不死身VS非常識=環境破壊!
森の中を一直線に駆け抜ける。
いや、飛ぶ、と言った方が正しいかも知れない。
初めは真面目に走っていたのだが、もしもガイラスを踏み付けてしまったら目も当てられない、とフッと思った途端、無意識の内に翼を展開して、とんでもない速度で森の中を飛んでいた。それも、迫り来る木々を風刃で切り倒しながら。
あの場所から逃げる時は二十分掛かった道程も、こんな無茶苦茶な飛び方で戻れば五分と掛からなかったが、少し手前で大木の枝の上に身を潜めて様子を伺うと、そこにはまだ、少しだけ白色に染まった風獣達が蠢いていた。
ただし、一体だけは何かと交戦中らしく、低木や雑草を激しく薙ぎ払い、空中に舞わせていたが。
それを見た俺は直ぐにピンと来た。
あれは絶対、地面を這う小動物の様な何かを追い掛けている姿だと。
本来ならばそこまで小さい動物は本能的に危機を察知して交戦を避けるか、近寄る事はしない筈。
でも俺には、そんな小動物に少なからず心当たりが有った。
力を無くした、とか言っているくせに矢鱈と好戦的で、少しでも自分が認めたものを馬鹿にされれば躊躇無く攻撃を仕掛ける様な奴を。
「――あの馬鹿、何やってんだよ」
俺が呟くのと同時に風獣の背後からそれは放たれていた。小さくとも触れれば唯では済まない威力を持った、破壊の力。
竜砲。
その直撃を受けた風獣が苦しげに仰け反り身をくねらせ地上を攻撃する手が止まると、その一瞬の隙を付いて草葉の影から小さな物体が跳ね上がり、風獣に取り付くと、その体をあっと言う間に貪り尽くしてしまった。
その姿を見た俺は確信し、隠れていた大木から音も無く地面に降り立つと、それが姿を潜り込ませた辺りまで身を低くしてながら近付き、念話を飛ばす。
――お前! 何やってんだよ!
――む? 何だと思えば貴様か。
――貴様か、じゃねえ! ライルがお前の事心配して泣きそうになってんだよ!
――そうか。だが、彼奴等は我が力を取り戻すのに丁度良いのだ。魔力の塊なのでな。
――だからって、何も言わずに居なくなるんじゃねえよ!
見当を付けた場所を注意深く探ると、こちらに首を向けたガイラスが居たので無造作に引っ掴み、強引に胸のポケットへと仕舞い込んだ。
――な、何をする!
――うっせい! お前はもう少し小さいままでライルの友達やってろ!
尚も抗議の念話が頭に響くが、それを無視して風獣の動きに目をやると、微かにそこに居る、と分かるまで色が薄れ、奴等は緩慢な動作で俺目掛けて殺到し始めていた。
まだ彼女の魔法が効いている様だったが、それが切れるのも時間の問題らしい。
「ならばっ!」
俺は一気に空へと駆け上がる。
相手が見えなくなればあの数を捌くなんて不可能もいいとこだし、況してや見えない敵のとの戦い方なんて俺には分からない。でも、空からなら大体の範囲で攻撃すればいいだけだし、場合によってはもっと広範囲に魔法を放てばいい訳だからね。
ただ、上昇の最中に「つ、瞑れるであろうがっ!」とか頭の中に響いたけど、そんなの知らん。
この程度で潰れる奴じゃないしな。
「これでも食らえ! 風槍雨!」
上昇するのを止めると同時に地上に向けて魔法を放つ。
この魔法、要は風刃を鋭い針状にして飛ばしただけ、なのだが、その数が膨大なだけに猛烈な下降気流を伴い、粉々に砕いた木々と抉った地面を舞い上がらせ、完全に視界ゼロの状態を作り上げていた。
――馬鹿者! 自ら不利な状況を作って何とする!
