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エピローグ

 そろそろ物語の幕が下りようとしていた。

 灰蓮は太陽を眺めていた。

 ふたつの太陽。

 片方は空高く真上、もう一つは長い、長い日没へと。

 両手で眉のあたりに日傘をつくり目を凝らす。

 灰蓮は欠伸をする。

 さすがに目映く照りつけも起きている時間が長ければ眠くもなる。

 中央の状況も気にはなるが待機するしか他に手だてがなかった。

 先ほど立てた狼煙の煙も止んだ。

 救援隊がこない苛立ちもあったせいか寒くもないのに貧乏揺をしていた。

 興奮は冷めやらぬが緊張は解きは放たれて傷口をふと思い出す。

 服をまくり傷口をそっと触れる。

 大したことでないことはわかっていたがすでに血も止まり、痛みもほとんど感じなかった。

 激闘ではあったが五体満足で帰ってきたことが灰蓮には実感なく信じられなかった。

 一方、龍は疲労困憊とばかりに草原に突っ伏していた。

 眼は力強さを感じさせず、全身の筋肉は弛緩しきって、もう一歩も動けない状態であった。

 石像のように動かないが、滴った汗と喉をごろごろと低音を鳴らして生きてることだけはわかる。

 口を開けさせ持ってる酒で舌を濡らす。

 相棒がこのようなときに、一人だけ帰還するのはあまりに心苦しい。

 もしそうして戻ってきたなら、鳥の餌になるような気がしてならなかった。

「そんなわけないのにな、そこまで弱くない。少なくとも俺よりは……」

 灰蓮は自嘲的に呟く。

 実力では圧倒されて、相手の計画の術中にすべてはまっても、相棒の能力と悪運の強さだけで乗り切ってしまった。

 勝利者の美酒にとても酔う気にはなれなかった。

 法螺紛いな高言を吐いたものの、自己評価はとても低い。

 思い出すと耳が赤くなるほど恥ずかしかった。

「もしかして俺、生きて帰ることを考えずにやっちまったのか?」

 誰かに言われれば即座に否定するだろう。

 だが、自分で言葉に出すと途端に真実味が帯びてくるから不思議である。

 目の前の事件が片づたら、急に明日の未来のことを考える。

「むしゃくしゃする!」

 考えるが考えられない、頭をかきむしる。

 先ほどあげたばかりの酒が急に恋しくなる。

 自身の不合理さとわがままさに呆れるほかない。

 都市に帰り浴びるほど飲みたくなるがこの混乱であれば酒場も閉まっているかもしれないことに気づく。

 それでも欲求だけが高まり、頭が急速に回転する。

 お次はどう飲むかを思案する。

 自宅に医師による虚偽の診断書があり、それを利用すれば処方薬として飲めるかもしれない。

「本当に嫌らしいな……」

 灰蓮はあごをさすった。

 一人芝居にも飽きてきた頃に人影が見えた。


 軍服の男二人が敬礼をした。

「お勤めご苦労様です」

 と言いながら手を下げる。

「ご苦労様」

 返事は素っ気なく、灰蓮は軽く手を挙げる。

 その素振りが師に似たことが若干おかしい。

(そこまで老け込むつもりもないけどな)

 そうこうしているうちに板に付きそうで怖い。

「戦況はどうだ?」

 灰蓮は問いただす。

 この二人が刺客として襲いかかるかもしれない。

 だが素人ならいざ知らず、専門の訓練を受けた人間に対抗する手段は残されたはいない。

 その時はあきらめて、身を委ねることをすでに決めていた。

「暴動は鎮圧されました。と言っても龍との対決を見守って、目視からでもその決着がわかったので結果、暴動を起こした者達もそれで意気消沈しました」

 最悪の想定は杞憂に終わった。

「よかった」

 灰蓮は直に聞かされやっと心を落ち着かすことができる。

「このような異常事態であっても職務をまっとうした。同じ軍人として大変誇らしいです。まさに伝説は生きていた!」

 もう一人が興奮気味に語る。

「大したことじゃない。どうせこんな暴動は遅かれ早かれ静まるさ。たしかに無駄な犠牲を出さずにすんだのは幸いだったけどな」

「またまたご謙遜を」

「どっちだっていいさ、でっ大商人は?」

「殺害されました、間近で目撃したわけではないので情報が錯綜していますが噂の中で自害したとも聞きました……事後ですが国家反逆罪はじめ、その他諸々として裁かれると思われます」

