可憐さん、奮闘す
その光景を目にした俺は息が詰まり声も出せ無い程、愕然としていた。
何かで押し潰された様に地面に張り付く家々。
地面に転がる折れた槍や剣に曲がった鉄棒。
その近くには、必ず血溜まりがあった。
そこから見て取れる事は、俺が外で奴と対峙している最中に、何者かに襲撃を受けた、という事だけ。
「……何が」
徐々に目の前の現実を認識する中で、フッと疑問が湧いた。
誰も居ない。
否、正確には、死体が、無い。
訝しみながら直ぐに方々に目を走らせ村内を歩き回り、皆を捜したが、誰一人として見付ける事は出来なかった。
死体が無い、という事は無事に逃げ果せた可能性もあるが、魔法を使えば跡形も無く死体を処分する事も可能だ。ただ、惨状から推測するに、そういった魔法が使われた形跡は無さそうだった。
しかし、備に確認すると、少しだけ疑問が湧き、俺は首を捻る。
「これだとたぶん、無差別に攻撃してるよな……」
徹底した破壊ぶりに、人間を助け出す、と言った意図ははっきり言って伺えなかった。
それに、無法者の冒険者でも、ここまで徹底しはしない。こんな事をしたのがばれれば、それこそただの犯罪者として国から負われる羽目になる。それにそういった奴等は半分は略奪が目的という事もあり、家を破壊する、といった無意味な事は絶対にしない。
最も、扉や壁くらいは壊すかも知れないが。
「一体誰が……」
村の広場に佇み険しい表情で俺は呟いて思案する。
そんな中、瓦礫の崩れる音が微かに聞こえた様な気がして辺りを見回すが、何かが変わった様子も無い。
気の所為かな? そう思った時、目の前の瓦礫の一部が大きく崩れ、見覚えの有る腕が姿を見せた。
直ぐにでも確かめたい衝動に駆られたが、メルさんを放り出す訳には行かず、逸る気持ちを押さえ付けながら、ゆっくりと彼女を地面に寝かせて「少し待ってて」と声を掛けた後、急いで腕の周りの瓦礫をどかし始めた。
そして、幾つかの大きな瓦礫を除いた時、驚きの余り目を見開き、声を上げていた。
「し、シュラマル!」
一本角は無数に亀裂が走り、触れれば簡単に折れてしまいそうな程で、顔は赤黒く染まり腫れ上がっている。しかも、まだ乾ききらない血がべっとりと張り付き、相当悲惨な目に遇った事を伺わせる。
俺は暫く呆然としてそれ以上声も出なかったが、微かに身動ぎをしたのを見て、シュラマルに圧し掛かっている一番大きな瓦礫を渾身の力でもって退かした。
「おい!、大丈夫かっ!」
体を揺り動かしたい気持ちを抑え、俺が声の限り耳元で叫ぶと、彼は薄っすらと目を開けた。
「一体、何が有った!」
勢い込んで聞くもその瞳は、今にも生の色を無くしそうな程弱々しく、辛うじて意識を繋ぎ止めている様に見えた。
「今助けてやるから!」
叫びながら他の瓦礫も除いていく。そして、半身が露になった所で、俺は愕然とした。
腹や胸に無数に突き刺さる折れた剣と槍。
深く切り裂かれた傷跡。
そして、止め処なく流れ出る血潮。
そのどれもが、絶望的なまでに死を示唆していた。
それでも俺は叫ぶ。
「死ぬな! シュラマル! ここで死ぬなんて許さないからな! 俺と――俺と手合わせするんだろうがっ! 傷が癒えたら気が済むまでやってやるからっ! だから、死ぬんじゃない! 死なないでくれっ!」
そして、あの時と同じ詠唱を口ずさんだ。
「この地に生くる全ての者、聖なる水を神より賜りたり。租は命繋ぐ水なり。この水なくして生くる事叶わず。即ちこれ、万物を育む不変の法則なり。この法則持ちて、我神に願う。我が全ての魔力を代償とし、この者の命繋ぐ聖なる水、再び賜らん。命力活性」
シュラマルの身を光が包み込み、刺さっていた剣と槍は消え、俺の魔力も空になった。が、傷自体は癒えず、そこからはまだ血が流れ出していた。
それでも少しは生の力が戻ったのか、シュラマルの瞳は先ほどよりも輝きを増しているが、死の影を追い払うには至らない。
「な、何で――、何で治らない! 何でだよ! 魔法はちゃんと発動したのに、何で治らないんだよっ!」
それでも俺は諦めず、魔力切れで気だるくなった体を動かし、手持ちの回復薬をありったけシュラマルの口に注ぎ込んだ。
半分近くは口の外へと零れてしまったが、それでも先ほどより瞳の色が力強くなり、流血も止まった。
これならば、と安堵したのも束の間、機械が発する様な無機質な声が、背後から響いた。
「まだ、生きてる。命令、遂行」
振り向けば剣を逆手に持ち、シュラマルに向かって今正に振り下ろさんとする体勢の、ローブを纏った者が居た。
一体何処から、そんな思いが胸中に踊る。それと同時に気付けなかった自分を罵った。
――油断し過ぎだろうがっ!
