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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ガルムイ王国編 第四章
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同郷の匂いがします

 教授が語り、俺達が嫌悪したその内容とは――。

 今を遡る事二百年ほど昔、戦争において有る画期的な発明が成された。

 魔力を吸収し放出する石英を組み込んだ兵器。

 今で言う所の、魔力充填核装備装置が発明されたのだ。

 その威力の凄まじさと汎用性の高さは戦争を一変させたそうだ。

 素人同然の新米騎士が熟練の騎士を倒し、砲弾が魔術師を襲い、矢の変わりに一撃必殺の鉛球が飛び交い、大量の死者撒き散らす。

 鋼鉄の鎧は意味を成さなくなり、磨き上げた剣術すら役に立たなくなる。

 無論、魔法を使う者達とて、ただ臍を噛んで悔しがって居た訳ではなく、様々な試行錯誤の末、風魔法による身体強化を編み出し、各種属性による防御系の魔法が発展したのもこの頃らしい。

 ただ、戦う力を持たぬ者にも魔装がその力を与え、戦火の拡大を促した、という事に関しては疑う余地も無い。

 だがある時、魔装の欠点に気付いた研究者が居た。

 そしてその研究者は、こう言ったそうだ。

「魔装の唯一の欠点は、外部から魔力の補充をしなければ使えない事。これでは幾ら威力が有ろうとも内包する魔力が切れた瞬間、ただのガラクタと化してしまう。だが、人体に埋め込んで常時魔力の補充を行える様にすれば、その欠点すら無くせる」

 確かにその考えに至るのも分からなくはない。

 でもそれは余りにも危険な考え。

 何故なら、人をただの戦争の道具に変えてしまう可能性が有ったからだ。

 だから、良心有る国の為政者達は、その考えは余りにも危険過ぎる、としてその研究者を忌避した。

 だがその研究者の提唱に乗った国が、一国だけ在った。

 その国は魔装が発明される以前は強国として他国の追随を許さぬほどの武威を示していたが、それが発明され戦争に使われる様になってからというもの、殆ど勝てなくなっていた。

 それまでの戦争で獲得した広大な領土のお陰で王都への侵攻そのものはまだ無かったが、度重なる敗戦で危機感を覚えていた軍部は、国民に悟られる事なくクーデターを起こし、反対する国王一族やその一派を根絶やしにしてまでその研究者を囲い込み、兵器としての人間を作り出す研究を始めてしまった。

 しかも、極秘裏に。

 最初のうちは生きて捕らえた敵国の兵士を実験台として使っていた。

 勿論、成功する確率は低かったが、それでもなんとか成功した魔装兵は試作といえども申し分ない出来だったようで、その威力に軍部は歓喜し、膨大な国家予算を投じ始めたそうだ。

 だがそのうち、研究機関は暴走を始め、自国民までをもモルモットにし始めた。

 怪我をして動けなくなった者や孤児となった子供は勿論の事、果ては誘拐までして実験体に使い、魔装を内包させるだけではなく、健常な四肢すらも魔装機に置き換えるという、残酷、というより狂っているとしか言い様の無い研究まで始めてしまった。

 さすがにそうなっては国民に隠す事など最早不可能となり、避難を受けつつも何とか巧みにそれらを躱しながら研究を続けさせたが、ある時、研究施設を警備していた者の一人が良心の呵責に耐え兼ね出奔し、他国で掴まった折に研究施設の全容が明るみに出てしまい、周囲の国々に一斉に攻められその国は滅んでしまった。

 その研究の犠牲になった人々の数は、数万、数十万、或いは数百万とも言われていて、犠牲者の数は今もって定かではないそうだ。

 それに、麻酔薬もまだ完璧ではなかった時代でもあり、施設では昼夜の別無く絶叫が響き渡り、地獄の様な禍々しい気配が漂い、滅びの道を直走っているかのようだった、とその者は何かに怯える様に証言していたそうだ。

