷く。
「わ、儂が良いと言ったのは、し、身体強化の意味での事だっ!」
口角泡を飛ばして俺に食って掛かるその姿は、物凄く必死に見える。
なんだか言い訳する姿が凄く見苦しいんですけど、これでもデュナルモ十傑の一人なのだろうか?
俺がそんな事を思っていると、ローザが父親に向かって遠慮なく毒を吐き出し始めた。
「父上、お言葉を返すようですが、身体強化のみとは言ってませんでしたよ? それを何ですか。負けたからと言って見苦しい言い訳をして。それでもデュナルモ十傑の一人なのですか? わたしは父上が十傑の一人だというのが自慢でしたのに、これでは自慢出来ないではありませんか。それに、この事を国王陛下が聞き及んだら、嘆きますよ? ターガイルは正々堂々と言いながら、負けたら文句を垂れるヘタレ騎士だ、と。いいんですか? そんな事言われても? でも、いいんでしょうね。実際、魔法を使ってもいいと言っておきながら、負けたら卑怯だと罵る。いっその事、嘘つきターガイルとでも名乗ったら如何です? そうすれば何をどう言おうと弁明する必要も無くなるでしょうから」
何だか物凄く怒っていらっしゃる様で、ちょっと近寄り難く感じてしまった。
でも、そんなローザの剣幕も何処吹く風、といった具合で親父さんは唇を尖らせて顔を背け、頬まで膨らませている始末。
おいおい、ガキじゃねえんだからさあ。
「儂、成りたくて十傑に成った訳じゃないもん。陛下なんてどうでもいいもん。それに、嘘つきじゃないもん」
俺は可憐とアイコンタクトを交わす。
――なあ、あれって……。
――うん、拗ねた時のうちの父さんとそっくり。
そんな会話が目だけで行われたとは、誰も思うまい。
しかし、こうなると最早、あれしか手が無い。
「お義父さん」
「誰がお前の義父だ! 卑怯者に義父親呼ばわりされる覚えは、無いわっ!」
うん、見事なくらいテンプレだな。
「俺の使った魔法、覚えたくないですか?」
がなる親父さんを半ば無視して言葉を続けると、途端、目が輝き始める。
「ま、真か?! い、良いのか?! 秘奥義ではないのか?!」
変わり身早っ! ってか、秘奥義とか、どこの拳法だよ。
「はっ! も、もしや! 一子相伝では有るまいな!」
「違うわっ!」
思わず突っ込んでしまった。
魔法に一子相伝とかあったら、怖くて覚えられないじゃんか。
「これは俺が考え出した魔法ですよ」
「なんとっ! 婿殿が独自に考えたのかっ!」
一々驚かなくてええっちゅうねん。
「剣も魔法も並以下のローザが、まさかこれほどの人物を婿に迎えるとは……」
何故か男泣きに泣かれてしまった。
何というか、喜怒哀楽が激しい人だな。
この程度で泣かなくても良いじゃないか、と呆れつつそんな風に思った途端、
「馬鹿息子の事で頭が痛かったのだが、これでスヴィンセン家は安泰である! さあ、婿殿! 参ろうではないか! 我が本宅へ!」
「はい?」
突如、訳の分からない事を叫んでくれた。
「はい? ではないであろう? 貴殿は婿なのであるから、スヴィンセン家に入るのは当然の事であろうが」
俺は開いた口が塞がらなくなった。
だって、婿に入った覚えはないし、況してや跡取りになる心算もない。なのにこの親父は何を血迷ったのか、家に入れ、と宣う。
全く持って俺には理解しがたい思考をしている様だった。
ただ、この言動で出会った当時のローザの事を思い出して、なるほどな、と妙に合点がいったのも確か。
「何を戸惑っているのだ。好機逸すべからず、とも言うではないか。貴殿にとってこれは伸し上る好機ぞ? それを不意にするなど、男子としては見過ごせまい。さあ、早く参ろうではないか」