だが今は、後悔している場合じゃない。
シュラマルとローブの間に身を割り込ませ振り下ろされる剣に向かって、今は柄だけの剣を何とか合わせて流すと同時に、足払いを賭け相手を転がした。
でも、殆どダメージは入ってなさそうだ。
その証拠に、ローブは倒れても剣は離さず再び起き上がると、今度は俺に向かって剣を振り上げ振り下ろす。
何とか二撃目も往なし俺は立ち上がると、歯を食いしばって身構え正対する。
――くそっ! 体が重てえ。せめて一口だけでも回復薬飲んで置けば良かった。
胸中で自分の愚かさに悪態を付いた。
万全には程遠い体。
武器とは呼べない武器。
そして、魔法が全く使えない今、俺に勝機は殆どない、と言っていい。
それでも、守ると決めた。
血の繋がりも無い、種族も違う、生まれた世界すらも――。
でも、心を繋げられる、心を許せる、大切な家族。
その家族を守るためならば――。
「命を削ってでも守り通すまで」
決意を口に乗せ、俺は相手を睨み付けた。
*
「それにしても、マサトも派手に遣りおるのう」
黒光りする地面を見たワシは、呆れを通り越して最早、嘆息してか出来んかった。
「しかし、一体どうすれば……」
ウォルの疑問も最もな事じゃと、ワシも思うた。
「見当も付かぬ。じゃがマサトの事じゃし、何ぞ新しい魔法でも考え付いたのじゃろう。そしてその結果がこれじゃと思うぞ」
ワシの言葉を受け、ウォルは改めて大きく溜息を付いておった。
「マサト様は一体、何と戦ったのでしょうね……」
「さあのう……」
何と戦ったのかはワシも興味有るが、余り聞きたくはないの。
「相手が何なのかはこの際おいて置きましょう。問題は地面をこんな風にするには、途轍もない高温を長時間浴びせなければ出来ない、という事です。これをもし火魔法で行ったとすれば、一体どれ程の魔力を必要としたのか、私でも検討が付きませんよ」
自らの足で感触を確かめておったローリーでさえ、肩を竦めて降参しておる。
ほんにマサトは、一体何をやらかしたのじゃろうな?
そんな思いを抱きつつ、本来は馬車の通れぬ筈の森を、ワシ等は悠々と抜けていく。
そして街道に出て幾許か進んだ頃、遠目に木壁が見えた。
「たぶん、あの村ですね」
「その様じゃな」
じゃが、何故かワシの胸には一抹の不安が過ぎった。
その不安が何じゃったのかは分からぬ。じゃがそれが顔に出てしもうたのじゃろう、隣を行くカレンが怪訝な顔で問い掛けてきよった。
「ウェスラ姉さん、どうしたの?」
そして、素直に胸中に踊る漠然とした不安を口にした途端、
「分かった。あたしが先行して見て来る」
カレンはウォルに目配せをした後、誰とも無しに「後おねがいね」と短く告げて馬を降り、とんでもない速さで駆け出して行ってしまいよった。
「なあ、ウォルよ」
「はい」
「あの速さ、おぬし着いて行けるか?」
「私は何とか。ですが、ユセルフでカレンのあの速さに着いて行ける者はもう、居ません」
「やはりそうか。流石はサマトの妹、といった所じゃな」
「はい。それに、魔法を使わない組稽古の方も私以外の者では、既に相手に成らなくなっていますから――」
ウォルはその後の言葉を飲み込み、若干険しい表情を取った。
何れは抜かれるか、このウォルも。
「兄妹揃って空恐ろしい程の才能じゃな」
「まったくです」
小さくなった可憐の背中を見詰めながら、嬉しさと悔しさを混ぜた様な複雑な表情を、ウォルは見せておった。
*
「風よ、纏わり速さと成せ」
あたしは即座に風魔法を纏い、今自分が出せる最速で駆け出す。
ウェスラ姉さんが感じた漠然とした不安。
それはあたしが感じた不安と同じかもしれない。
あたしが感じた不安は、おにいがピンチかも、という程度のもの。
でもこれだって、そんな気がする、ってレベルの不安だし、あのおにいの事だから、何とかするかもしれないとも思ってたけど、永久の契約を結んだ姉さんなら、あたしと同じ不安を覚えてもおかしくは無い。