「ご苦労だった」

 灰蓮にとって想定内に収まる内容だった。

 終わってしまえばどうってことがない。

 しばらくはこの事件の有象無象の情報で持ちきりだろうがいずれ飽きる。

 やがて平穏を取り戻すだろう。

 皆が胸中に思う蠢くものだけを取り出し合わせれば、それはとても強い力になる。

 しかし、人はそれだけでは生きられない。

 毎日、日常に挑まなければならない。

 人々は一つ力だけにかまっている暇はないのだ。

「世界はそれでなりたっている」

「は?」

「何でもない、それじゃ厩舎の奴らが来るまでこいつを動かせないか」

「そうですね、一足お先に……」

「別にいい、なんならお宅らが先に帰宅してもかまわない」

「仕事になりませんよ」

 兵にはため息をつき呆れられた。

 無論わざとではあるが灰蓮にとっては尊敬されるよりずっと都合がいい。

「これからこの国はどうなるんですか?」

 灰蓮は頭を下げる。

 風にに揺られて草原のなだらかに流れてる。

 それに逆らうように右足を蹴り出す。

「漠然とした質問には漠然とした答えしか返ってこないぞ」

「それは……」

「俺だってどうすればいいかなんてわからないさ。この件で身の振り方を真っ先に考えなきゃいけないのは俺だしな。そこでだ、あそこに寝てる奴に玉乗りを仕込むことができると思うか?」

 軍服の男達は軽蔑の眼差していた。

「冗談だよ」

 刺さる視線がとても痛い。

 それに耐えるだけの達観するにはまだ若過ぎる。

「その答えはあまりに無責任です!」

 軍服の生真面目な方はいきり立つのを抑えられずに憤慨した様子である。

「それではどうやって責任をとる。俺は罪人でもないから法では裁けない。もしかしたら法の下で、たとえ冤罪であってもその方が楽っだたかもな。それでもこの一生を賭けてでもこの国を尽くすつもりだ。だけれども、それだけじゃ償えないことをやってしまったかもしれない。もっとよき未来を潰したかもしれない。でもそのまま進められていくことがなによりも恐怖だったんだ」

 灰蓮はぶつぶつと覇気もなく、独り言のように言った。

 そんなことを言っても相手を説得できたとはとてもじゃないが思えない。

 灰蓮自身でもこの複雑な状況を説明できず理解しきれてはいない。

 後悔はしないが確かな理屈ではなく、泣き落としかと苛立ってきた。

 そして倒した者とは違う代替の未来を提示したわけじゃない。

 どれほどの熱き魂があってもその行き場がなくては燻ぶるしかない。

 時間が無かった、知らなかったでは済まされるはずはない。

 誠実さを今、表に出せば灰蓮に期待する人は落胆するだろう。

 虚偽、虚栄、欺瞞、たとえ負を背負ってでも勝ち取らなければならないのは未来。

 まとまりはしないが、重い重圧に薄々感づく。

 正気を失いそうになる衝動。

 これが先代から続く呪いだと。

 身を震わし、痺れが全身に行き渡る。

 景色は歪み、熱い液体が頬をつたる。

 軍服の男たちは呆気にとられた顔をした。

「今度は恐怖じゃなく希望がいいな」

 ひとつの時代が落日のように喪に伏そうとしていた。


 この後、真洛の戯れ言の通りに未曾有の不況に見舞われる。

 督棟と共謀したとして責任を取り辞任する。

 しかし、国家が緊縮財政を押し進めたために工場の煙がなくなり、工事の音もなくなった。

 結果的に国民所得がより落ち込むこととなった。

 国家は破綻寸前となり対外債務も嵩んだ。

 それにより多国間の緊張と軍部を熱狂的に支持する風潮にさなか真洛は中央銀行に就任。

 金融緩和政策を強行することにより、需要を刺激することに成功する。

 景気回復の基調となった時、軍部は予算の拡大を要求する機運が高まった。

 それに反対しながらも穏便に解決しようとしたのが若いながらも陸軍大臣に就任した灰蓮だった。

 軍事費削減のために毎日の長時間の会議は新聞の見出しを大きく賑わせた。

 真洛の協力者としても大きく荷担した。

 年を離れながらも友人としても、信頼する相談役はもちろんのこと、諜報に目をくばすことで暗殺計画を事前に阻止する手柄だった。

 あらゆる反抗勢力から阻止することで経済発展と国民の生活向上を成功する。

 この成功が各国に伝わり、経済を立て直す基本型となった。

 国が情勢が安定しようとした矢先、龍が息を引き取った。

 兵器の性能が年々増す中でも象徴として残ってはいたが

存在理由をなくした龍部隊は解散となる。

 今は枯れた厩舎だけが残っていた。

 しかし、龍と龍使いは史実と空想を混じりながらも人々に語り継がれている。

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