 そして多大の犠牲と莫大な研究費を払って一応の完成を見た魔装兵も、その国が責め滅ぼされたと同時に、殆どの研究資料は処分され、歴史の闇に埋もれた筈、だったらしい

「まさに、戦争の狂気だな……」

「そんな事を……」

「なんて酷い……」

「人間がやる事じゃないわね……」

「これは流石に――」

「人間怖い……」

 俺達はそれぞれに嫌悪感を露にして表情を歪める。

「ですが、その全てを悪、とは言い切れません。何故なら、魔装義肢はそのお陰で生まれたのですから」

「確かに――、戦争が悪、とは必ずしも言い切れない部分もあるからな」

 あっちの世界だって戦争で生まれた技術が平和利用されたりしてるし……。

 俺が半分複雑な気持ちで溜息を付いていると、可憐が食って掛かって来た。

「おにいは何言ってるのよ! 戦争は悪いに決まってるでしょ! それを何?! まるで良い事も有る様な言い方して! おにいは何時から戦争肯定派になったのよ!」

 物凄い剣幕で詰め寄る可憐に少し引き気味に成ったが、俺は取り合えず肯定派の部分は否定しなければ、と思い口を開いた。

「あのなあ、俺が何時、戦争を肯定した?」

「今言ったじゃない! 悪とは言えないって!」

 こいつ馬鹿とちゃうか? 必ずしも言い切れない、の部分を脳内変換で、言えない、にしやがったよ。

「じゃあ聞くけど、お前さ、あのローブを倒したよな?」

 とりあえず俺が止めを刺した事は棚に上げておく。

「それが何よ」

「あれって、小さいけど戦争だってのは、分かってるか?」

「一対一で戦ったあれが何で戦争になるのよ!」

 やっぱ、何にも分かってないな。

 俺が深々と溜息を付くと、横からウォルさんが口を挟んだ。

「カレン、マサト様の言うとおりですよ。あれはこの国の物ではなく、間違いなく他国の物です。それをユセルフの騎士団所属の貴方が倒した、という事は、戦を仕掛けられる十分な理由になるのですよ。無論、この村を襲われたカチェマも戦をする大義名分には成りますが」

「だから何で――!」

「カレンさんはもっと政を学ぶべきですわね」

 ナシアス殿下が可憐の言葉を遮り、戒める。

「知っていますか? 戦とは、政の一つなのですわよ? 悪手ではありますけど。ですが、それを仕掛けたい者からすればカレン様の様なお方は、餌に目が眩んだ獣と同じなのですわよ? 何故なら――」

 その続きをウェスラが奪い取り、奪われたナシアス殿下は少々憮然とした表情に変わる。

「自国の者を他国の騎士が傷付けた、というだけでも十分な理由じゃからの。まあ、この場合は魔装兵じゃから、財産じゃがな。これは本来、カチェマの者か、もしくはマサトの様な冒険者が対処すべき事柄じゃったのじゃ。じゃが、カレンが手を出してしまったからのう。これはもう、ユセルフも巻き込まれた、と言わざるを得んじゃろ。最も仕掛けた奴がこうなる事まで予想しておったのならば、相当狡猾な奴としか言えぬがの」

 ま、有り得ぬじゃろうが、とウェスラは肩を竦める。

 対する可憐は納得がいかないのか、かなり剥れていた。

 ただこの問題は俺の落ち度もあるから、可憐だけを責める訳には行かない。

「まあ、可憐はユセルフの騎士として自国の王族を助けた、って見方も出来る訳だから、必ずしもユセルフが巻き込まれた、とは言えないと思うけどね。それに、先に襲って来たのは魔装兵の方だし」

 そうフォローを入れはしたが、ウォルさんとナシアス殿下はやや難色を示していた。

 まあ、そうだよな。目撃者も居ないから、向こうが先に手を出した事を証明出来ないしね。

 だけど、この事ばかりを話し合う訳にも行かない。なので、俺は話を魔装兵の事に戻した。

「で、あのローブの事なんだけど……」

 可憐が倒し、俺が止めを刺したあのローブは、魔装兵の疑いが濃厚。

 そして、教授の話を聞いた限りでは、ほぼ間違いないだろう、との結論に俺の中では達している。

 そしてその考えを補強するかのように教授が口を開いた。

「あれは魔装兵で間違いないと思います。軽く調べてみて分かったのですが、魔物の体を素体としてそこに魔装を組み込んでいます。頭が潰れているので体のみでの判断ですが……。ただ、気に成る点があります」