だから、最速最短で確認しに行く。
真っ直ぐに前だけを見詰め、でも、周りにも気を配る。
以前、おにいに言われた事を意識しながら少しずつ直して、漸く出来る様になってきた。
でも、今だからこそ、おにいの強さが分かる。
そして、今の自分じゃまだ、敵わない事も。
でも、そんなあたしにも自慢出来る事は有る。
それは、集中力。
これだけはおにいが褒めてくれた。
「お前のその集中力は俺には真似出来ないよ。正直凄い、としか言い様が無い」
思い出しても少し頬が緩む。
でも、あたしは思う。
おにいの方が凄い、って。
あたしみたいに剣術も体術も一切教わってないのに、見様見真似でそれを吸収して、直ぐに自分の物にしてしまうそのスタイルは、絶対に真似が出来ない。
だけど、あたしもおにいの居る場所まで、絶対行く。
あたしはあたしのスタイルで、必ず追い付いてみせる。
そんな事を考えているうちに、木壁が迫り慌てて速度を落とした。
「水よ。全てを欺く幕と成れ」
風魔法を解き、水魔法で周囲に薄幕を広げ、自分を包み込む。
「よし、これで堂々といけるわね」
この水魔法は攻撃にも防御にも使えないけど、この場合はぴったりだと思う。
息遣いや足音や匂いを隠すだけじゃなく、光の屈折も利用して姿も隠すしね。
これを利用して、何度もお城を抜け出して遊びに行った事を今更ながらに思い出して、口元が綻ぶ。
でも、戻るとウォルにいっつも怒られた事も思いだしちゃった。
「別にいいじゃない。週に二回休んだって」
初めて怒られた時、週休二日はあたしたちの世界じゃ常識よ、と言っても駄目だったのよね。
「ほっんとに頭固いんだから」
悪態を付きながら開け放たれた門を潜り一歩踏み込んだあたしは、その光景に動きを止めた。
ぺちゃんこになった家、あちこちに点在する赤い水溜り、そして、ローブを被った者と対峙するおにい。
「何、よ――これ……」
唖然とするあたしの視界の中で、ローブが剣を振るい、おにいが手にした何かで弾く。でも、たったそれだけでおにいはヨロケ、必死の形相で体勢を立て直す。何度かそんな攻防が続き、真上から振り下ろされた攻撃を、おにいは上手く往なした様に見えたけど、どういう訳か大きく体制を崩して膝を着いてしまっていた。
――そんなに強い剣戟には見えなかったのに、何でおにいは……。
普段のおにいからは考えられない程簡単に膝を折った姿を見て、そんな疑問を持ったあたしは、何故か魔法の講義を受けていた時の一場面を思い出していた。
◆◆◆◆◆◆
「いいですか、カレン様。魔力は決して切らしてはなりませんよ。騎士であるカレン様は魔力切れが即、死に繋がりますから」
「何で?」
「魔力が切れると、身動きが出来無い程の倦怠感に襲われるからです」
「へえ、そんな事になるんだ」
「本当は実際に体験して頂きたいのですが、カレン様の魔力量は何分、膨大ですので……」
「ここじゃ切れる前に日が暮れちゃうもんね」
「はい。街の外へ出れば可能なのですが、そうすると今度は護衛を付ける必要も御座いますし……」
「いいわ、今は取り合えず覚えておく。でも、出来そうな時にはしてもいいでしょ?」
「ええ、安全が確保されているならば、その時にでも体験してみてください。ただ、その際は絶対に一人では行わない様にお願いします」
「分かったわ」
◆◆◆◆◆◆
「まさか、魔力切れしてるの?!」
お城で魔法の講義を受けていた時の光景を思い出したお陰で、おにいの動きがおかしい理由がやっと分かった。
でも、その時既にローブの剣は跪いたおにいに突き込まれ始めていて、あたしが風魔法を使っても、とてもじゃないけど間に合いそうに無い。
それでも纏っていた水魔法を切り、風魔法を纏い直して全力で疾走する。
――神様お願いです! もう一撃だけ、もう一撃だけ耐える力をおにいに貸してあげて下さい!