あの、伸し上るとか、もう間に合ってるんですけど……。
呆気に取られたままの俺の腕を取り、親父さんは歩き出そうとしたが、その肩を掴み動きを止める者がいた。
「待て、この戯け者」
それは大層ご立腹のウェスラさんでした。
顔は笑ってるけど目が笑ってないんだよ。
ここは君子危うきに近寄らずで行かないと、俺までとばっちりをくらいそうだ。
「何ですかな? アイシン様」
親父さんも剣呑な雰囲気を撒き散らし、ウェスラを睨み付ける。
うん、こっちも目は笑ってない。
「マサトはワシの夫じゃ。勝手に連れて行かれては困る」
「何なら一緒に来て頂いても構いませんぞ? 根無し草のアイシン様は、これで住む場所に困る事も無くなるでしょうからな」
親父さんはしてやったり、とばかりに口元を歪めて悦に入り、ウェスラは奥歯を噛み締める様にして顔を歪めている。
こりゃウェスラの方が分が悪いな。
などと、静観していると、
「少々宜しいかしら?」
ナシアス殿下がずずいっと前へ出て来た。
おおう、皇族様の参戦だぜ。
「何者だ?」
「私はヴェロン帝国第二皇女、ナシアス・ラム・ヴェロン、と申します。マサト様の妻の一人ですわ」
ナシアス殿下が自己紹介をしただけで、親父さんの顔からは、大量の汗が噴出し始めている。
ま、分からなくもないけどね。
相手は北の大国の皇女様だし、何か粗相をしようものなら、首が飛ぶのは親父さんの方だからな。
「で、貴方は私の夫を何処へ連れて行くというのですの?」
「あ、いや、その、こ、これは――、何と申しましょうか……」
国は違えど流石は最高権力を担う一角の人物、醸し出す威圧感が半端ではなかった。
お陰で親父さんはしどろもどろになり、言い訳すらも思い浮かばないようだ。
ま、俺は平気だけどね。
アルシェで慣れちゃったし。
最も、そんな雰囲気は、もう一人が参戦する事でぶち壊された。
「あ、あの、ウチもだんな様の妻なんですけど……」
恐る恐る、といった形で口を挟んできたユキの姿は、元の魔物の姿。
何故に元の姿?
そしてそれを見た親父さんの首がゆっくりと俺に向き、ジトッとした粘りつく視線を送ってくる。
「婿殿、説明、して、もらえる、かな?」
なんか俺、終わった気分なんですけど……。
「え、えーとですね――」
今度は俺がどもる番かよ! などと少し焦りながらどうしたものか、と考えていると、不意に後から重々しい丁寧な言葉が掛かる。
『何やら楽しげな事になっていますね』
その声に振り向けば、うちの最強魔獣ペアが、それぞれの背中にライルとミズキを乗せていた。
「おとーさん! ただいま!」
「マサト様、ミズキも今、帰りました」
「あ、ああ、うん、お帰り」
そして、肩越しにチラリと親父さんに目線を送れば、口を開け放っただらしない顔で、愕然とした表情で立ち尽くしていた。
そりゃあそうだよね。
アラクネに大鬼に三頭犬に二頭犬、上位種と呼ばれる魔獣魔物が四体も集まれば、誰だって驚くよな。しかもそれが全部俺に懐いている様な態度を取り、雌の魔物は妻だ、と言って来たのだから、驚くな、と言う方が無理かも知れない。
「な、何という……」
愕然としながらもそれだけをやっと口にした親父さんの瞳には、困惑の色が、宿っていた。
その肩をウォルさんが軽く叩き、
「気にしたら負けですよ。スヴィンセン卿」
苦笑いを漏らしていた。
その後、ライルを抱えたミズキから事情を聞くや否や、俺は大慌てであの魔法を行使して魔力切れでぶっ倒れ「馬鹿者! 滅多やたらに使うでない!」とウェスラにはどやされ「仕方ありませんよ。マサトさんはあれですし……」とローザからは溜息を付かれ「親の鏡です」とユキとミズキからは賞賛された。
