10/11 降雨
雨の中、手を引けば素直についてきた。
静かな夜。
はやとが音を消してるのかと思った。
廊下を歩くと小さく音が鳴る。
びしょ濡れの子を放ってはおけなくて、まだ清掃時間じゃないし、と大浴場に連れて行く。
泊まり客は長期滞在の男性一人だけ。
女湯は準備はされてても誰もいないはずだ。
途中、陽光が怪訝そうに見てきた。
サッと床をさす。
そして、軽く手を振られる。
濡れた床を掃除してくれるらしい。
ずっと俯いて黙っているずぶ濡れの少年を彼は見ていたが物問いたげに私をみる。
そしてため息をついて掃除用具を取りに行った。
そのまま女湯に滑り込む。
服を脱がしている間に誰かが通りかかったらしい。
「掃除中なんだね」
「男湯の方は使えますよ。あ、床掃除するんで廊下、濡れてるとこありますんで気をつけてください」
女湯に清掃中の看板を立てて廊下掃除とはこれいかに?
陽光。言葉使いもだけど、母さんに怒られるよ?
ただ、宿泊客は「ありがとう」とだけ言って場を離れたらしい。
妙にホッとする。
自分もサクッと脱いで浴場へと手を引く。
特に反応を示すことなく、従う千秋君を洗っていく。
一度、浴場のガラス戸が叩かれた。
「替え置いといたから。代わらなくて大丈夫か?」
陽光の気遣い。
「大丈夫」
そっと千秋君を見る。
浜辺からずっと促されるままで反応が返らない。
深い傷がごっそりと何かをさらって行ったような姿が辛い。
スッと千秋君の視線が動いた。
真っ直ぐにこちらを見る深緑。
軽く掴まれた腕に違和感を感じる。
それでもそのまま抱きしめる。
一人じゃないよ。
どんなに寂しくてもこの町で一人になるのは難しいんだよ。
きっと、いつだって誰かが心配してくれている。
誰かが千秋君を知っているの。
手を差し伸べてくれるんだよ。
千秋君をお湯に沈めて、手早く自分も体を洗う。
何も言わない。
まるで言葉を忘れたかのように。
「……泡がまだ付いているよ。ちゃんと流さないと……」
ようやく発したのはそんな言葉。
それでも少し嬉しくなった。
「おうっ。ちゃんと流さないとねー。のぼせてない?」
聞けば小さく頷きが返る。
反応があったのが嬉しかった。
それでも返ってくる反応は薄くて、風邪を引いてしまうのもダメだからとおもって、体を拭いていって浴衣を着せる。
後は従業員寮まで手を引いて急ぐ。
部屋は二間。
四畳半と三畳の和室。
三畳間は寝部屋。
コタツに置かれてる缶チューハイやビール。
正直散らかっている。
コタツにとりあえず導いて、座らせる。
冷蔵庫にチョコやスルメがあったはず。サラミもある。
……あの状況で食べれるかな?
風呂上がりのビールを煽る。
探る視線。
何があったのかなんて知らない。
でも、一人にさせてちゃダメなことぐらいはわかる。
冬の海とか。場所によってはいなくなるために来る人がいることもある。このうろなでもある。
見かけたら声をかける。
陽光なんかは危険があったらどうするんだって言ってきたりもするけどさ。
その時は自分の恋人のことだけは守ってやれとしか言えないよね。
だって、変われないよ。
ほっとけるわけないじゃん?
手を伸ばせないぐらい助けて欲しいんだよ?
二本目はカシスオレンジ。このメーカーのはちょっとキツメ。
「千秋君。ミルクでいい? あっためてるからちょっと待ってねー」
ぼうっとしたふうの奥に感じる探る視線。
何を怖がっているのかなんてわからない。
ほんの少し、眠りやすいように砂糖を落とす。
マグにホットミルク。そしてホットミルクブランデー混入。
「おっ待たせー」
マグを握らせる。
あったかいよね?
「……隼子さん……」
「んー?」
「ダメだよ。女性の部屋に連れてきちゃ」
弟妹を叱るような口調。
「これだけの状況が揃ってたらね、同意の元ってなってどうにもならないんだからね?」
説教口調。
感情のこもってないその言葉が泣きそうにしか聞こえなくて切ない。
アリカさんぽい宿泊客お借りしております。