「気に成る点?」

「はい、あの当時は頭の中にまで魔装は組み込めなかった筈なのです」

 教授の言っている当時って結構昔だと思うけど、俺の見立てだと、今でも出来ないんじゃないかな、と思う。

 だって、医療技術はあっちの世界とは比べ物に成らないほど遅れてるし、況してや脳の事なんて尚更だろう。

 俺がそういった自分の考えを告げると、ウェスラが眉根を寄せながら「のうげか、とは何じゃ? 手術は分かるのじゃが……」と逆に聞いてくる始末。

 その発言からも分かるとおり、こっちの医療が遅れている事は明白だった。

「頭を開いて手術する事? かな?」

 俺が身振り手振りを使いながら説明すると、皆の目が驚愕に見開かれていく。

 あれ? もしかして……。俺ってまた何かミスしたのかな?

「そ、そんな事をしたら、お馬鹿さんになっちゃうじゃありませんか!」

 何故かローザが的外れな事を口にするが、教授だけは真剣な表情で考え込んでいる。

「ローザ、それは違うじゃろ。たぶん頭部の負傷が外傷ではなく、頭蓋内の場合に限り、頭を開けて何らかの処置を施す、という事なのじゃと思うぞ」

「流石ウェスラだ。その通りだよ」

 俺に褒められた彼女は、ふふん、と胸を張る。

 普段でも大き目の胸は更に誇張され、双丘は大きく揺れ動き、俺は一瞬だけ今の事を忘れて釘付けになった。

 うむ、眼福眼福。

「しかし、マサト様の世界は凄いですね。そんな手術も出来てしまうとは」

「まあ、専門の医師だけしか出来ないけどね」

 こっちの世界もそうだけど、医術と言うのはそれを専門に学んだ者にしか手出し出来ない分野、と言うのは変わらない。

 ただ、魔法やそれに付随する薬学の効果が高い所為か、こっちの医術は進歩が遅い。それでも庶民にとっては回復薬などは簡単に手が出せる物ではない為、医者もそこそこの数は居る。

 最も、小さな街や村には常駐して居らず、そういった場所を定期的に巡る、巡回医師団なるものも存在していた。

「で、話は魔装兵に戻るけど、頭の中に機械を組み込むのって、脳のどこが何を司ってるか分からないと出来ない事なんだよ。だってあのローブ、片言だけどしゃべったからね。それも、命令遂行とか言ってたし」

 命令を受けてそれを実行し、その場で在る程度の判断をする事が出来る様にしてあると仮定すれば、これを施した人物は、最低でも脳のどの部位が何を司っているのかが分かっている、と推測出来る。

 だからと言って脳内にインプラントが出来る訳じゃないけど。

「なるほど……。となれば、マサト殿の様な異世界人が絡んでいる可能性も考えられますが、その辺は確証も有りませんから何とも言えません。ですが、異世界の技術が使われた可能性だけは否定出来ません。それと、マサト殿の接触した獣族も怪しいと思います」

「なんで?」

「コーコーセイと言った、と言いましたよね」

「そうなんだよ。こっちじゃ俺が高校生だって言っても誰も分からない筈なのに、そいつは分かってたみたいだったんだよ」

「ならば、その者は異世界からの転生者の可能性があります。それも、マサト殿と同郷の。まあ、前世の記憶を全て受け継いでいる転生者など私も聞いた事は有りませんが、もしも仮にそうだとすれば、辻褄は合う筈です。ですが何故、マサト殿を……」