走りながら祈る。
その祈りが通じたのか、それともおにいの自力なのかは分からない。ローブの剣は逸らされ、剰えおにいは瓦礫を投げ付けて、相手の体制まで崩していた。
それは崩し、と呼ぶには余りにも小さかったけれど、あたしが近寄り剣を振るうには、十分すぎる間になった。
「あたしのおにいに、何するのよっ!」
抜き打ちで剣を放ち、相手の腕を切り落として、間に割って入る。
「か、可憐?!」
「助けに来たわよ!」
おにいの驚いた声が背中を打つ。
ほんとは違うけど、でも似た様なものでしょ、この状況なら。
「何がどうなってるのか分からないけど――。ここは任せてっ!」
言って、構え直す。
そして改めてローブを見て、あたしは眉根に皺を寄せた。
――何あれ、腕を切り落としたのに血も出てないって、どう言うことよ?
ローブは切り落とされた自分の腕を繁々と眺めながら首を傾げ、緩慢な動作で腕を拾い上げると、切断面同士を合わせる。
――くっ付く訳ないじゃない。
そんなあたしの予想を裏切り、ローブの腕は手を離しても落ちなかった。
「可憐、気を抜くな! この惨状はたぶん、そいつの所為だ! 油断してるとお前が死ぬぞ!」
「言われなくても分かってるわよ! それよりおにいはこれでも飲んで動けるように成っててよね! 守りながら戦うのって、大変なんだから!」
腰のパウチから常備してる魔力回復薬を放り投げる。
勿論地面に落ちれば陶製だから割れちゃうけど、おにいがそんなヘマする筈無いって確信してるから、絶対に後は見ない。
最も、ローブから目を逸らせないってだけなのよね。こんな不気味な奴、初めてだし。
一分くらい相手の事を見てたけど、ローブもあたしが突然現れたからなのか、少しだけ戸惑ってる風にも見える。けど、見合ってるだけじゃ話に成らないから、様子見と先制攻撃の意味も含めて、あたしから突っ掛けた。
「まずは、小手調べっ!」
相手の左肩口へと切り込む。
おにいとの遣り取りから、それほど速くはないかも、と思ってたんだけど、あっさりと弾き返されて、少し驚いた。
だって、小手調べ、って言ったけど、手を抜いてた訳じゃなかったから。
でもこれで、舐めて掛かっていい相手じゃない事も分かった。
「それじゃあ、本気で行くわよ」
言霊を呟いて風を纏い、あたしは一気に加速した。
制御出来るギリギリの速さで背後へと回り込み、直進する勢いを回転する力に変えて剣を横凪に振るったけど、それも防がれた。
でも、あたしはそんな単純な剣は振るわない。
何故なら――。
剣にも風魔法を纏わせて複数の暫撃を飛ばす、魔法剣なのだから。
一旦離れながら様子を伺う。
一応はローブが切れているから当たったみたいだけど、ダメージを負った気配は無さそうで、ゆっくりとあたしの方へと向き直る。
そして、何の予備動作も無しに、行き成りあたしの目の前に飛び込んで来た。
でもそんなのは、
「ウォルで慣れっこよっ!」
身を回して突き出された剣を往なしながら相手の腕を取って軸足を払い、勢いを利用して大きく宙に舞わせ、
「沈みなさい!」
空中にその身があるうちに踵落としを見舞い地面に叩き付けた。
「これで、どう?」
一応手応えはあったけど身構えたまま様子を見る。でも、何事も無かった様に起き上がるその姿を見て「ああ、やっぱりなあ」と思った。
切り落とした腕がくっ付いちゃうくらいなんだから、体の方だって強い筈だもんね。
「こうなったら、一寸刻みの五分刻みにするしかないわね」
あたしは剣を構えなおして相手が完全に起き上がる前に動いた。
――まずは足を奪って動きを止める!
