海の分神
8/26 深夜のビーチ
止まらぬ波の音。
深和鎮様の分神の気配を探る。
「御主森より何用たるか?」
艶を含む掠れた声がかかる。
見回せば背の高い小さな櫓に腰掛けた分神。
「吾繁茂神様が分神羽夜。其方は深和鎮様が分神か?」
「深和鎮様が分神巳月」
ふわりと櫓から砂地へと降りたつ。
ひらりと舞う紫の裾から伸びる青白い脚。
濃い菫色の履き物。
深和鎮様は荒神よりの神であり、分神達もそれに沿う。
「何の用かと聞いているのですけれど?」
言葉を紡ごうにも力の差で身が竦む。
遥かに手の届かぬ差異が見える。
櫓より下り立った巳月はゆるりとした動作で近づいてくる。
「吾は問いたい」
何とか言葉を紡いだ吾に巳月は歩みを止め薄く嗤う。
「……どうぞ」
「其方の錠は」
巳月が嗤いの色を強める。
見下した眼差しで吾を一瞥し、足を海に向ける。
「我が錠は水底が深和鎮様が御下に。哀れねぇ。繁茂神様に見棄てられて人の子を模してまで生きながらえるだなんて。ほんとうになんて惨めかしら。分神でありながら荒神として畏敬を御主様に捧げることも出来ぬだなんて。あぁおかわいそうな繁茂神様」
歌うように投げつけられる言葉。
「子供が夜で歩くものではないわぁ。天狗に叱られてしまってよぉ」
言葉に、圧倒的な力に竦み、動けぬ吾に力を籠めた一瞥をくれて巳月は波音と共に姿を消した。
はたりと力が抜ける。
砂地に雫が落ちる。
立ってすらいられない。
「吾は、」
浮かぶは絆されし人の仔。
浜の砂を握る。
「荒神には堕ちぬ」