第一章:遺跡探索へ(1)
目覚めと同時に、強い胸の痛みを覚えた。
ナオリオは上体を起こし、胸に手を当てながら周囲を見回し、ゆっくりと、先ほどまで見ていた夢から戻ってきていることを確かめた。閉ざされているはずのカーテンから漏れる光は、先ほどまで、彼の頭が置いてあった枕に注がれ、部屋に適度な光量を供給している。
外からは小鳥が盛んに喋くる声や、遠く、子供のはしゃぐ声も聞こえてくる。
胸の痛み以外は平凡で平和な目覚めだった。
ナオリオの意識は、手を当てた胸に向かった。
痛みは、痛覚を刺激するものではない。切なさに締め付けられるような痛みだ。
さっきの夢のせいだと彼は思う。気持ちが高ぶっている日には、よく見る夢だった。
最後に見た、竜の首飾り。あれは僕の物のはずだ。夢の中で、どうして見知らぬ人が身につけているのだろう。
あれは何かの予知夢とか、ひょっとすると、あれをつけていた人は――
せめてあの夢の中で、声が聞けていればいいのに――
寝起きの散漫な思考の中で、ナオリオは自分の手が何も掴んでいないことに気づいた。
そこには首飾りがあるはずだったのだが。
ああ、昨日貸したんだっけ、今日返すからって――
そして、はっと気付く。部屋に光が入っているということは。
南側にある窓から光が入ってきているということは。
それだけ日の出から時間が経過しているということに、他ならなかった。
「まずい、遅刻だ」
その日、彼は待ち合わせの用事があった。それまでの思考をすべて放り投げ、全速力で支度に取り掛かる。
家の呼び鈴がシャラシャラと音を立てたのは、間もなくのことだった。
「ナオリオー、いるー? 起きてるー?」
呼びかけてくる女の声は、聞きなれた幼馴染のもの。
「ごめん! いま起きたところ! すぐ行くから待ってて!」
動く手足の速度は緩めずに、声を張り上げて返す。
「入るよー」
「うわ、ちょ、待ってって」
その相手は、大人しく待っているようなタイプでは無かった。
パジャマだけ素早く着替えて、落ち着く間もなく、彼女を出迎えに向かう。勢いよく部屋のドアを開けると、ガツン、と、激しくぶつかる音。
「……いったあぁ~~」
「うわ、ごめん」
部屋の外には、頭を押さえてうずくまる、赤毛の少女の姿があった。
「もう、開けるならそう言ってよ」
非難がましく涙目で見上げてくる幼馴染に、つい罪悪感が募ってきそうになる。が、よくよく考えてみれば、そもそも勝手に入ってきた彼女が悪いはずだ。
「僕は待ってって言ったはずなんだけど」
「ひどい! 散々人のことを待たせておいて、そういうことを言いますか!」
彼女は、名をカイナ・ストレイトといった。ナオリオとは小さい頃からの遊び仲間。活動的で、家の中にいるより外を駆け回ることが多く、女の子同士よりむしろ男の子の中に混ざって遊ぶことが多い、おてんば娘として知られている。
歳の頃十四を迎え、乏しい体の起伏とはいえ、徐々にではあるが女らしい体つきになってきている。しかしその性格は変わらず。髪を短くし、家業でもある武術にも励む彼女。両親が、娘の貰い手がいるのか不安になると、しばしば愚痴をこぼしているらしいとは、ナオリオの耳にもしっかりと届けられていた。
実際、心配になるよな。普通こんな風に無遠慮に人の、それも男の家になんか上がって来ないよ。
「あぁもう、信じられない。本当に起きたばっかなんだ」
ナオリオの着乱れた様子をしげしげと見つめ、口を尖らせるカイナ。気恥ずかしくなったナオリオは、その肩を掴んで、カイナを回れ右させた。何せ、髪もぼさぼさ立っている気がするし、顔も洗っていない。とても見せられる顔じゃないのは分かっている。
「だから入って来てほしく無かったのに。すぐ着替えて行くから、とりあえず出て行ってよ」
「ちょっと、寝坊してごめんの一言も……わかったから押さないでってば!」
わめくカイナを無視して、ぐいぐいと外まで押し出した。都合よく玄関ドアが開きっぱなしだったのは、侵入してくる際に、このおてんばが閉めなかったからに他ならない。
追い出して、ドアに鍵をかけてから一言。
「寝坊してごめーん」
「今更、しかも棒読みで言うな!」