 流石は千年の時を生き抜いてきた魔獣だ。その知識量と記憶量は感嘆に値する。

 だけど、俺達が持った疑念はそれではなく、何故俺が狙われるのかが全く分からない事だった。

「少々良いかの?」

 考え込む俺達にウェスラが割って入った。

「ん? 何?」

「この世界に来た異世界人の魔力量が膨大だと言った事は、覚えておるか?」

「うん、それは覚えてるけど――」

 それが何か関係あるの? と続けようとした俺を、ウェスラは手で遮り、衝撃的な事を告げてきた。

「それならば良い。じゃが実の所、異世界人は何も召喚だけでこの世界に来る訳ではないのじゃ。五百年以上もの昔の話に成るのじゃが、その頃は何度か落ちて来ていたらしいのじゃよ、異世界人はの。そのお陰で異世界人の魔力が膨大じゃと分かったのじゃ。まあ、それ以降は何故か確認されては居らぬがの」

 遥か昔、転移、という形でこっちの世界に来た者達が居た。

 その事実を初めて知った俺は、絶句していた。

 召喚ならば召喚者が傍に居るからいい。どのような形であれ、命は保障されている筈だから。

 でも、転移では何処に放り出されるか分からない。それで生き延びられたのならば、その者は幸運だ。だけど、右も左も分からない内に命を落とした者もいるだろう。そんな者達の心情を鑑みれば、死の間際にこの世界の事を恨んで居たとしても、おかしくは無い。

 そして彼女は尚も言葉を続ける。

「その異世界からの来訪者が死んで、再びこの世界に転生した、とも考えられるのじゃが、ローリーの言うとおり生前の記憶を持ったまま生まれるなど、ワシも聞いた事がない。じゃがしかし、可能性が無い、とは必ずしも言い切れぬのも事実なのじゃ」

 一瞬動きを止めた頭を無理やりに動かし、彼女の話からある推測を立てる。

 この世界には魔法がある。そして最も初歩的な魔法は、願い、と彼女は言った。なら、転移したてで訳も分からず殺された者が己の死を理不尽だと怒り、生まれ変わって復讐する事を感情のままに強く願ったのならば、それも魔法になるのではないだろうか。

 膨大な魔力を使った転生、と言う魔法に。

「なあ、ウェスラ」

「何じゃ?」

「転生魔法って、可能だと思うか?」

 問い掛けられたウェスラだけでなく、全員が目を剥いた。

「転生を可能にする魔法、じゃと?」

 驚きの声を上げるウェスラを置いて、俺は続ける。

「うん。最も初歩の魔法は願う事だって、ウェスラは言ったよね?」

「う、うむ」

「なら、自分の死に際してだよ? それも理不尽な死。その時に強く――いや、強烈に、か。願ったとしたら、それは魔法として成立するんじゃないのか?」

 ウェスラは難しい顔をして腕を組んで考え込む。それと同時に教授も顎に手を当てて、真剣な表情で黙考に入った。

 俺だって確証が有る訳ではない。でも、願う事で成立する魔法が有るのならば、不可能ではない筈なのだ。

 ただ、どういった仕組みで起こるのか、俺には分からない。だけど、ウェスラか教授ならば、その仕組みを知っている筈。

「……可能か、と問われれば、可能かもしれぬ。じゃが、第一の問題として、どの程度それを想像して具現化出来るかが問題じゃろう。次に、転生とは謂わば、魂のみで未来へと転移するに等しい、と言う事じゃ。しかも、それと同時に肉体、と言う受け皿を探さねばならぬ。時間を超え、剰え自身の魂が宿るに相応しい肉体を探し出し、そこに魂を宿らせる。これはワシの知る魔法だけでは不可能じゃろう。じゃが、方法は無くも無い、そうじゃろう、ローリー」

 ウェスラの瞳が教授へと向く。

 教授は顎に当てていた手を離し、俺達を眺めた後、

「方法は、有ります」

はっきりと口にした。

 ウェスラが知り得る魔法だけでは転生する事が出来ない。でもそこに、何らかの別の方法を加える事で転生が可能になる。

 教授はそう言ったのだ。

 そしてそれは驚愕を通り越して俺達に危機感を与えた。

「陣と組み合わせれば可能かも知れません。ただ、陣ならば何でも良いのか、と問われれば、否、ですが。ただし、双方を組み合わせるとなると、相当な危険が伴います。それこそ一歩間違えば己の魂すら消し飛ばしてしまう程の。まあ、飽く迄可能か不可能か、と問われただけなので可能と答えた訳ですが、実際にはほぼ不可能でしょうね」

