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第一章:遺跡探索へ(2)

 手早く支度を済ませると、ナオリオは出かけ際に、立てかけていた槍を持った。穂先に刃がついただけの、とてもシンプルなデザイン。護身用ではあったが、武器として最低限の殺傷力を持っている。

 そうして、彼以外に誰もいない家に向かって、行ってきますと、はっきりと告げた。


 武装したナオリオのその日最初の仕事は、むくれるカイナをなだめることだった。


 かれこれ一時間も待たされた挙句、あの仕打ちは酷すぎる。もっと誠意を見せるべきだ。と言って、聞かなくなってしまったのである。


「せっかくお弁当も作ってきてあげたのに。いいよ、不誠実なナオリオにはあげませーん」


 寝坊したことは悪かったと思っているが、なにもここまで言われなくてもいいじゃないか。だいたい、カイナだっていつもいつも人の家に勝手に上がってくるし。頭をぶつけたのだって、自業自得だろ。そのくせ、鍵をかけていると後で怒られる。

 ナオリオは釈然としないものを感じていた。だが、それを口にすると、あとあと面倒なことになる。


「悪かったってば。ごめん」


 数えるのも馬鹿らしいくらいになる、何度目かの「ごめん」だった。


「二人して女の子を待たせるなんてさ。ちゃんと反省して、埋め合わせもしてもらわないとね」


「クロもまだ来てないの?」


「来てない。だからこれから迎えに行くんじゃない」


 スタスタと歩行速度を上げるカイナの後ろで、ナオリオはもう一人の遅れた人物を恨めしく思った。せめて彼が来てくれていれば、彼女の不機嫌もかなり緩和されただろうに。

 こうなってしまっては、触らぬカイナになんとやら。引きずる性格じゃないし、落ち着くまで大人しくしてよう。

 ふくれる幼馴染の後を、ナオリオは忠犬のようについていくのだった。



 彼らの住むソワレ村は、山間の村。『世界の果て』『世界の終わり』とも言われる、辺境の地だった。人の住む平野から見て、これより向こうは未知の世界。人の手の及ばない、有史以前から手付かずの原生森に覆われた山が、ただ延々と続いているのみであると言われている。

 その向こうから来た者もおらず、向こうへ渡ろうと試みて、帰ってきたものもいない。人の暮らす領域の端。それがソワレ村だった。

 国と国との領土争いにも巻き込まれること無く、どこにも属さず。代々武術を尊びながら、質素につつましく暮らしてきた。

村人たちの武術の腕は確かで、どこかの国の使者が、村の猛者たちを指して、戦に協力して欲しいと依頼に来たことも、長い歴史の中で何度もあった。しかし、ソワレ村の者が戦で活躍したという記録は、どの国にも存在していない。

 とはいえ、決して外との交流を絶っているとか、排他的であるということはない。村の中には、己の磨いた腕で一稼ぎしようと、村を降りて傭兵になった者も多ければ、逆に村の武芸の噂を聞きつけ、腕試しや修行に来る者も絶えない。

 世界の果てにして、人の中立。村の歴史が始まってより、その在り方を常に保ってきたことは、そのまま誇りになっていた。

 また、ソワレ村は歴史上最古の町という説があった。山間にあるこの村は、ふもとのどんな国、どんな都市よりも治水が良く、降水量の少ないわりに、一年を通して水に悩むことはない。小さな村にいくつもある井戸は常に潤沢で透き通っており、それでも余りあるのか、村の真ん中には、世界でも珍しい、水が噴き出す人工池、噴水があった。

 そのような技術が、実は今の村人の、誰一人として持ち合わせる人はおらず、治水の仕組みは、一体いつからなのか、謎に包まれてしまっていた。しかしながら、技術が失われてなお、治水に何一つ支障が出たという記録は無く、太古の文明の恩恵を、今になっても受け続け、生き残っている唯一の例だと、考古学者がありがたがって、これもまたよく村を訪ねてくる。


 ナオリオとカイナは、そんな村の名物である、噴水広場へとやってきた。本来はここで、もう一人の幼馴染と待ち合わせをしていたのだ。

 二人はざっと周囲を見渡した。しかし、目的の人物の姿は見つからず、代わりに荷車を押す、別の同年代の子と出会った。


「やあ、お二人さん。今日はデートかい?」


 牛飼いのケインは、山と積まれた牧草を押す手を休めて、冗談めかして聞いた。


「だいたいそんなところ」と、カイナが笑って答えれば、


「だいたい違うから」すかさず突っ込むナオリオ。


 もう機嫌直ってるし。とは、ナオリオの心の声。


「相変わらず息が合ってるのな、お前ら」


 ケイン・リンは笑った。それから、二人の少し変わった装いを、それぞれに武器を持っていることに気付いた。


「もしかして、村の外へ行くのか?」


「そうだよ。ちょっと遺跡まで」と、カイナ。


「へぇ。お前らなら大丈夫だと思うけど、気をつけて行けよ」


 お前らなら、という言い方は、へりくだったものだ。武術の村であるソワレ村といえど、全員が全員、戦えるわけではない。ケインも戦いに向かない一人だった。

 また、彼らの住む世界には、魔物が出る。魔物とは、人を襲う悪魔や、異形の怪物。凶暴な動物達の総称である。人里に出没することは滅多にないが、それでも毎年、世界中で魔物によって命を落とす人がいるのは事実だ。村の外へ出るなら、警戒しなければいけない。

 ソワレ村近辺では、悪魔や怪物といった類の魔物は殆ど出没しないが、動物は出る。村の人ならば、動物避けの知識もあり、村人の多くは武術にも長けているため、被害者はまず出ない。ケインのように武術を知らぬ者もいるが、最低限、腕の立つ同行者をつけて外へ出る。しかし、そういった事情を知らない、村の外の人間が、何年かに一人ぐらい、犠牲になってしまうことはある。


 二人が武器を持っているのは、万が一に備えてのことだ。


「ナオリオはカイナに守ってもらわないようにな」


「そのつもりだけど、少し自信ないよ」


「ええ~、しっかりしてよ。大丈夫なの?」


 大丈夫だよ、とナオリオは言いたかった。自信がないというのは、腕や度胸の問題じゃない。ただカイナが強いからだ。

 ストレイト流格闘術という、彼女の実家が継承する武術を、カイナも修練している。血筋の成せる業か、まだ若く、それも女の身でありながら、その技術は卓越しており、槍では腕に覚えのあるナオリオですら、手合わせをすると七割ぐらいは負けてしまうほどだ。

 さらに、彼女の物怖じをしない性格も相まって、もし魔物と出会っても、きっと先陣を切って退治しにかかるだろう。

 そんな彼女の武装は、手甲(ナックル)と脛当て(レガース)。相手への武器というよりも、手足を守る防具の意味合いが強いものだが、それでも十分、鬼に金棒である。手足の守りがあることで、かえって遠慮なく相手をぼこぼこにすることができる、恐怖の防具だ。


「まったく、やっぱり私が気合入れて守るしかないじゃない」


 そう言うとカイナは、見えない敵を相手に演舞を始めた。彼女が拳や蹴りを繰り出すたびに、装備品が空気を裂く唸り声を上げる。


「大変だな、お前」


 ケインと目を合わせたナオリオは肩をすくめた。


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