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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ガルムイ王国編 第三章
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才能の無駄遣い

 翌日、夜明け前には宿を後にして、靄が立ち込める中、この街の東門へと向かった。

 無論、大鬼(オーガ)の討伐依頼を熟す為なのだが、何故か俺の背中には、寝息を立てて安らかに眠るライルが乗っていた。

 その理由(わけ)は昨晩の食後にまで遡る。

 ライルがチッピにパンを与え終わったのを見計らって、俺は大鬼討伐の話を二人に切り出した。当然、ライルとローザは、自分達も着いて行く、と言ったのだが、他にもう一人、職業も名前も分からない人が一緒だからそれは駄目だ、と告げたら、ローザは渋々と納得してくれたのだが、ライルがそれで納得する筈もなく、何とか思い留まらせようと懸命に説得をしたのだが「だめなの?」と目を潤まされては強く出られず、結局は連れて行く嵌めになってしまった。

 当然、チッピも一緒に。

 俺は何でライルに弱いんだろう?

 最も、程度の差こそあれ、教授とフェリスを除いた他の皆にも言える事だけど。

 そんな訳で、寝ているライルを何とか起こして着替えさせてから背負い、肩にはチッピが乗る、とうい格好で向かっていた。

――なあ、ガイラス。

――何だ?

――お前、何で小さくなったんだ?

 東門までは十分ほど歩くので、昨晩思った疑問を口にする。

――貴様がそれを知らぬとは、少々驚きだ。

――俺もあの後直ぐに意識を失って、一週間くらい寝込んでたからな。

――ふむ、なれば我と五部に渡り合い勝利した、という事か。

――まあ、あれを勝った、と見るならそうかもな。

 たぶん、まともに遣り合っても勝てたかどうかは怪しいとこだし、ハロムドさんに貰った剣がなければ俺がやられてた筈だから、力ではたぶん、ガイラスの方が上だと思うけどね。

 そんな考えも伝えると、笑う様な泣き声を洩らしていた。

――謙遜するでない。貴様は我に勝った。これは純然たる事実だ。現に我は力を失い、斯様な姿を晒しておるのだからな。

 確かに勝った、と言えば勝ったのかもしれないけど、あれは俺の中では勝ちには入っていない。何故なら、ガイラスはその力を存分に発揮していなかったと、分かっていたから。

――謙遜もしたくなるよ。だって、お前は固有魔法を使ってないだろ?

――確かに使っては居らぬ。だがそれは、あの時の条件故の事。その条件の範囲で最高の一撃を見せた我に、貴様も最高の一撃を見せ、そして、我を打ち破った。これを勝利と言わずして、何と言うのだ。だが、あれがもし、最高の一撃、ではなく、最高の力、であれば、問答無用で持てる力全てを使っていたがな。

――持てる力全てって、それ、不味いんじゃないか?

 ガイラスは自分の事を地を統べる者、と言っていた。ならば、その力は大地の力その物ではないのだろうか。

――確かに。我が全ての力を振るえば、あの場は何者をも住めぬ、不毛の地と化したであろう。だが貴様は、無意識にそれを避ける条件を出した。それはその時点で既に我よりも優れていた証でもある。故に我は、貴様を認めるしかないのだ。姫様の一人を任せるに相応しい、とな。

 俺の思っていた事はやはり正しかった様だ。でも、最後の台詞だけは聞きたくなかった。

――ま、まあ、姫様の話は置いておくとしてだな、お前は何で力を失ったんだ?

 話が大分逸れてしまったけど、俺が一番聞きたい事は最初の質問の答えだ。

――貴様が奪っておいて、今更何を言っておるのだ。

 俺が奪った?

――その顔、分からぬ、と言った顔だな。

 俺は頷く。

 だって、奪った記憶も感触も、全然無いし。

――まあ良い。その事は追々話してやろう。だがしかし、それとは別に今の我は無力故、ライル殿の庇護が無ければ生きては行けぬ。そして、貴様はライル殿の父なれば、我のもう一人の主でもある。因って、暫くは世話になると思うが、宜しく頼むぞ。

