第一章:遺跡探索へ(6)
魔物の名前は漢字でその特徴を表し、呼び方にフリガナが振ってあります。
三人は橋を渡り、遺跡の前までやって来た。
遺跡には明確な敷地が存在した。外周を高さ五メートル程の壁で囲み、唯一の入り口となる、壁の途切れただけのがらんどうの門からは、敷き詰められた石畳が真っ直ぐに、中央の遺跡本殿へと伸びている。
壁の内側には、そこかしこに崩れた建物の跡やモニュメントだったものが点在していた。かつてはここに暮らしていた者があったのだろう。しかし、どういった人物が、どのような生活をしていたのかを読み取れるほどの原型は、長い間の風雨にすっかり攫われてしまっている。
その中で、中央の神殿めいた建物と、その前にある一対の石像のみが風化せず、建物としての外観と、風雨を凌ぐ機能を維持していた。
切り出した石を積み上げて作られたらしいそれは、平たく巨大で、重厚感に溢れていた。装飾のようなものは見当たらず、それどころか、正面の門以外には、入り込めそうな窓に当たる部分すらない。辺りの廃墟群が居住区だと仮定するならば、ここが宮殿にあたるものだと想像したくなる。だが、誰かが住まう城にしては堅牢過ぎ。まるで何かを閉じ込めておくかのような造りだ。
そして門は、人が出入りするためだけに造られたものにしては、余分に大きい。建物自体も相当で、外周の壁の三倍ぐらいはあったが。この門は左右に人が五人も腕を広げて繋げても足りず、高さは建物の半分にもなるんじゃないかと思えるほど巨大だった。
「ふんっっ……ぬぬぬううぅぅぅううんんん!」
左右対称の、恐らく両開きであろう門に両手をつき、カイナが可愛らしくない唸り声を上げていた。歯を食いしばり、顔から耳まで真っ赤にしても、巨大な門はビクともしない。腕に浮かぶ筋が、皮を突き破りそうになるほど浮き上がり……カイナはがくっと力を落とした。
「はぁ……はぁ……だめ、すっごく重い」
「だから言っただろ。力任せじゃ開かないって」
へばるカイナの後ろで、クロスアがにやにやと笑いを浮かべていた。
「クロに力がないだけじゃない?」
そう言ってカイナが門に挑んだのは、つい一分ほど前のことである。
「でも、カイナで開けられないんじゃ、やっぱり力ずくでは開かないんだね」と、ナオリオ。
「ちょっと! 人を人外の怪力みたいに言わないでくれない!? っていうか、男二人もいて、私だけに力仕事させるってどういうこと!?」
「自分一人でやるって言ったのはカイナじゃないか……」
「ほら、ぼーっとしてないで、次はナオリオの番だよ」
「だとさ。頑張れー」
クロスアが気のない応援を投げかけた。
「いやいやいや、クロも男だろ。何を傍観決め込もうとしてるのさ」
「私は頭脳派だから。そんな無駄なことはしないの」
と、クロスアはひょいと、何か小さなものを投げて寄越した。受け取ってみると、それは昨日、頼み込まれてしぶしぶ貸していた、ナオリオの、銀竜の首飾りだった。
「それ使えば多分開くから。あ、カイナは念のため、そこの石像に注意しといて」
「ええっ、この石像って……」
カイナが思わず顔をしかめる。台座の上で、犬のおすわりと同じ姿勢で硬直している像は、人の四肢に翼を備えた、鳥のような嘴を持っている、要するに、先ほど戦った二体の魔物と、同じ容姿をしていたのだ。
「ああ、さっきの魔物さ。門を開けようとしたらいきなり動き出したってわけ。【翼を持つ門番】って呼ぶことにしたよ。復活してるなんて驚いたけどな」
「それはどうでもいいんだけど、私が開けようとしたときも、もしかしたら動いたかもしれないってこと?」
詰め寄るカイナに対し、クロスアは気楽に首を横に振ってみせた。
「それはない。試したからな。つーか、それぐらいで動くようだったら、この遺跡がもっと悪名高くなってるはずだろ」
「それもそっか。クロなんか、とっくの昔に殺されちゃってたわけだ」
「……まぁ、そういうこった」
村の近くにあるこの遺跡は、遊び盛りの子供たちにとっては、どんなおもちゃよりも魅力的な、楽園のようなものだ。村長の家よりも大きな、おとぎ話に出てくるようなお城は誰もいない。外壁の内側も、うんと走り回れる広さがあり、隠れるのにも困らない、老朽化した柱や壁もたくさんある。
幼い勇気と冒険心に満ちた子が、この偉大なる場所を秘密基地と呼び、自分の物と呼びたくなるのに、これ以上の理由は無い。
村の外は危ないから、大きくなるまで行ってはダメよ。
そんな母親の言葉も、かえって、そんな危険な場所で遊べる自分は偉いと、自尊心を充分に満たす素材になってしまう。
ナオリオももちろん、小さい頃はクロスアやカイナとここで暗くなるまで遊び倒し、育て親の村長に、きつく叱られたこともある。
素直なナオリオは、それから遺跡に来ることは殆ど無くなったが、クロスアは懲りずに、何度も足を運んでいたようだ。
彼が【翼を持つ門番】と名付けた魔物が、簡単に動き出すようなものなら、村の者たちも、この遺跡への道を封じる何かをしていたはずだった。それよりも、これほど身近に魔物がいたという事自体、ナオリオにとっては意外だった。
「ちょっと待ってよ。なんで僕の首飾りが……魔物が動くのと関係しているんだよ」
「知るか。私だって、そいつが動いて驚いたんだ。そういうのを調査するんじゃないか」
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
クロスアの言う事が確かなら、ひょっとすると、これは大ごとになるのかもしれない。仮にこの門が開いたとして、この遺跡の中に、もっと強力な魔物がいないとも限らない。門だけでもこれだけ大きいのだ。中に例えば、伝説の魔物、ドラゴンがいたとしても不思議じゃない。
「【翼を持つ門番】だっけ? そいつより強いのがいたらどうするんだ。僕らじゃとても敵わないような強くてでかい奴がさ」
「逃げるさ。でもって、村のみんなで退治すればいい」
「逃げられないくらい、足の速いやつだったら?」
「だぁーっ! もううるせーな! そんなに言ったって、中がどうなってるか分からないんだから、仕方ねーじゃねーか! いくら推論並べたって、実際に見るのとは全然違うんだぞ!」
「つまり、危険かもしれないってことだろ」
「ああ、そうだよ」
なにか問題でもあるのか、と言いたげに胸を張るクロスア。
慎重なナオリオは、あまり危険なことはしたくなかった。それが自分だけで片をつけられるなら良いが、そうじゃなかった場合に、周りに迷惑をかけてしまうのが嫌だった。
それに危険なことには、カイナを巻き込みたくない。
だが、当のカイナは、すごく行きたそうな顔でこちらを見ている!
「中がどうなってるか、見たくないのか?」
クロスアの言い方は念を押すようだった。
「……それは気になるけどさ」
「あたしは見たい!」
結局、押し切られる形で、しぶしぶ了承せざるを得なくなった。二対一はずるい。