正々堂々? 密入国?!
俺が目を覚ました時、そこには見知らぬ光景が広がっていた。
「知らない天井だ……」
うん、一度言って見たかったんだよね、これ。
最も、冗談ではなく、マジで知らない天井なんだけどさ。
ログハウスの様に、或いは合掌造りの日本家屋の様に太い梁が何本も見て取れる天井。しかも、中心を走る梁の太さは、尋常でなかった。
たぶん、俺が両腕を広げても二抱えくらいはあるのではないか、というくらいの太さ。
そんな樹齢何百年、といった感じの大木を丸々一本使っている事にも関心したけど、あれが落ちて来たら確実に圧死するよな、などと馬鹿な事も思ってしまった。
ただ、そんな天井をずっと眺めてばかり居る訳にはいかないので、身を起こして辺りを見回したが、俺が寝かされているベッド以外、部屋の中には何も無いどころか、窓さえも無かった。
マジで何処なんだろう?
それに、皆は何処に居るのかとか、ライルはどうしているだろうとか、ナシアス殿下は無事なのだろうか等、心配事と疑問は尽きないが、そんな風に首を傾げていると、有る事に気が付いた。
部屋の中が妙に明るいのだ。
窓が無いから光が入る事は絶対に無いし、蝋燭が灯っている訳でも無いから、壁自体が発行しているとしか思えない。。
「摩訶不思議とは、これ如何に」
そんな呟きを洩らしつつ、俺は今何処に居るのか、などと言う疑問だけは、最早どうでもいい事だった。
だって、光が無いのに明るいとか、すっげえ興味有るし。
ただし、そんな風に思ってはいても、迂闊な行動を取る訳には行かない。
古来より窓も無い部屋、と言う場所は、監禁目的で使われる事が多いからだ。
窓があったとしても外部との接触が出来なければ、似た様なものだけどさ。
ただ、捕まった、という感覚は無かった。
何故かと言うと、寝ているベッドが中途半端に豪奢だったからだ。
無駄にでかいし作りも確りしていて、天蓋が付いていた形跡もある。
最も、それは壊れたのか、はたまた壊されたのか、兎も角、中途半端に柱だけが残っていた。
それも、不揃いに。
だけど俺は、布団に埋まる下半身から伝わる感触に、頭にきていた。
天蓋が無いのはまあ、いいだろう。と言うか、あんな物要らん。
ベッドが無駄にでかいのも許そう。寝相が悪くて落ちる心配は減るしな。
掛け布団がふかふかなのは快適でいい。
だがしかし!
「湿っぽくてカッチカチの敷き布団はねえだろうがっ! これで全てが台無しじゃねえかよっ!」
俺はベッドに仁王立ちになると、全力で叫ぶ。
だって、考えても見てくれ。
掛け布団はふかふかで快適なのに、下からはねっとりとした湿気が体に伝わるんだぞ。意識が無けりゃ問題無いかも知れないけど、こんなんじゃ微睡んでなんて居られないじゃないか。
俺はあの微睡む時間が大好きなのに、それを許さない寝床なんて、言語道断!
こんなのは人が寝るとこじゃねえ!
そういう訳で大いに憤慨していたのだが、その時部屋の扉が開かれ、そこには見ず知らずのメイドさんが立ち、俺の姿を見るなり目を見開き、夕日に照らされた雲の如く顔を染め抜いていた。
「き……」
「き?」
震える唇から漏れ出す声に、俺が首を傾げたその直後、
「きゃあああああああ!」
悲鳴を上げて走り去って行ってしまった。
「人を見るなり悲鳴を上げるとか、失礼じゃないか……」
顔を顰めつつも、改めて自分の姿に目線を落とすと俺は、驚愕に目を見開き、盛大に悲鳴を放っていた。
*
あれから少しした後、俺は今、別室でお茶を飲んでいる。
あの後、ユキが服を持って現れ、それに着替えてこの部屋へ案内された。そして彼女は俺を部屋へ通した後、何処かへと行ってしまった。
まあ、直ぐにウェスラが来て手ずからお茶を入れてくれた訳だが、あのメイドさんは一体何者で、ここは何処なのか、そんな疑問を抱きつつ、静かにウェスラと対峙していた。
「マサトを一人にしておくと問題しか起こさんのは、どういう事じゃ……」
そして、ウェスラの溜息交じりの台詞が、あの事を指しているのも分かっている。
でもさ、意識を失った後こんな所に運び込まれて、まさか全裸で寝かされてるなんて、誰も想像出来ないだろうが。
ホント、一体誰が脱がせたのか白状してもらいたいくらいだよ。
「俺は悪くないぞ。全裸にひん剥いた奴が悪い」
そう、あれは事故。
そして俺は悪くない。
だって、自分で服を脱いだ訳じゃないし。
「ほほう……。それではマサトは、ワシが悪い、と言うのじゃな?」
「え?」
俺は傾けていたカップを止めて、彼女の顔を見やった後、向けられた言葉を反芻し、納得した。
なるほど、ひん剥いたのはウェスラだったのか。
「って、おい! なんで全部ひん剥いたんだよ?!」
せめてパンツだけでも履いていれば、あんな恥ずかしい思いはしなくて済んだ筈なのに!