 肝心の事は分からないまま、何故か宜しく頼まれてしまった。

 ライルは俺の息子だから言ってる事は間違いではないのだけれど、何かこう、釈然としない。

 でも、ライルが悲しがるのは嫌だし、やっぱり置いておくしかないんだろうなあ。

 ほんの少しだけ葛藤すると、俺は苦笑いと共に軽く肩を竦め、それを何故かチッピに笑われた様な気がした。

 ガイラスとの会話も丁度途切れた頃、東門が見えて来る。

 気温の上昇と共に徐々に靄は晴れて来てはいるが、それでもやっと門が視認出来る程度なので、たぶん、視界は二十メートルくらいだと思う。

 そして更に近付くと、門前に灰色のローブを目深に被った人影も見えた。

 俺がそれに目を細めていると、向こうも視認したのか、元気良く腕を振り回し、声を張り上げていた。

「おっはよー! 時間どうりだねー!」

 時計が無いこっちの世界では時間厳守、と言われた所で、凡そこの位だろうと見当を付けるくらいしか出来ないので、内心で苦笑を洩らしていた。

 大体、三十分くらい待つ事はざらだったしな。

「そっちは早いじゃないか」

 俺は周りに配慮して、声が届くぎりぎりの声量を飛ばす。

 日の出と共に起き出して仕事を始めるのがこっちの世界での日常だとしても、太陽が顔を出すのはまだ少し先だしね。

「そうでもないわよ?」

 ローブを目深に被っているから表情も分からないが、首を傾げている様だ。

「それよりもあんた、その背中のちみっこいのは何よ」

「俺の息子だけど?」

 俺は平然とすっ呆ける。

 もう連れて来ちゃったし、今更動揺しても遅いしな。

「これから行くとこ、分かってるでしょ?」

「だから?」

 彼女は暗に、子供連れで遊びに行くような場所じゃない、と言っているのだが、そんな事はライルも承知の上だし、俺の息子をその辺のガキンチョと一緒にされては困る。

 実力的には三級クラスの冒険者と同等だしな。

「……あんた、子供を死なす心算なの?」

 剣呑な気が俺に向かって発せられ、予め考えておいた反論をしようとした矢先、視界の片隅から魔力を纏った小さな塊が彼女に向かって迸っていた。

「きゃっ!」

 幸いにして直撃はしなかったものの、ローブに触れただけでその大半を消滅させる威力は、まともに当たれば唯では済まない事が分かる。

 チビラスの野郎、力を失ったとか、何処の口でほざいてんだよ。

「何、これ……」

 ローブの切れ端を手に、彼女は愕然としていたが、俺はガイラスの頭を指で何度も小突き、説教を垂れていた。

「ばれるよう真似はしないって、昨日約束したばっかりじゃないか。それなのに早速破りやがって。ったく、ライルが寝てたから良い様なものの、起きてたら泣かれてるぞ。今のお前はトカゲのチッピなんだから、そこんとこちゃんと自覚しとけよ。今度破ったら、俺とお前だけの時はチビラスって呼ぶからな」

 俺に小突かれながらガイラスは不満げな泣き声を洩らし、仕切りに指から逃れようと首を振る。

 そんな事をしている俺に、彼女は半分呆気に取られているのか、口をポカンと開けたまま視線を寄越していたが、直ぐに我に返ると猛烈な勢いで抗議をしてきた。

「ちょっと! 今の何よ?! 直ぐに説明しなさい! それにこのローブ、結構高かったんだから弁償してよね! それと何なのよ、その生き物は! そんなの飼ってるなんて、あたいは聞いてないわよ!」

 周囲の迷惑顧みずとは正にこの事で、そこいら中に響き渡る大音声で抗議され、俺は顔を顰めた。

 このまま騒がれると、また変な噂が立ちかねないし。

「うるさいなあ。それより早く行こうぜ。ここで騒いでると迷惑だしさ」

 俺は足を門へと向けた。

「ちょ! 何よ、その言い草は! あたいを誰だと思って――」

「名前も職業もランクも教えてくれなかった冒険者様」

 皮肉を篭めて横目で彼女を見ながら言葉を遮り、そう言ってやったら、苦虫を噛み潰した様な表情に変わり押し黙ってしまった。

 これなら当分の間は静かにしててくれそうだ。

 何食わぬ顔で俺は門を潜り衛兵に挨拶をすると、昨晩頭の中に叩き込んだ地図を思い浮かべながら、南東方向へと顔を向ける。

「あっちだな」

 今回の討伐目標である大鬼の巣食っている場所は、ノエントの東門から真っ直ぐ南東へ向かえば三時間ほどで着くらしい事は、事前にギルドで聞いている。最も、途中に在る森を突っ切らなければ成らず、幾許(いくばく)かの危険を伴う事が少々の難点ではあるが。

