プロローグ
カーテンの隙間からは朝日が差し込み、窓の外では雀が忙しなく鳴いている。そして、今の俺の耳に届く音は、隣の部屋からのけたたましい目覚ましの音。だが、俺にその音を止める術は無い。何故なら……。
「おいこら、いい加減に起きろ」
「ん――あと五分……」
「あと五分じゃねえ!」
有ろう事か、妹に抱き枕代わりにされていた。それも完全に両手足を羽交い絞めにされて、だ。
世の妹萌えの諸兄には羨ましい光景なのだろうが、俺はちっとも嬉しくは無い。それはこいつが寝ぼけて抱き付いているからだ。
こんな事を言うと、何言ってるんだ、とか言われそうだが、寝ぼけてるうちに起こさないと、とんでもない目に合うのが今までの経験で分かりきっているのだ。
俺の妹、可憐は、剣道と柔道、おまけに空手も段持ちの、武道大好き少女だ。それに、体を鍛えている分、出る所は出て、引っ込む所は引っ込むという、非の打ち所がないスタイルで、顔の造りも凄まじくいい。
こう言えば分かり易いか。
〝男女の区別なく十人が十人とも振り返る〟
そう、所謂〝超〟が付くほどの美少女なのだ。
とは言っても、俺も顔の造作は同じだけどな。
ここまで言えば分かると思うが、俺と妹の可憐は双子だ。
幼い頃は両親ですら見分けが付かなかったほど、そっくりだったらしい。
そんな俺達も成長と共に違いが出てくる。髪型や体形は言うに及ばず、声も変わる。もっとも、顔だけはそっくりのままだが。
そんな自分とそっくりな顔の妹に抱き付かれて、何が嬉しいのか俺は教えてもらいたい。
まあ、確かに胸の感触とか太ももとか、俺も男なので、それはそれで嬉しいのだがな!
それにこいつときたら「寝る時は下着じゃないと寝られないの!」とか言ってたし、一応は役得って事にしておこう。
ただし、それも今だけだ。だから、早く何とかしないと非常にまずいのだが。
「……!」
あ、目を覚ましちまった。
「お、お、お、おにい! な、なんであたしのベッドで一緒に寝てるのよ!」
顔が真っ赤だ。こういう時は可愛いんだよな。って、冷静に観察してる場合じゃない。
「やかましい! ここは俺のベッドだ!」
一応反論はするけれど毎回駄目だし、今回も多分駄目だろうな。
「う、うるさい!」
可憐はするり、とベッドから抜け出してすぐに床に降り立つ。相変わらず素早いな。
ま、胸と太ももの感触は惜しいが、こちらも臨戦態勢を取らないと不味いな。妹様が半裸の状態で構えてるし。
しかし、いくら兄の前だからって、惜しげも無く晒すよなあ。羞恥心何所に置いて来たんだよ。でも、非常に良く育ってますな、胸とか胸とか。
はい、大事なので二回言いました。
余りにも見事だから、思わず拝んじまった。
俺のそんな隙を突いて、可憐の足が高々と上がったと思ったら、物凄い勢いで踵が落ちてきました。それも、俺の脳天目掛けて。
流石にこれを食らう訳にはいかないんで、素早く身を起こして何とか避けたけど……。
その威力を見て、ちょっと焦った。ベッドに踵が深々と減り込んでたし。
たぶん、あの部分のスプリングは逝ったな、こりゃ。
「ちょ! おまっ! こんなん食らったらマジで死んでんぞ!」
「そうよ、死んでもらうのよ。ってか、死になさい」
やべ、目が据わってる。
怖い、怖いよ、可憐さん。何時も以上にマジです、このお嬢様。
「暴力反対」
とりあえず、交戦する気は無いと両手を挙げた途端、顔面目掛けて正拳付きが飛んできた。
「あ、あぶねえ!」
ほんと、今のは危なかった。咄嗟に首を傾けてなきゃもろだったし。こりゃ、俺も座ってる場合じゃないな。
「ったく、いい加減にしねえと俺も本気出すぞ」
一瞬、妹が怯むのが分かった。
俺は別に格闘技の段など持っていない。けれど、本気を出した俺に、可憐は一度も勝った事がない。剣道、柔道、空手、このどれも全て。
これは妹には内緒なのだが、数年前、俺達がまだ中学生の頃、可憐の通う事になった道場に乗り込み、そこの師範代に勝ってしまった事があった。勿論、生徒が誰も居ない時に、ではあるが。ただ、そこの道場主、まあ、師範だな、の立会いの下でやったのだから、一応は正式な試合だと俺は思っている。
あの当時はそこの実力がどんなもんだか試したくてやった訳だが、正直、今は悪い事をしたと思っている。なんせ、当時の友人達に言わせれば、
「真人の運動神経の良さはハッキリ言ってチートだ」
という事らしい。
ま、それ以来、体育の授業じゃ、手を抜きまくっている。もっとも、体育に限った事じゃなく、他の授業も手を抜いてるけど。お陰で高校の成績は、全てに置いて赤点スレスレ。でも、俺が本気出すと洒落にならないんだ。だから今は手を抜いてる。
話は変わるけれど、例えば、何をやらせても学年トップの成績を叩き出しちまう双子の兄が居たとしよう。で、その妹は兄に遠く及ばない。そうするとどうなるか、言わなくても分かるよな?
妹が可哀相な事になっちまうんだよ。
だって、双子だぞ。その片割れが勉強も運動も非の打ち所が無いのに、同じ事が出来ないなんて、もう片方が惨めじゃないか。それに、ガキってのは容赦ないからな。
小学生時代、それを見て来た俺としては、妹がこれ以上苛められるのが我慢出来なくなっちまって、それ以来手を抜いてるって訳さ。
だからと言って、断じてシスコンじゃねえぞ。
まあ、そういう訳で、俺はベッドに立った。足場が軟らかいのは承知の上だ。最も、この程度は本気を出せばどうって事無い。
俺の身長は百七十五、可憐の身長は百六十三、同じ場所で対峙しても十センチ以上も差がある。それに加え、ベッドの高さ分、三十センチと男女の筋力差がプラスされる訳だから、俺は遥かに有利な状況なのだ。
そしうて見下ろせば、谷間くっきり。いや、大きくなったもんだ。
って、そうじゃなくて、何故か可憐が顔を赤くして、目を背けてる。
それも仕方ないか。俺もパンツ一丁だしな!
ん? まてよ? パンツ一丁で、朝……!
思わず自分の下半身に目をやったら、案の定、朝の造山活動で見事な富士山を形作っていた。
今日も元気だぜ!
「変態!」
その声と同時に、俺の意識は闇に沈んで行く、股間に加わった衝撃によって。
最後に目にしたのは、上気した妹の顔と、微かに揺れる、胸だった。