「ちっとは黙ってろ! 俺には俺のやり方があるんだからよっ!」
ガイラスの念話に律儀に答えていた隙に、数十条もの何かが土煙を突き破って飛来する。
どうやら風獣に対しては、視界を遮る、という行為は効かない様だが、これで大体の位置は特定出来た。と言うか、俺の真下だったのは以外だった。
ばらけて攻撃してくるかと思ってたんだけど、そういう細かい芸当はしないらしい。
「ならっ! これでどうだっ! 爆炎降臨!」
迎撃と攻撃を兼ねた直径百メートルはあろうかというサイズの火炎弾を下方に向けて放つ。
それは迫り来る魔法を瞬時に飲み干しそのまま地上へと達した途端、風槍の数倍に達する範囲を炎の海に変えてしまい、俺は慌てた。
「やべっ! ミスった!」
――貴様は森を破壊する心算か?
ガイラスの呆れ果てた気配が伝わってくる。しかも、ポケットの中から溜息付きで。
だが、そんな事に構っていられないほど俺は焦燥に駆られていた。
これ、ライルの居る場所も飲み込んでんじゃねえかよ! 俺の馬鹿野郎がっ!
無事を祈りながら目を凝らして地上を俯瞰すると、炎の中に仄かに白く光る場所を見付け、安堵と若干の不安を胸に、恐る恐る念話を繋げる。
――ライル! 無事か?!
――うん! 僕はだいじょーぶ! でも、おねーちゃんがねちゃったけど。
彼女は気絶したらしいけど、ライルが無事で本当に良かった。
俺は安堵から肩の力を抜いて、大きく息を吐き、ガイラスを確保した事を伝える。
――チッピは見付けたから安心していいぞ。
――ほんと?! げんき?
――元気だぞ。元気が良過ぎて困る位にな。
念話を通じてライルの安心した気配が伝わる。それに俺も安堵してもう少し喜ばせようと思い、言わなくていい一言を発してしまった。
――そうだ、念話ならチッピとお話も出来るぞ。
――え?! そうなの?!
――ちょっとだけ待ってろ、今繋ぐから。
「おい、ガイラス。今からお前にも念話を繋ぐから、ライルに謝れ」
俺を仲介して、ライルとガイラスを念話で結んだ。
――始めまして、で良いかな? ライル殿。我が、チッピである。
無駄に偉そうだな、こいつは。
――チッピ、なの?
――うむ、ライル殿の同胞のチッピであるぞ。
――はらから?
子供にそんな難しい言葉が分かる訳ねえだろうが。
俺は二人の念話を聞きながら思わず毒付いてしまった。無論、心の中でだが。
――同胞と言うのは、友、と言う意味だ。
――すごいなあ、チッピって。
――うむ、これでもライル殿の父上よりも長く生きておるからな。
少しは謙遜しろ、馬鹿ラス。
――じゃあ、チッピはおじいちゃんなの?
――爺ではない。伴侶も居らぬから子も居らぬしな。
そんな事はどうでもいいんだよ。早く謝れ、このボッチラス。
――ふーん。良く分からないけど、おじいちゃんじゃないんだね。
――うむ、我はチッピ。ライル殿の友であり、父上の強敵でもある。
何言ちゃってんだよ、このアホラスはっ! ってか、まさか、強敵と書いて友と読む、の乗りじゃないだろうな!
だが、二人の会話に心の中で突っ込みを入れられたのもそこまでだった。
地上の炎は何時の間にか一定方向に回転を始め、中心部分が錐の様に細く鋭く纏まると瞬く間に俺目掛けて突進し、余りの速さに魔法を放つ余裕など無く、ぎりぎりで回避せざるを得なかった。
「げげっ! あいつ等、俺の炎を操りやがったのか!」
間一髪で避けたものの炎は向きを変えてまた、襲い来る。
「人の放った魔法を操るとか、反則だろっ!」
悪態を付きつつ逃げ回る俺の視界の外から飛ばしていたのであろう、鞭の様な炎に撒き捕らわれると、地上へ向けて猛烈な速度で引き戻される。そしてその先には、先ほどの針炎が待ち受けていた。
「ぐ――。ま、不味い。このままじゃ……」
身を焼かれる感覚と死が目前に迫る危機に晒されながら、何とか打開策を講じる。
「あ、氷槍――!」
何とかイメージを固め魔法名を叫び、大量の氷を針炎に向かって降らせるが、流石は俺の魔力が篭った炎だ。氷槍は触れた瞬間に蒸発させられてしまい、僅かに小さくするだけの効果しかなかった。
「万事休す、か……」
俺が諦め掛けたその時、胸元から魔力塊が吐き出され針炎を食い破り、地上付近で大爆発を起こすと束縛していた炎をも吹き飛ばし、ついでに俺も爆風の余波で天高く吹き飛ばされ一瞬だけだが意識まで刈り取られた。
――貴様が死ねば我も死ぬるであろうが。
だが今は、ガイラスに悪態を付く暇は無い。
炎は一部が吹き飛んだだけでまだ大量に残っているし、今度は無数の触手状に成って迫って来ていたのだから。
でも後で怒るけどな!
