八月二七日
はやと
あの小娘。
すでに吾がヒトの仔ではないことをきれいさっぱり忘れておるかのように振舞いおる。
というか、気に留めておらぬ。
昨今のヒトというものはこう信心のないものであるのか。
深和様の分神と石持媛様の分神、巳月殿と瞑居満香殿の助力でかろうじて今の文字を解するに至った。
言霊の歪む文字が多く、言葉に絡む意志が見えずらい。
「今の世はヒトありきですもの。かつてのようにすべありきではありませんもの」
おみ殿がそう言って微笑む。
「世は流れるものねぇ~」
みつき殿もそう言って水菓子を口に運ぶ。
ちらりと視線が吾の前に置かれた水菓子を盛り付けた甘味に向く。
みつき殿が強引にカラスの装いをした鎮より強請り奉じさせた供物。
「んー? 少年よ。甘味は苦手であるか?」
カラス姿が声をかけてくる。
とっさに首を振ればカラスがみつき殿とおみ殿に視線を送る。
「ミツキねーちゃん、いじめちゃダメだとおもーぜ?」
ひとつ頷いて発した言葉はそんな言葉。
「あ~らぁ。いじめてないわぁ。ひどいコト言うとぉ~、あみちゃんに追加頼んじゃうわよぉ~。ね。しずめちゃん」
指をふりながら笑うみつき殿の動きにカラスは一歩後ずさる。
「くぅ。これ以上の出費はいたすぎるっ」
「じゃあ、わたくしは自分の分は出しましょうね」
ふわりと笑うおみ殿。
「オミねーは気にしなくていいよ。問題はミツキねーちゃんだ!」
おみ殿を軽く制し、ミツキ殿にむけびしりと指を指す。
みつき殿はふっと見下すかのように笑うとカラスの手をとる。
「ヒトを指差すのはよくないわぁ。それにね、しずめちゃん、臨時収入結構あったでしょぉ?」
楽しげな光景だが、吾はなにやら置いてけぼり。
ふわりと栗色のゆらめきに視線を向ければふわりとした少女がいた。
そう。此処はとても暖かく落ち着くことができる。
心細さが薄い。
吾は少女を見る。
「冷たいうちに食べてね」
少女はにこにことそう言う。
言葉に篭る『魂』はとても和いだもので心は落ち着く。
みつき殿やおみ殿の作法を真似て一匙口に含む。
心の篭ったひやりと甘い味が広がる。
それは旱の続いた後に降る雨のように染み入るもので。
「少年? はやとくん?」
心配そうな鎮の声が落ちてきた。
「ふ。あまりの美味しさに感動して涙をこぼすって感じねー」
「海さんのスイーツは美味しいですものね」
みっともないと言わんばかりのみつき殿。
和やかに微笑む、おみ殿。
「とても、おいしい」
必死に探した不自然にならぬ物言い。
そっと見守っていてくれた少女が花のように微笑む。
「うん!」
「やーん。汐ちゃん、相変わらずキュートぉ。撫でちゃうー」
◆
「あんまりねー、日生の家には近づかないで欲しいなー」
みつき殿がそう言う。残り僅かな甘味を惜しみながら口に運ぶ。
おみ殿は静かにただ笑う。
「深和様の錠があの家には絡んでいるの。夷神の絡みもあるし、協定が煩わしいのよねぇ」
この会話はヒトには聞こえない。
「第一、力のない羽夜様がどう絡むというの?」
祀られぬ神など力を落としてゆくだけ。
たしかに、そうと知らずでも捧げられる供物で力を得ることはできる。
『心の篭った甘味』
そこから得れた力はみつき殿とおみ殿からおくられた知識を吾がモノとするのに十二分の力があった。
だが、そこまでとも言える。
存在を維持するということは出来得ても神としての力を奮うことは叶わない。
「力無きまま、ヒトとしてあるなら必要な力をお分けすることはできますわ」
ほわりとおみ殿が微笑む。
「急いて定めることでもありませんしね。わたくしがお分けできる力など微々たるモノですけど。幸いにして、ヒトはまだ、山への信心を失せさせているわけではありませぬもの」
『寺』という『祀られた』場所にあるおみ殿は微笑む。
さほど大きな力は揮えずとも気まぐれで揮うこともできる余裕。
「完全にヒトに下ると言うなら力を尽くしてあげるわぁ」
浜で催される祭りが深和様、そしてその分神に力を与える。
その力をもって海の恵みに、災害を諌める。それを吾に分けると言うのは本意ではないのだろう。
「二十年かけて集め得れた力よぉ。よぉく考えなさいなぁ」
「害をなすと言うのなら喰らい尽くしてあげる」
枯葉色の瞳が吾を見つめて悦に嗤う。
「お父様やお兄様方を煩わせないで」
汐ちゃん借りてます。
海ちゃん名前だけかりてます