「し、仕方ないじゃろうがっ! 服はボロボロじゃったし、血もベットリと着いておったし、何より、それを脱がせねば逃げる事も出来んかったのじゃから! それとも何か?! マサトはワシ等に死ねと言うとるのか?!」
逆切れされながら吐き出された言葉に、俺は少しだけ首を捻る。
服がボロボロで血も着いていたから脱がせた、が一番の原因ではなく、何かから逃げる為、というのが引っ掛かったからだ。
俺達と共に行動している騎士達は、ユセルフでも指折りの精鋭揃い。
ウォルさんを筆頭に可憐と他の騎士達だけでもかなりの戦力なのに、そこにローザを加えた前衛陣には、並みの魔物や魔獣が敵う筈がない。
そこに後衛のウェスラやユキが加わったのならば、冗談抜きで有り得ない戦力になる。
更に教授とレジンを足せば、大袈裟ではなく、大隊規模の騎士団とさえ渡り合える程だ。
要するに、常識外れもいい所の馬鹿げた戦力なのだ。
ま、一人だけ戦闘じゃ使い物に成らない人も混じってるけどさ。
そんな俺達が逃げに徹しなければ成らない相手など、その辺の有象無象ではまず有り得ない。
今はライルが居ないから防御面での不安も少しはあるけど、それでも逃げなければ成らない理由は無い筈だ。
ならば何故、逃げる為に俺を脱がせる必要があったのか。
そこから導き出される答えは、血の匂いで引き寄せられてきた魔物だか魔獣の集団で、しかも、彼女達では対処出来ない相手、と成る訳だ。
そうなると最早襲撃スタイルは限定される。
「もしかして、空から襲われたのか?」
息を荒げるているウェスラを半ば無視する様に俺が軽い感じで聞くと、彼女の表情は見る間に驚きへと変わり、小さく頷きを返した。
「そうじゃ、それも――」
「集団だったんだろ?」
流石にこれは更なる驚愕を引き出してしまった様で、言葉を無くしていた。
最も、俺が推測出来るのもここまでが限界。
大体、魔物や魔獣の種類は多過ぎるし、ユセルフ周辺に出没する奴等しか頭に入ってないからな。
「で、何に襲われたんだ?」
ぶっちゃけ、何に襲われたかなんて余り興味は無いのだが、彼女達が逃げに徹しなければならない相手、と言うのが知りたかった。
だって、あれだけの戦力で勝ち目の無い相手なんて、危険でしかないからな。
「う、む。そ、そうじゃな。ま、マサトにも、つ、伝えておかねばいかん、よな」
何故かウェスラは慌て始め「あ、あれじゃよあれ」とか「な、何と言ったか」とか、終いには「こ、ここまで出掛かっておるのじゃ。しばし待つが良い!」などと首の辺りに手を置く始末。しかも、目は泳ぎまくり、額には汗が光っていて、何とか誤魔化そうとしているのがバレバレだった。
もしかして、俺には言いたくないのだろうか?
まあ、それならそれで良いけどさ……。
「まあ、いいや。どうせ俺とライルが揃えば勝てるだろうし、別に正体が分からなくてもその場で対処すればいいだけだしな」
焦る姿が余りにも可哀相だったのでそう告げると、ウェスラは安堵の溜息を付いて、深々と椅子に背を預けていた。
この話題はここで終わりにしておかないと、後々面倒になりそうな予感もしたので、直ぐに話題を切り替える。
「ところで、ここは何処なんだ?」
ライルの事も気に成るけど、今その事を口にするのは憚られた。
何かに襲われて逃げたのだとすれば、行方を捜す暇は無かった筈。それにまだ捜してないなんて言葉を聞いてしまったら、俺は絶対に怒鳴る自信があったからだ。
だから最初はこの場所が何処なのかを聞いて、それから他の事も聞こうと思った。
そうやって順番に聞いていけば、ある程度冷静になれると思って居たのだが……。
「ガルムイじゃ」
「は?」
この返答には耳を疑い、
「が、ガルムイ?!」
「そうじゃ、ここはガルムイの端に有る、スヴィンセン家の別荘じゃ」
更なる驚きが俺を襲って、
「ろ、ローザん家の別荘?!」
「うむ。そしてな、ワシ等は検問を通っておらん!」
もう、絶句するしかなかった。
そして、ウェスラは腕を組み、満面の笑みを湛えて椅子に踏ん反り返ると胸を反らし、俺に向けて自信満々に放つ。
「と言う訳で、ワシ等は密入国した様なものじゃ!」
「威張るとこじゃねえだろっ!」
絶句したのも束の間、気が付けば俺は、突っ込んでいた。
だってさあ、密入国して堂々と威張るとか、有り得ないだろ?
なのにこの堂々とした態度は何なんだよ。
俺としては犯罪を犯した者の態度じゃないと思うんだけど、間違ってるか?
