第一章:遺跡探索へ(4)
ルビが振ってあるのは魔法の詠唱です。詠唱の言葉はわりと思いつき……
また【魔法名】です。おかげで感嘆詞?がつけられない仕様になってます。
どうやら、カイナは本当に注意するつもりで、殺人的なボディーブローを放ったらしく、想定よりダメージを受けていたナオリオにひたすら謝り倒した。
ナオリオは元々、怒る気力は無く、つい手が出る幼馴染には慣れっこである。先の遅刻の件を、これで貸し借り無しでということで話を落ち着けた。
気が強いが素直でもあるカイナは、これをすぐに了承した。
空を遊ぶ鳥や、遠い山の稜線を眺めつつ長い橋を歩き、ようやく半分を過ぎた頃。
「ねえ、あれ、ちょっと変じゃない?」
そう言ってカイナが指を指したのは、橋の向かう先、対岸にあたる部分。遺跡台地の入り口に相当する。大きな鳥が二羽、降下をしては舞い上がりを繰り返していた。地上にいる何かを攻撃しているのだろうか。
「ワシ……? でも、鳥にしてはちょっと変な気がする」
かなり大型の鳥に見えたが、目をこらすと、どうも翼以外に、腕や足があるようにも見える。
「襲われてるの、人じゃない?」
「え、本当に?」
言われて地上に目を向ければ、確かに二羽を相手にしているのは、二本足で立つ人間のようだ。腕を振り回して、防戦に徹している。
「もしかしてあれって」
「急ごう!」
どちらともなく二人は駆け出した。橋は大きく長かったが、終わりに近づくにつれ、その様子も次第に明らかになってくる。
鳥だと思ったそれは、背中に雄大な翼を持ちながら、四肢を備えた、自然の動物ではない生き物。魔物だった。逃げている人間は思ったとおり、今日の待ち合わせ相手のもう一人、クロスア・ライトだ。どうやら少しずつ、こちらへ向かって逃げてきているようだ。
「あれは、翼人族? 悪魔じゃないか。どうしてそんな魔物がこんなところに」
「おーい、いいところに!」
クロスアが二人に気付いた。同時に、翼を持った魔物も気付いたようだ。二人を見つけて、威嚇なのか、獲物が増えた喜びからか、鴉に似た声でぎゃあぎゃあと啼いた。
魔物が二人に気を取られている隙に、クロスアは素早く駆け出し、二人に合流した。
「良かった。来てくれて助かったぜ」
クロスアは息を切らしていた。
「何やってるんだよ。武器ぐらいつけろよ」
「不意打ちだったから、そんな余裕なかったんだって。とりあえず話は後でするから、二人とも、相手を頼む!」
「ちょっと、クロはどうするの?」と、カイナ。
「魔法を使うから、それまでの時間稼ぎを頼むって言ってるんだ! ほら、来たぜ!」
促されて向き合えば、魔物の一体がこちらに向かって、腕を振り上げながら飛んで来ていた。その先端には、刺さったらとても痛そうな、鋭い爪が四本並んで生えている。
これに対して、カイナが前に出た。
「大振りすぎ!」
流れる水のように、するりと攻撃を避ける。即座に振り下ろされた腕に手を添えて、その勢いの消えぬまま相手の体勢を泳がせ、石橋に叩き付けた。
さらに、地面に転ばされた魔物の翼を踏みつけ、起き上がろうとしたその顔面を、容赦なく殴った。鳥類の嘴を生やした、歪な魔物のそれが、さらに醜く歪んでしまった。
「うへぇ、気持ち悪い」
殴った本人はというと、右手の武器についた魔物の体液を見て、顔をしかめていた。
「やるねえ」
一部始終を見ていたクロスアは、口笛を吹いて賞賛した。
「あいつ……動かないけど、何をしてるんだ?」
その頃、ナオリオは槍を構え、もう一体の動きを注視していた。宙に浮いてこちらの様子を伺っているのか、襲ってくる気配がない。
だが、ナオリオの声に気づいたクロスアが、何かに気付いた。
「まずい……リオ、伏せろ!」
「え?」
クロスアが注意を出したのと同時に、魔物が一声啼いた。
咄嗟に地に伏せると、今度は体が持ち上がるような、不可思議な力を感じた。
カラカラと、槍の転がる音がする。
「悪い、言い忘れてた。こいつ魔法も使うんだ。飛ばされるなよ! 橋から落ちたら一巻の終わりだからな!」
「う……くそぉ」
石の隙間に指を食い込ませ、飛ばされないように懸命に踏ん張る。しかし、背中の方に時折生じる痛みが、体の中を駆け巡った末に指先に集まり、その力を奪い去ろうとする。
「ナオリオ!」
「よせ、カイナ!」
ナオリオを助け出そうと腕を伸ばしたカイナだったが、あと少しというところで、その手を引っ込めてしまった。まるで熱湯にでも触れたかのように。見ればカイナの腕には、幾つかの切り傷が生じていた。
ナオリオはこの魔法を知っていた。風を使った魔法【リトルサイクロン】は、小規模の竜巻と、それに伴う空気の急速な動きから、真空の刃を幾つも生み出す、初級の攻撃魔法だ。
殺傷力は低いが、当たり所が悪く、目を切ってしまうと失明する恐れもある。たとえ初級でも、攻撃魔法をあなどってはいけないと、みな小さい頃に教えられている。
それに、今回は場所が悪い。竜巻に、少し変な角度で飛ばされようものなら、クロスアが注意したように、橋から真っ逆さまだ。
幸い、敵の魔物の一体はカイナが倒した。魔法を使っている魔物が、これ以上動いてこないうちに、カイナかクロスアが奴を倒してくれさえすれば。
「力秘めたる炎熱、道塞ぎし障壁に牙剥き、これを穿つ!」
耐えるナオリオの耳に、友の魔法の詠唱は、とても心強く聞こえた。
クロスアのかざした手には、熱を持っていることが明らかな橙色の光球が生じている。その色が少しずつ、力の凝縮と共に限りなく白へ、太陽の色へと変化していく。
やがて彼は、その球を振りかぶり
「【フレイムボム】」
思いっきり投げつけた。希望と言うには少しばかり心許ない、拳大の魔法は、一直線に魔物を目がけて衝突。それが引き金となって爆発した。一瞬で何倍もの大きさに膨れ上がった炎に飲み込まれ、魔物は苦悶の声を上げる。同時にナオリオの拘束が解かれた。
このチャンスは外せない。
「だあああああっ!」
落とした槍を拾い上げ、仰け反った魔物を渾身の力で突く。柄を握る手が熱いのは、魔法の炎が未だに残っているせいばかりではない。
爆発による炎が消えると、穂先は、魔物の首に深々と刺さっていた。断末魔の悲鳴すら上げられず、魔物は天を仰いだままの姿勢で力をなくして崩れ、消えていった。
手に残る、相手にトドメを刺したときの生々しい感触は、すぐには消えてくれなかった。
呼吸も荒く、肩が上下している。鼓動はいつの間にか、ドクドクと荒ぶっていた。
辺りに他の敵の気配は無い。まずは、落ち着こう。
ナオリオは体を投げ出すようにして、固い石橋の上に座り、両手をついた。