 魔方陣と魔法の融合。

 両方とも同じ様に思えてもその実、全く別系統の物。

 魔法とは、自身が想像した物に魔力を乗せて具現化する方法。

 故に、魔法と呼ぶ。

 だが魔方陣は違う。

 有る一定の理論と法則の元に描き出された幾何学模様と独自の言語を組み合わせて、そこに魔力を通し、この世界の法則を書き換える術。

 故に正式には象形魔術、と呼ばれていた。

 そしてこの象形魔術を扱うには、もう一つの制約があった。

 それは血統だ。

 因ってその血統に連なる者にしか扱えない代物で、こっちの世界の人々が言う所の天族の固有魔法とは、血統魔法でもあったのだ。

「でもそれって、殆ど不可能、なんだよな?」

 俺は心の奥底に芽生えた不安を押し隠しながら聞き返す。

「ええ。ですが、代償さえあれば可能な様ですね」

「代償?」

「はい、邪神、と言われる者に陣を扱える者の命と己の肉体の一部を贄として捧げる事で、扱える様になる、と聞き及びました。最も、これとて噂の域を出ませんが。そもそも――」

 続く教授の言葉は、俺の耳には入って来なかった。

 邪神に生贄を捧げる。

 それも魔方陣を扱える者を。

 そしてこの場に居た魔方陣を扱える者は――。

「そうか、そう言う事かっ!」

 俺の脳裏には、あの獣族が放った台詞が蘇っていた。

 もうすぐあの子も手に入るしね、という愉悦の篭った声が。

「くそっ! こうしちゃ居られない!」

 俺は身を翻して駆け出そうとしたが、背後からウォルさんにがっちりと掴まれて動きを止められてしまい、即座に振り向き怒鳴り付ける。

「離せ!」

 だが、その程度で彼が怯む筈はない。

「マサト様! 突然どうしたのですか!」

「ライルが攫われたかもしれないんだっ! だから――」

 ウォルさんの手を振り解こうと尚も足掻く俺の頬がその時、派手な音を立てる。

「落ち着きなさいませ!」

 ナシアス殿下の射抜く様な眼差しと声が突き刺さり、俺は一瞬、呆然とした。が、直ぐに我に返ると、彼女にも食って掛かる。

「これが落ち着いて――!」

 だが、また頬を叩かれ、流石の俺も動きを止める

「何処へ行こうと言うのですか、貴方は!」

「だ、だから――」

「居場所も定かではないライル殿下の下、ですの?」

 言われて気が付いた。

 ライルが今何処に居るのか、まったく分かってない事を。

 それなにの俺は……。

 項垂れる俺の目の前で、ナシアス殿下が息を吐き、軽く目を伏せた。

「マサト様が取り乱すのも分からなくは御座いません。ですが、ここは冷静に対処しなければ、助けられるものも助けられませんわよ? それに――心配なのは何もマサト様だけでは御座いませんのよ?」

 見回せば、不安を表に出してこちらを見詰める皆の顔があった。

「ライル殿下は皆に愛されていますの。当然、私もです。そんな殿下が行方知れずなのですから、不安にならない訳ありませんわ。ですが、皆は決してその事を口には致しませんでしたわ。何故だかお分かりになります?」

 俺は首を振った。

「言えばマサト様の不安を助長させてしまうから。冷静な判断力を奪ってしまうから。そして、一番辛い思いをさせてしまうからですわ。一緒に居て守れなかった、と」

 ナシアス殿下の手が俺の頬に伸び、優しく包み込む。

「マサト様は私達の要、謂わば、王なのです。その王が取り乱してどうするのですか。あの時私を守った様に、我が国を救ってくれた様に、そして、マリエ・ノムルを攫った様に、堂々と構えなさいませ。魔王という称号は、何者にも屈せず強き意思で立ち向かう者の象徴でもあるのです。マサト様はその魔王なのですわよ? ご自身が動く時を、もっと見極めて下さいまし。私もその時は微力ながら力添えを致しますから、それまではどっしりと構えていて下さいませ」