そんな事を諭していた様な気もするが、頭に血が上っていたので何を言ったのかまるっきり覚えてない。
だが、ウェスラの放った一言だけは覚えていた。
「ばれなければ犯罪にならんじゃろ?」
それは有る意味、真理の一言だったが、その程度の真理で俺の中の良心を曲げる事など出来はしない。
なので、更に滔々と諭したのだが、ウェスラは俺の事を鬱陶しそうに眺めながら、止めだ、とばかりに驚愕の一言を放った。
「この程度の事なぞ、猟師は何時もやっておるわ」
それを聞いた俺は目を丸くして動きを止め、ウェスラは勝ち誇った表情で語りだした。
「確かに街道を行けば必ず検問を通らねばならぬから、正規の手続きを踏んでの入国となろう。じゃがの、森を抜ければ検問なぞないと言う事は、誰もが知っておる。故に密入国といども入国には変わりないのじゃ。要は正規の手続きを踏んでの入国か否かの違いしかないのじゃ。それに街に入るには検問を通らねばならぬのじゃし、身分を証明出来ぬ者はそこで捕まる事に成るのじゃから、何も問題ないじゃろが」
要するにあれか? こっちの世界って、国境は有って無きが如しって事か?
俺のそんな疑問に「そのとおりじゃ!」と自信満々の答えが返ってきたのは、言うまでもない。
それって国境を定めても意味無いじゃん、と思ったのは、間違いじゃないと思いたい。
だけど、それにばかり構っても居られない。
密入国云々は別として、ここはガルムイで、スヴィンセン家の別荘、という事は取り合えず分かった。
次は、何故スヴィンセン家の別荘に身を寄せているのか、それを聞いてみる事にする。
「なあ、何でローザん家の別荘に来たんだ?」
俺の唐突な質問にウェスラの眉尻が微かに動くが、想定していた範囲なのだろう、その表情を殆ど変えずに説明してくれた。
何でも、森へ逃げ込み空からの襲撃を何とか振り切った後、現在地を確認した所、自分達が何処に居るのか全く分からなかったそうだ。
要はまあ、遭難した、という事だな。
俺達日本人の感覚から言えば、遭難イコール山、の図式が有る訳だが、こっちの世界の森は富士の樹海を凌ぐ広さを持っていて、慣れない者が遭難する事は日常茶飯事らしい。
ただ、何で遭難したのかを聞いた所、ウェスラは顔を背けて口を尖らせながら「馬車が通れる場所を選んで突き進んだ結果じゃ」と答えた。
それを聞いた俺は、思わず頭を抱えてしまった。
だって、そうだろう?
突き進んだ、とだけ聞けば、分かっていて、と解釈も出来るけど、実際には遭難している訳だから、闇雲に、という言葉が隠されている事くらい直ぐに分かる。
最も、ここで色々と突っ込んでいては話が進まなくなるので、内心で溜息を付きつつ、やや呆れた顔を向けながら先を促した。
それならば、という事で教授かレジンに道案内を頼もうとした様だが、何故かローザが「ここの景色は見た事があります」と言ったそうで、案内させた所、この場所に辿り着いた、という事だった。
「じゃあ、何か? 闇雲に逃げ回ってたら何時の間にかガルムイに入ってて、そこはローザん家の別荘近くだったって事か?」
「うむ! その通りじゃ!」
「いばるとこじゃねえだろ……」
俺が呆れ果ててそう言うと、
「し、仕方ないじゃろ! 男共が使い物に成らんかったのじゃから!」
逆切れされてしまった。
ただ、この一言は聞き捨てに出来ない。
精鋭揃いの騎士達が使い物に成らなくなるとは、どう言う事なのかと、疑問に思ってしまったからだが、襲撃して来た奴等が関係している事だけは、今までの話から推測出来る。
出来るのだが、男が使い物に成らなくなる空を飛ぶ魔獣――この場合は魔物か――なんて一つしか思い浮かばない。
でも何故それを隠すのかがちょっと分からないので、カマ賭けをしてみる事にした。
「なあ、ウェスラ」
「何じゃ」
「俺さ、ヴェロンからユセルフに戻った時、デュナルモ山脈の近くへ飛んで遊びに行った事有るんだよ」
「ほう」
「でさ、その時、怪我した魔物を助けたんだよね」
ウェスラから目を逸らして天井に視線を向けた瞬間、
「そうかそうか――、そうじゃったか」
抑揚を全てそぎ落として感情も篭めなければ、こんな感じになる、といった声で何かに納得するウェスラに視線を戻せば、その手の平の上には、ソフトボール大の雷球が載っていた。
「これは少々お仕置きをせねばいかんよな? 女子と見れば節操なしに手を出す男にはのう」
満面の笑顔の中、殺意の篭った瞳を向けられた俺は、自ら墓穴を掘った事を悟った。
まさか、あれは全て演技だった、と言うのかっ!
「ちょ! ま、まて! ウェスラ! そんなの食らっ――」
「問答無用じゃああああああああ!」
そして俺は、愉快な髪型に生まれ変わり、束の間、お花畑で蝶々を追い掛けたのだった。
お、俺は悪くない筈……だよなっ?!




