瞑居満香
石持媛が分神瞑居満香。
かの分神は山犬寺の最奥にその錠を置く。
山の地脈に近くその意思を他に向けることの少ない分神。
秋近くになると稀に散策したあとが残る。
彼女は気軽にスマホを操る。
「住職様、出かけてまいります。明朝には戻りますので、ご心配なきよう」
「くらおみさん、いってらっしゃい。海に行くなら海浜森林線を使うといいですよ。フリーパスを買えば金額を気にせずに行けますから。お財布はもってますね。困ったことがあったらすぐに電話してくださいね」
「お気遣い感謝いたします。住職様」
うろなの町の西にそびえる山々。
夏の終わりの風がひゅうとスカートをそよがせる。
うっそりとした雨雲の気配に分神の化身たる女は眉をひそめる。
うろな山下の駅に着くまでもてば良いとは言え、急かねばならないのが嫌だった。
ほんの少し、『ズル』をして駅へと入る。
雨はまだ降り出してはいないので好い。
不安そうに空を見やる駅員を見つけ、声をかける。
「よろしいでしょうか?」
「はい」
駅員はすぐに女のほうに向き直り笑顔を作る。
「フリーパスを買いたいのですけれど。教えていただけます?」
この日一日乗り降り自由だというカードを改札に通してホームへと進む。
「親切な駅員さんでした」
誰にともなくふわりと微笑むとちょうど電車が滑り込んできた。
かすかな振動に揺られながら窓をそっと見やればどす黒い雲が空を支配し、大粒の雨が地上に叩きつけられ始めたところだった。
「最近、ゲリラ豪雨と呼ばれるこの現象が多いですね」
うろなの北の森が見える。
繁茂神の守護地。
東の海は深和鎮の守護地。
この二柱はあまり仲がよくない。
互いの力の均衡が取れてさえいれば平和であるが今はその均衡が崩れている。
二柱とも『生命』の流転に関わる神。
純粋に『場』に関わる『石持媛』とは存在が異なる。
名の通り、生い茂る命を司るモノ。
あらぶる海の生命の流転を司るが故に『鎮まりて深く和むべし』と呪を籠め、祀られる神。
とは言えど、三柱ともこの時代、降り来ることはない。
一部の分神が細々と活動するがのみだ。
『海浜公園』駅。
巳月がそばに少年を連れてこちらに手を振る。
「『ありか』で甘いものをいただきましょお。あみちゃんのスイーツはさいこぉよぉー」
巳月からするりと明るさが消え、威圧する空気が場を占める。
「羽夜さまもどぉぞぉー」
少年がびくりと震える。
「吾は」
力失いし神。威圧されおびえる心すら隠すことのできぬ姿は哀れだ。
「ご一緒いたしましょう。お力になれるやも知れませぬし」
巳月が威圧をやめ、朗らかに歌う。
「しずめちゃんに今日もおごってもらうのぉ」