生じた怒りを気合に変えると、俺は再び背に翼を展開して一気に限界まで加速しながら触手の群れを掻い潜る。
「何時までもっ! 舐めた、真似してんじゃ――ねええええ!」
そして俺は、猛烈な旋回加速Gに耐えながら空を縦横無尽に駆け巡り、イメージする。
「これでもっ! 食らいやがれ! 堕天光流砲!」
途端、炎はある一点へと収束していき、そこには蠢く物体が淡い光を放っていた。だが、極大の水の幕で反射収束された太陽光は一瞬で地面を煮え滾る溶岩の沼へと変え、蠢く物体がその中へと徐々に飲み込まれていくのが垣間見えた。
風獣はたぶん、炎の魔力を取り込みその力を利用して操作する心算でいたのだろうが、物理攻撃を操作など出来る筈も無い。
降り注ぐ太陽の光には、魔力が全く宿っていないのだから。
「魔法で作り出した物理攻撃の味はどうだ! 風獣ども!」
抜け出そうと足掻く風獣を俯瞰しながら俺は口角を吊り上げ叫び、余裕の笑みを作り上げていた。
そして、全ての風獣が完全に地面に飲み込まれたのを確認すると、逸る気持ちを押さえ付けながら理の詠唱を紡いでいく。
「雲は水より作られ、水は金気より生ずる。水を空へと運ぶは風。木気に火気加われば風生じ水を天高く舞い上がらせん。故に我、この理を持って雲を生し雨降らさん。天恵雨」
頭上に黒くどんよりとした雲が広がると、頬にポツリ、と何かが当たる。
それを感じた俺が顔を上げた途端、大粒の雨が大量に降り注ぎ始め地上に当たると、熱したフライパンに水を少しずつ流し込んだ時の様な音を立てて高温の霧を作り上げながら、急速に地面を冷やして行った。
豪雨に晒されながら俺は空中に止まり、風獣を飲み込んだ地面を注視しながら様子を見守る。
一体どれ程の時間、俺はそこ止まっていただろうか。十分、いや、もっとだろう。そろそろ飛ぶのも限界か? と思い始めた頃、霧が漸く晴れ、そこには黒く光る地面だけが横たわっていた。
「よし、封じ込め完了っと」
一言呟き、ゆっくりと降下して行くが、地面に近付くに連れて気温が急激に上昇するのを感じ、まだ冷え切っていない事が分かった。
「あそこにはまだ、降りられないか……」
また呟き、今度はライルの居る場所へと向かい白い陣の中へ降りると、俺を見るなり辛そうだった表情を笑顔に変えて、努めて明るい声で出迎えてくれた。
「おかえりなさい……」
だが、その声に何時もの明るさは無く、魔力切れが近い事が伺える。
「ここから少し離れるから、お父さんに掴まるんだ」
ライルが捕まり易い様にしゃがみ込んだ。
この場所でも輻射熱の影響で、サウナ風呂みたいだったからな。
「おねーちゃんは?」
言われて足元を見ると、至福の表情で安らかに眠る彼女の姿があった。
「これ、気絶してるんだよな……」
思わず、誰に確認するとも無く呟いてしまった。
だって、すっげえ幸せそうな寝顔なんだもん。
ただ、放置すると後が怖いので、彼女の腰に腕を回して小脇に抱え込んで回収し、ライルを掴まらせてから立ち上がると、その体を空いた手でしっかりと抱き抱える。
「行くぞ!」
掛け声と同時に陣は消え去り、俺達は熱気を感じる前にその場から飛び立った。
無論、ライルは疲れているにも関わらず大喜びではしゃぎ、その声で目を覚ました彼女は、眼窩の光景を見て絶句していた。
ちょっとやり過ぎちゃったけど、いいよな?




