夜話2014/8/21
それは夏の話。
「わたくし、やっていけるか不安ですの」
夏の世の海辺で蛇娘は巳月殿にこぼしていた。
「聞くけれど、二十六夜だから余り時間はないわよ?」
苦々しげに、それでもすでに馴染みとして気を許している様子の巳月殿が答える。
吾はそっと夜風に耳を傾ける。
砂で山を作るミラは興味なさげ。ざくざくと山を高くするために穴を掘っている。
細々と不安をもらすシアの言葉に眉根を軽く顰めた巳月殿。何か言おうと口を開いたタイミング。
「しーあ!」
ひょこっと現れてダッシュでシアに飛び掛かる青年。
ジークと呼ばれている青年だ。
彼は微妙に位置をずらしている吾らを認識しているようだった。
「きゃあああああああ!!」
シアの悲鳴に合わせて展開される障壁にジークはギリギリで踏み込む。
「これぐらいならちょろーい」
障壁を軽く足蹴にして向こう側に着地、その勢いのまま、シアを抱き上げる。踏み切りも着地も軽い音しかしない。
「お顔見せて〜。オレ、シア好きだからさー。オレの相方になりなよー」
「み、見せません! わたくしは誰か殿方と添う心積もりはございません!」
シアはベールを抑えているせいで抵抗らしい抵抗ができていないのだ。
「一夜くらいイイんじゃないの?」
ミラが砂山をポスポスと叩きながら髪を揺らす。
「ミラ! はしたないですわ!」
「一夜くらい? やだよ? ずっとじゃなきゃ!」
「何を言ってますの!? 会って間もありませんのよ?」
「でぃすてぃにーにじかんはかんけーないと思うなー」
「そっ」
ミラは短く言って蹴りを繰り出す。その口角は上がり、瞳は真っ直ぐにジークを追っている。
「わぉっ」
「シアを放して」
蹴りを軽いステップで避けるジーク。
「きゃあ!」
シアが声をあげて咄嗟に彼に掴まるものだから真剣みを帯びていた表情は柔らかく解ける。
「わぁ~。ハッピーアクシデント」
気が抜ける。
「気を抜いてたら殺すわよ。ここなら処理は流すだけだし」
そう言ってミラは視線を暗い大海原に向ける。
「供物は歓迎だけど、新月付近はわたしは管理し難いから外してほしいわね」
それを受けた巳月殿が答え、離しなさいと彼を促す。
「それにしてもどうして気を緩めたりするの。危ないわよ」
巳月殿がシアを支えながら彼から少し離す。
彼は不思議そうに視線を巡らし、少し悩むように空を見上げた。
「だってさぁ。コレ! って思った相手がさぁぎゅっと抱き着いてくれたらコレオレのもんって思うしぃ。防衛以外の私闘は禁止だしさ」
「誰が禁止すると言うのかしら?」
「んー。ニンゲン。ほら、逆らうと餌もらえないじゃん? 今なら自力もできるかもだけどさ加減むつかしーし」
言葉を聞いてれば楽だし。とジークは笑う。
「あら。使役されることを享受するのね」
「えー? キョージュってなに?」
巳月殿はジークの答えに憐れむ色を瞳に添えた。
障壁が弾けた。
シアが咄嗟に作り上げた障壁とぶつかったのはジークの手刀。
彼の喉からぐるぐると威嚇する音が響く。
「あら。随分と短気ねぇ」
「女に手をあげんのは好きじゃねーけどさ、ムカついたんだよ」
「語彙が少ないことを憐れんだだけよ?」
すとんと威嚇の唸りが消える。
「なーんだ。じゃ、しっかたねーなぁ。オレあたまわりーもん」
あっけらかんと笑う。
「最初から頭の悪さを憐れんでるのよぅ」
巳月殿はころころと笑う。
恋というものは不思議な感情だと思う。
吾はそれをただ眺める。見守る事が役割だ。
そして次代を築くことが恋の先にあるべきことだと思う。
だから、この二人の場合、正しいのかが悩まれる。異なる種で恋をする。それは不幸ではないだろうか?
シアは巳月殿の背後でただただ視線を外していた。
それ以前の問題でもあるように見えた。