「マサト様の親馬鹿っぷりは聞きしに勝りますわね」
何故かナシアス殿下だけは、凄く嬉しそうだった。
「ううむ……。聖魔法まで使い熟すとは……」
ぶっ倒れる俺を介抱する彼女達を見ながら、親父さんは感心した様にそんな事を呟いていたが、言うとおり程、使い熟している訳ではない。
事実、使っても効果が今一つな所もあったりするし。
要するに、聖魔法に分類される治癒系と回復系の両方で最上位とされる魔法なのに、消費される魔力量と効果が全く釣り合わないと、俺は感じているのだ。
最も、俺の知っている治癒系の魔法はこれだけなので、他に手は無いのだが。
でもまあ、これでライルの怪我が治ったのだから、俺としては魔力切れでぶっ倒れても満足だったりする。
現にライルは大喜びでレジンと駆け回ってるしさ。
「皆も揃った事じゃし、一旦中に入らぬか?」
ウェスラの提案には皆も同意して、中へと入る。
その際、俺を抱えるユキとミズキの間で火花が散った様な気がしたが、関わらない事にした。
だって、こういう時は絶対碌な事に成らないって決まってるし、賢人は危きを見ず、とも言うし、身内の厄介事を解決する事ほど面倒なものはないからな。
そして俺達は居間に集まり、とりあえずお茶を飲む。
その際、お茶を入れてくれたメイドさんと俺の目が合うと、一瞬にして顔が赤くなり、親父さんがそれを訝しむ様に口を開いた。
「む? 其の方、婿殿と何か有ったのか?」
「い、いえ、な、何も……」
「何もなく顔は赤くならんと思うが?」
「そ、それは――」
親父さん容赦ねえな。
でも、俺も恥ずかしいし、ここはメイドさんに頑張って――。
「仕方あるまい。マサトのアレを見てしまったのじゃからのう」
突如としてウェスラがニヤニヤと笑い、そんな事を言いながら面白そうな目線を俺に向けてくる。
「ちょ! おまっ! 何言って――!」
「婿殿。アレ、とは何だ?」
親父さんの顔が俺に向く。
「えっと、その……」
俺が口篭っていると、
「大きくなったマサトさんの〝ピー〟を見ちゃったんです。その子」
ローザが赤面する事無く堂々と告げてしまった。
「なるほど、生娘には少々刺激が強過ぎた訳だな」
娘が平然とした顔で告げた事を、親父さんも平然と受け止め納得していた。
どうなってんだよ、この親子は!
「何、お前もそのうち契りを結ぶ時も来よう。その時の為の予行演習だと思えば、何て事はなかろう?」
「おっ、お言葉ですがっ!」
「ん? やはり駄目か?」
「あ、あの方のアレは、わたくしが想像していたよりも大きかったんですっ!」
こんなにも! とその可愛らしい手でサイズを示し、親父さんは目を見開いて俺の顔をマジマジと見詰め、
「――化け物め」
悔しそうな顔をしていた。
そこで悔しがるとか、可笑しいだろ、ってか、絶対可笑しい!
「アレの大きさならば、マサトはデュナルモ十傑入り間違いなしじゃしの」
そんなんで十傑入りしたくねえよ!
「ですね、あれなら一、二を争えますね」
いや、争いたくないから!
「大鬼の私でも流石にアレは驚いてしまいました」
頬を染めながら言う事じゃないよね?!
「ウチはまだなのに……」
何でそこで泣くの?!
「ユキ、大丈夫ですわよ。今夜きっと――」
期待を篭めた目を向けないで!
「ふむ――、これは、長居無用、か」
お願いですお義父さん、長居してください。
「よし! 本日は早々に帰るとしよう! 話は後日改めてでも問題なかろうからな。ここの使用は許可する故、自由に使うが良い!」
そう告げると笑い声を残して、親父さんは去っていってしまった。
その後の俺がどうなったかは、言うまでも、無い。
お義父上、お恨み申上げまするぞ……。