 だが、街道をまともに行けば優に半日は掛かる事を聞かされた俺としては、街道を進む、と言う選択肢は最初から無かった。

 明日にはノエントを発たなきゃならないしね。

 一時間程も無言で歩いただろうか。

 森全体が視界一杯に広がり、木々の一本一本が判別出来る距離まで近付いていた。

 無論、太陽が完全に顔を出したお陰で急速に気温が上がり、靄も晴れたからこそ、そこまではっきりと見て取れるようになった訳で、これがまだ日の出前ならば、ここまではっきりとは見えなかった筈だ。

 日差しを浴びて朝露で湿った葉を煌かせる森は、清々しさすら感じさせるが、裏に潜む危険はそこからは伺い知り様も無い。なので、気を引き締めないとな、と自分に言い聞かせた時、背中のライルがもぞもぞと動き出した。

「ん? 起きたのか?」

 声を掛けながら俺は足を止める。

「うん……おはよ」

「はい、おはよう」

 しゃがみこんでライルを降ろすと、目を擦りながら欠伸をしていた。

「そんなに擦ると目が痛くなっちゃうぞ。ほら、手を出して」

 両手の平を上に向けて出させると、水の入った袋から少しだけ注ぎ、ライルはそれを顔に掛けてごしごしと洗い、二、三度同じ事をさせると、タオルを渡して拭かせる。

「目は覚めたか?」

「うん」

「それじゃ、ご飯にするか」

「はーい」

 俺達はその場に座り込み、鞄から出したパンを頬張り始めた。

 今朝のパンはチーズと肉を混ぜ込んで焼いた物なので、こういった時には非常に有り難い。

 これならパンと水があれば他には要らないし、気を利かせて持たせてくれた宿屋のおっちゃんには感謝しないとな。

「美味しいか?」

「うん!」

 寝起きとは思えない食欲で既に三個目を頬張るライルは、かなり満足している様で、その笑顔を見た俺も釣られて表情が緩む。

 そんなほんわかした雰囲気を、直ぐに追い付いた彼女がぶち壊してくれた。

「ちょ、ちょっと! こんなとこで何のんびりしてんのよ! 直ぐそこは森なのよ! 襲われたら大――」

「おばちゃん、だーれ?」

「お、おばっ……!」

 そして彼女は固まった。

 まさか女性対してに毒を吐くとは思いも因らなかったけど、これはこれで有りだ。

 彼女は放っておくと、うるさいからな。

 ただ、これでは彼女が少し気の毒なので、ライルを優しく注意する。

「ライル、この人くらいの女の人には、おねえさんって言わなくちゃ駄目だぞ。可憐もそうだったろ?」

「あ!」

 忘れてました! と言わんばかりの態度だが、直ぐに「おねーさん、ごめんなさい!」と頭を下げて謝っていた。

 まあ、ライルくらいの歳だと十代後半でもおばちゃんだし、そこは分かってもらえるといいんだけど。

「す、素直な良い子じゃないの。あんたの子にしては上出来だわ」

 若干、頬が引き攣ってはいたが、素直に謝られた所為か、怒りはしなかった。

 一応は分かってくれたみたいだ。

「そりゃどうも」

 俺はお座成りに返したのだが、その事で怒る事もなく俺達をまじまじと見比べると、眉根に皺を寄せている。

 何だ? 何か言いたい事でもあるのか?

「でも、計算合わなくない?」

 どうやら俺とライルの歳が近い事に疑問を持ったようだ。

「ああ、それはな、ライルは養子だからだよ」

「ちょっと、子供の前でそんな事言っちゃっていいの?」

 彼女は少し心配そう表情をライルに向けているが、当の本人は何食わぬ顔で、四個目のパンにむしゃぶり付いていた。

「ライルも分かってるから、そこは問題ない。ただし、俺の事を本当の父じゃないとか言うと、何されても責任持てないからな」

「そんな事言う訳無いじゃない」

 彼女は少し剥れたが、一応、そこは分別を持った大人の様で、俺としては安心した。

「ごちそーさまでした!」

 四個目で満足したのか両手を合わせて、ライルが食後の挨拶をする。

 その直後、森からわらわらと人影が湧き出し、お決まりの台詞を放ったのが何とも煩わしかった。

「おい、そこのっ! 女と子供に有り金全部置いていけ!」

 朝から憂鬱な気分にさせられたが、これも仕方ないか、と半ば諦めの境地で立ち上がり、奴等に体を向けると、

「おとーさん、うんちー」

 ライルが便意を催していた。

「姉さん。あいつ等の事たのむ!」

「それはいいけど……。あいつら何か言ってるわよ?」

 こっちはそれどころじゃないんだよ! ライルが洩らす方が大問題なんだから!

