11/3 朔の夜
ざくりと分断し、蹴り飛ばす。
血が浜辺に飛び散る。
吾は目前に広がる光景に息を飲む。
ずるりと伸びた蛇体を金の娘がその爪で引きちぎり、再生を阻害する。
圧倒的な実力差を持っての制圧。
その度に零れ散るは《いのり》
蛇体から散りつつも、その《こころ》は蛇体になぜかそぐわぬもの。
サラサラと蒼い光が波間に紛れていく。
これは朔の夜。
深和鎮様の分神である巳月殿は月満ちし時という具現の縛りがある。
故に朔の夜には海に来ても戯れに弄られずに済むのである。
珍しく夜遊びに誘いに来ぬ娘の様子を見に来てみればの、惨劇だった。
その様を見守るのは黒髪の男。
彼が再生を果たした蛇に死を告げ、金の娘が嬉々としてそれに従った。
ふわりと空気が熱をはらむ。ゆっくりと弄ぶようにトドメを刺してゆく。
いっそ、一気に終わらせてやればよいものを。
「当人にかけられた祈りではないからね。すべて、海に還せるかな?」
彼の言葉に娘が嬉々として頷く。
「お父様の望みだもの。すべて吐き出させて空っぽにして滅してあげる」
つっと枯葉色の眼差しが吾に注がれる。
萎縮する吾に差し伸べられる馴染みのある手。
「こちらに。羽夜様」
背筋にぞくりと泡立つ気配。
それは金の娘の眼差し。
怖気は彼の一言で霧散する。
「ミラ」
ただ、呼ぶだけ。それだけで金の娘から殺気は失せ、役割に従事する。
男のそばに寄れば、薄く張られたまやかしの壁に気がつく。
「静かに、ね」
吾が頷くものと決めているのか視線はこない。
緩んだ空気が冷えるのを感じる。
砂上を何かが引き摺り擦る音。
ふと気がつくと娘の眼差しが別のモノを見ている。
ちろりと唇を湿らせ、好戦的な眼差しでそちらを見ている。
「お父様。ミラ。あのおねーさんに遊んで頂きたいです」
『お父様』は小さく溜息。
「ダメだよ」
そう言われて、ミラは少しふてくされる。
弱いモノを甚振るよりはより強いモノと相対したい。それがミラの欲求のようだった。
ミラの視線は結界の壁の向こう側で様子を伺っている『おねーさん』から外されない。
吾は『彼女』を知っていた。
夏の夜に巫女を運んだ黒羽の巨獣だ。森より力強く飛び立ったその姿は恐ろしかった。
その彼女の瞳が面白そうに煌いたように思えば、すとんと軽い音で浜に立つ。
一気に詰められた距離。
「いいッすよ。一緒に遊ぶッス」
「ホント? 弱いモノの相手じゃ燻って発散できないんだもの。おねーさんに遊んでもらえれば、かなり、発散できそう」
場の結界を担う彼はそっと吾を抱きこみ、砂に腰を下ろす。
「やれやれ、あのお嬢さんもかなりイっちゃった強さっぽいよねー」
口調には焦る色は含まれずのんびりしている。
ひたりと時折り海水がまつわりつく。そんな位置だ。
「こんばんは。お嬢さん。うちの子と遊んでくれるのはいいけれど、大丈夫?」
問われた黒羽の彼女は金の娘から目を離すことなく鮮やかに笑う。
それでも視界の端に吾や『お父様』を留めて、警戒を示している。
「なにがッス? 私は簡単にはやられないッスよ」
にぃっと自信に満ちた獰猛な笑みが向かい合う二人の表情に浮かんでいる。
どちらも譲らぬ表情。
その瞳に戦いに向ける興奮がきらめきあがってゆく。
びちりと跳ねる再生中の蛇体をぶちりと踏み潰し、強く砂にねじりこむ。
言葉は発していないがまさに『邪魔するな』だろう。
はっきり言って怖い。
「……三から四か?」
彼が小さく呟くと、ずるりと鳴動の気配が周囲に広がる。
その鳴動を受けてミラが嬉しそうに彼の方を見る。
「お父様。ありがとうございます。ご期待に応えて勝利を捧げます!」
優雅な仕草で頭を下げるミラ。
黒羽のおねーさんは怪訝な眼差しを彼に向ける。
相手の結界内で戦うのは本来なら不利以外のなにものでもない。
「希望は戦うな。なんだけどね」
小さく乾いた呟きはさりげなくミラに黙殺される。
黒羽のおねーさんは何か思案するような眼差しを彼に向け、ミラと見比べる。
「結界は強めたので、壊れない程度にご自由にどうぞ。遊びなので命のやり取りはしない方向でよろしく」
「はい。お父様」
舌なめずりしてるミラにその理性はあるんだろうか?
「おねーさんに遊んで頂ける期待でミラ身体が火照っちゃいます」
軽い仕草できゅうっと自らの体を抱きこむミラ。ふわりと熱気が広がる。
戦闘中毒者?
その様にくすりと笑った黒羽のおねーさんが煽るような言葉を放つ。
「どこまでの強度かわからない私が少し不利っスね。あと、アンタが何かを仕掛けないって言う保障もないッスよ」
周囲を確認するように耳を澄ます彼女の言葉に彼は笑う。
おそらく周囲を這いずるようなこの得体の知れない鳴動を彼女だって聞き取っているのだと思う。
「本音は戦闘がないのが希望です。一切手は出しません。彼の保護が最重要ですね。次にこの戦闘が周囲に気がつかれる事がないこと。戦闘は本分ではないんですよ」
この会話が怖くて泣きそうだ。
保護されるべき『彼』とは吾の事なのだろうとは思うが巻き込まれて逃げられなくなっただけと主張したい。
それにしても実は何かをやり合ってるのか地味に鳴動は続いている。
「ですから非戦闘員がいることだけ軽く配慮いただければありがたく思います」
月のない夜の浜辺。
観客は吾と『お父様』
戦うはミラと黒羽のおねーさん。
もしや、非戦闘員、吾だけではなかろうか?
『うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話』から雪姫ちゃん(ちらり)
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『悪魔で、天使ですから。inうろな町』より緋辺・A・エリザベスちゃん、お借りしております。
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