 そして、唇を寄せる。

 だがその動きに、ウェスラが慌てて手を伸ばし待ったを掛けた。

「ナシアス! 永久を結んでは、いかん!」

 しかし、ナシアス殿下の唇は俺に触れ、永久を結んでしまった。

 手を伸ばしたままウェスラは愕然として立ち尽くし、ナシアス殿下は苦しげに顔を歪めてその場に蹲る。

「な、何という事を……。こ、これではナシアスが……」

 語尾を飲み込んだウェスラの呟きは絶望感に溢れ、その表情は沈鬱に歪み切っている。だが、俺には彼女達のそんな姿よりも、頭の中に響く別の声に捕らわれていた。

――その者を助けたいですか?

 突然響いた声。

 だけど、何故かとても懐かしく感じる声。

 俺はたぶん、この声を知っている。

 だけど、その声の主が誰なのか、思い出す事は出来ない。

 しかし俺は、一切の迷いも淀みも無く、瞬時に答えていた。

――俺はどうなっても構わない! だから、方法が有るなら教えてくれ!

 慌てふためく俺とは対照的に、その声の主は憎らしいほど冷静沈着な響きを寄越した。

――分かりました。ではこれから貴方に力をお貸ししましょう。ですが、これだけは覚悟してください。この力に貴方の精神が耐えられない時、彼女は死に、貴方は永遠に覚める事の無い眠りに付く、という事を。それでも行使するのならば、彼女に手を翳しなさい。

 躊躇う事無く、俺は言われた通りに手を翳す。

 瞬間、青い魔方陣が積み重なるようにして広がり、ゆっくりとナシアス殿下の体を包み込んでいく。

 それと同時に俺の内側から、体に感じる痛みとは比較になら無い程の痛痒が襲い掛かった。

 如いて例えるならば、魂を引き裂かれる様な喪失感を伴う心の痛み、とでも言うべきか。

 でも、これに耐えられなければ、彼女が助からない。

 一度は助けた命と心。

 それここで散らして堪るか!

 何が有ろうと俺は、彼女を助けるんだ!

 其の為ならば、どんな痛みにも喪失感にも耐えてみせる!

 その思いを胸に歯を食いしばり、途切れそうになる意識を奮い立たせ、眼前で展開される光景を見詰め続ける。

 そして、彼女が魔方陣に完全に包み込まれると、その内部を蒼く澄んだ水が満たし始め、その水が完全に満ちた時、俺の口から俺の声ではない声が流れた。

『我司るは水、一切の穢れを浄化する水なり。故に魂の穢れは流れ、元の御魂へと回帰するなり』

 この時の俺は、痛みも忘れてただ只管、目の前の光景に目を奪われ続けた。

 月光を跳ね返す煌く小波の如く魔方陣の表面は自ら光を発し、その中では淡い光の群れが飛び回り、まるで水の中を泳ぐ蛍の様だ。

 その光は彼女に張り付きゆっくりと中へと浸透していき、徐々にその体を蒼色に染め上げていく。

 そして、彼女が完全に魔方陣内の水と同化した時、心臓を締め付け握り潰す様な痛みと共に、俺の胸と魔方陣を蒼い光が結んだ。

『新たなる絆、ここに構築せり。これによりこの者の魂は未来永劫離るる事無し。我が主の望み、成就せり』

 その声と同時に魔方陣は蒼い光の粒となって砕け散り、穏やかな表情で目を閉じる横たわるナシアス殿下が姿を現した。

 俺はそれを見て安堵すると、喪失感と脱力感を同時に覚え意識も途切れがちになり、力尽きた様にその場に座り込む。

――良く耐えました。これで貴方は一つ段階を上げた事になります。今は眠りにその身を委ね、ゆっくりと休みなさい。

 頭の中にそんな声が響き渡ると同時に、俺の意識は闇に飲み込まれていった。

 俺、何をやったの、かな……。

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