普通は切り落とせばいいんだけど、この相手はそれが通用しない。だから、切り落とすんじゃなくて、
「削ぎ落とす! 水よ! 剣に宿りなさい!」
あたし自身は風魔法で速度を上げて、剣には水を纏わせ、立ち上がっている最中のローブに一瞬で肉薄すると、烈波の気合と共に無数の刺突を膝下にお見舞いした。
「いやあっ!」
穿ち、削り、切り離す。
ローブが完全に身を起こして剣を振り被りあたし目掛けて振り下ろし始めた時には、虫食いの葉っぱの様な状態にする事が出来、余裕を持ってその剣を受け止めていた。そして、誘うようにあたしが一歩引くと、それに合わせてローブも一歩を踏み出す。途端その足は、自重を支え切れずに完全に潰れた。
体勢を崩したローブは剣を持った腕でバランスを保とうとして、大きく外に振る。
でもあたしはその隙を突いて、言霊を口にした。
「炎よ、燃やし尽くしなさい!」
潰れた足目掛けてあたしは火魔法を放ちながらその場から飛び退き、僅かに遅れてローブは炎に包まれた。
これで、と思ったけど、不思議な事にローブは全く慌てる素振りも見せない。それどころか、そいつがゆっくりと立ち上がり始めると、唐突に炎が消えた。
「何で……」
唖然としていると、おにいの怒声が響いた。
「伏せろ可憐っ!」
反射的に従い地に伏せると、間一髪、あたしの頭上を炎が突き進んで行った所だった。
一体何が、そう思った所におにいの声が滑り込んで来る。
「あいつはたぶん、魔法を食ってそれを放てるんだ! だから、魔力の乗った攻撃は全部食われて跳ね返ると思え!」
「魔法を食べるとか、訳分かんない事言わないでよね!」
そんな反論をしたけど、でもおにいの言う事だし、強ち間違ってないのかもしれない。
相手の事を見極めるのが得意だもんね、おにいは。
だからそれを信じて、あたしはあたしが磨いた体術と剣術で戦う事を決意した。
「おにいと違ってあたしは基礎がちゃんと出来てるって事、あんたは知らないわよ、ねっ!」
言いながらあたしは、体を前へと弾き飛ばす。
勿論、風魔法を纏ってないから速くは無いけど、それでも鍛えた分の速さは有ったみたいで、意外と早く懐に飛び込む事が出来た。
ローブはあたし目掛けて剣を振り下ろしたけど、それに剣を合わせて滑らせ逸らし、ローブの体が泳いだ所に、
「火傷の痕って消えないんだからねっ!」
手加減抜きのローキックを飛ばして膝の骨を砕く。
そして、体が傾いだ所に今度は側頭部目掛けてカウンター気味の蹴りを叩き込んだ。
少し妙な手ごたえだったけど、そんな事で攻撃の手は緩めない。
反動で反対側に倒れ始めたそいつの腕を両方とも切り落として攻撃手段を刈り取ると、また逆側の側頭部に蹴りを入れた。
でも、それであたしが止まる筈が無い。
だって、大切な家族が殺されそうだったんだもん。この程度で怒りが収まる訳ないでしょ?
何度も何度も同じ事を繰り返して、終いにはローブの首は直角に曲がる様になった。
「お、おい! 可憐! そいつの首――!」
「首がどうしたのよっ! 切り落とした腕がくっ付くのよ! この程度で死ぬ訳ないじゃない! それに――!」
あたしは蹴り続けたお陰でこいつの事が何となく分かった。
「生き物だけど生き物じゃないの! だからっ!」
徹底的に叩きのめす!
動かなくなるまで!
「これでっ!」
お終い、とばかりに、あらゆる角度から剣を打ち込みローブの体を分断してから動きを止め、ゆっくりと倒れていくそいつを見ながら、荒い息を吐いた。
「これだけやれば、流石に――」
でも、あたしはそこで息を呑む。
だって普通なら死んでてもおかしくないのに、そいつは起き上がろうと足掻いていたのだから。
「何、なのよ……」
「俺にも分からねえ。ただ一つ言える事は、誰かが作ったって事だけだ」
何時の間にかおにいは立ち上がっていて、ゆっくりとした歩みでそいつに近寄ると、徐に足を上げてローブの頭に載せる。
「ちょ、ちょっと! 何を――」
「折っても駄目なら、――潰せばいいのさ!」
口元に笑みを浮かべてローブの頭を踏み潰すおにいを見たあたしは、何か別の生き物の様に思えて、背中に怖気が走るのを感じていた。