「今からトイレを作るから、もうちょっと我慢してるんだぞ」

「うん」

 もじもじとするライルを見ながら焦り、地面に手を付き土を操って速攻で便器を作ってからその周囲を壁で囲い、ライルを中に入れて俺は上から覗き込み、声を掛ける。

「ズボンとパンツはちゃんと下ろすんだぞ」

「うん」

 言われたとおりの足首の所まで下着とズボンを下ろし、俺の作った洋式便器に座り込むと唸り始めた。間に合ったか、と安堵し俺が顔を引っ込めて振り返ると、そこには氷の彫像と化した野盗達の姿があった。

 おおう、いつの間に決着が付いたんだ? ってか、氷付けとか無駄に豪勢だな。

「随分と早いな」

「当たり前よ。あの程度の奴等なんかに後れを取るわけないでしょ」

「それにしても、氷属性とは恐れ入ったよ」

「ふふん。これであたいが強いって事、分かった?」

「あいつ等には無駄遣いの様な気もするけどね」

「血が流れるよりはいいでしょ? 子供がいるんだし」

 ああ、なるほど。一応は気を使ってくれたのか。

「おとーさーん、でたー」

 ライルに呼ばれて俺は再び覗き込み、便器の底に溜まった物を地中深くに沈み込める。

「ジッとしてろよ」

 一言告げてから今度は水魔法を使い、洗浄便座宜しく水を出して洗ってやると、紙を揉んで柔らかくした物を手渡した。

「これでよし、と」

 そしてライルがズボンを履いて立ち上がったのを確認してから、壁と便器を地面と同化させて元通りにする。

「あのさあ、言いたかないんだけど、あんたの方がよっぽど無駄遣いなんじゃないの?」

 彼女の呆れ返った声音が俺の背中を叩いた。

「なんで?」

「だって、態々土魔法でトイレを作らなくても、あそこの茂みでさせれば良かったんじゃないの?」

 彼女が指差した方には、ライルならば十分隠れられる草が茂っていた。

 そんなとこでさせられるかってえの。元の姿は獣でも、今は人の(なり)で生活してんだしな。

「じゃあ、あんたが催した時はそうしてもらおう」

「ちょ! 何よそれ! あたいにも使わせなさいよ!」

「だって、今までそうしてたんじゃないのか?」

 こっちの世界では街道沿いにトイレなんて物はない。なので、催した場合は当然、何処かの物陰でやる事になる。最も、大体は皆同じ場所でするらしく、そこは見るに耐えない状態になっていて、それが我慢ならなかった俺は、魔法の無駄遣い、と言われながらもトイレを作る練習に勤しみ、ヴェロン帝国からの帰りの後半には、あっちの世界に匹敵する簡易トイレを作る事に成功していた。

 そして、俺達の家族でこの事を無駄遣いと言う者は、誰も居なくなった。

 だって、周りを気にしなくていいし、何より不快感が無いからな。

「そ、それはそうだけど……。でも、あんなの見ちゃったらもう出来ないわよ!」

 そりゃそうだろうね。完全な個室だし、周りを気にして急ぐ必要も無いし、それに、女性なら尚更だからな。

「なら、催してきたら言ってくれ」

「そこは察しなさい!」

「無理」

「無理でも察するの!」

「あーはいはい。分かりましたよ。それじゃ、今のうちにやっとくか?」

「い、今は、いいわ……」

 真っ赤な顔で俯くと、ぼそり、と呟き、彼女は森の中へと消えて行き、遠慮しなくてもいいのに、と思いながら俺達もその後を追う様に森へと入って行った。

 でも、この土魔法は商売になるかもしれないから、もっと腕を磨いても良いかも知れない、と歩きながらそんな益体も無い事を考えてほくそ笑む俺だった。

 だけど、何となく努力の方向性を間違ってる気がするのは、何故だろう?

おかしい……。

どうしてこうなった……。

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