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第五章

 鐘が鳴り響いた。

 国の隅々まで行き渡る音。

「起きろ~、起きろ~、城へ~、城へ~、進め~、進め~」

 次に木霊のような声が響いた。

 幽霊、精霊の類ではない。

 歴とした生きている人の声である。

 複数人いる。

 これがずっと続く。

 国中がざわつく。

「なんだ、なんだ!?」

 ばたばたと扉が開いた。

 夜の暗黒と月明かりも遮る煙日。

 闇で人影さえも把握でいない。

「煙日が~、煙日が~、終わる~、終わる~、城へ~、城へ~、進め~、進め~」

 しだいに煙が下に降りる。

 ぼやけた視界がすっきりする。

 酒を飲むわけでもないのに酩酊していた感覚から覚醒する。

「おい、本当に終わったぞ!」

 どこのどいつか男には違いない、感嘆を上げる。

「あんたぁ、知らない人が計算して知らせてくれているんでしょ」

 男の嫁が言った。

「そっか、じゃ何で城に行けって言ってんだ?」

「知らないわよ、そんなの」

 また合唱が聞こえる。

「夜が~、夜が~、終わる~、終わる~、城へ~、城へ

~、進め~、進め~」

 男がぽつりと言った。

「行ってみるか?」

「そうね」

 嫁の肯定は好奇心を含んでいた。

 つまり誰もが退屈していた。

 みじかにある面白そうなことなら何でもよかった。

 鐘と合唱は小さな足踏みを創り、しだいに大きな足踏みに変えた。

 ぞろぞろと城へと頂きをめざす。

 蝋燭の灯りと緑光虫の光が、上へ行くごとに混ざり合う。

 それと同時に未来の物語を紡ぐ。

 作者はいない。

 脚本もない。

 不特定多数の人間がこうであって欲しいとの願望を願う。

 願望は連鎖する。

 願い続けるとあって欲しいからあらねばならないと思いこむ。

 現実になければならない思いこむ。

 そこに疑問や後ろめたさみたいな、感情を抑制させるものが消える。

 残るは絶対的な正義感。

 無条件にあてがわれて推進させるもの。

 実体はない。

 まるで楽観的観測で信用だけが積み重なる脆弱な経済。

「始まったか」

 灰蓮は窓から覗きながら言った。

「騒がしいね」

 寝間着をきた中年女性が目を擦りながら言った。

 灰蓮は緑光虫の餌袋を掴む。

「行くのかい」

「短い間だったけど世話になったよ」

 中年女性は一人ごとのように言った。

「これからどうなっちゃうんだろうね」

「どうなるだろうね」

 天気の話をするように灰蓮は返事をする。

 特別なことが予感させるにもかかわらず、どうとない会話。

 祭りの待ちわびるような、はしゃぐのではない。

 それは理解できる。

 それよりも特別な時に特別な会話なんて持ち合わせていない。

 灰蓮は漠然とそんなことを思った。

「私、あんたの言ったことあんまりわかんなかったけど、あんたのこと信じていいと思った」

「言ってくれる人が若い人だったらなおいいですけどね」

 灰連は半ば照れ隠しで言った。

「ないものねだりするもんじゃないよ、炭みたいなあんたを拾ったんの私だよ」

 中年女性はにやりと笑う。

「もっとも、死んだ夫も拾いものだったけどね」

 遠い目をした。

 現在起こりそうなことより、過去に引きずられる。

 主旨から外れていく。

 壁を隔てた道にはぞろぞろと歩いている人間が多数なら彼女のような人間は少数に見える。

 本当はわからない。

 派手で見栄えする方がそれが総意ではないかと錯覚する。

 濃淡豊かな日常がどんな色よりも濃い非日常、一色に塗りつぶされる。

「本当に行きますね」

 灰蓮は静かに言った。

「あいよ」

 灰蓮は扉を開けた。

 行進する人並みに入りついて行く。

 月の位置を確認する。

 日の出までまだ早い。

 灰蓮の視界の右上で光がちらりとした。

 見張り台に人がいる。

 この人だかりなら悟られないだろうが、すぐに目を離す。

 前を向く。

 目の前で転びそうになる子がいた。

 瞬時に青年が背中を支える。

 子供は「ありがとう」と言う。

 そこの周辺に笑顔ができる。

 労りや慈しみ、そういった慈愛に満ちた空間、絵空ごとでしかないような光景。

 他の場所ではもっと美しい光景がみられるのかもしれない。

 灰蓮は自分が意地の悪い人間だと思った。


 城から最短距離の道筋は跳ね橋を渡り、そこから岩の隧道は階段になっている。

 隧道の先には大広場があり目の前に城が待っている。

 しかし跳ね橋があがって通行止めになっていた。

 集団はしかたなく迂回した道を選択せざるえなかった。 そこで蜷局を巻いた道を選ぶ。

 道の名は「蛇道」あまりに捻りのない名前は浦蔵がつけたものだ。

 灰蓮はそこで右腕を捕まれた。

「これはどう言うことだ」

「挨拶もなしか、せっかちですね」

 灰蓮は振り向かずに返事した。

 正体はもうすでに知っていた、督棟だ。

 掴む手を解く。

 すぐさま督棟は灰蓮と肩を並べ歩調を合わす。

「それは悪かった。しかし男の顔になったな、何かあったか。それとも光の加減か」

「まどろこっしいの嫌いなんでしょ」

「わかってるじゃないか、君とは気心をしれた仲になれそうだよ」

 詐欺師呼ばわりする者もいるが会話は詐術的よりもあまりに直線的な表現で相手は本気なのか迷う。

 督棟そんな困ったことやりたがるきらいがあった。

 そして自分自身がどこまでが本気でどこまでが嘘かはわからない。

 そもそも知る気などはるか昔に放り投げていた。

「友人いないんですか」

「じゃあ、君が最初だ」

 さわやかな笑みで督棟は言った。

「大した情報は仕入れてませんよ」

「吐けるだけ吐けばいい」

「龍使いと浦蔵と接触しました。この計画に両者が関わっているのは間違いありません」

「やったじゃないか、そこまでわかって」

「どうやら浦蔵が主導だったみたいです。支援者にも接触しましたがこの計画の全貌まで知らされていませんでした。しかし龍使いは全てを知ってましたが、その上で浦蔵と食い違いがあり、主導権を握るのを模索していました」

「それで君は全容は知ることはできたかい?」

 問われると灰蓮の口が若干、重くなる。

「・・・・・・知ることはできたはずです、自分が知ることで流されるのを恐れてしまった」

「あ」

 督棟は一瞬では理解できず、思わずすっとんきょんな言葉を発した。

「一歩間違えば心を持っていかれ協力していたかもしれない」

 督棟は腕を組み頭を下げいかにも悩んだ仕草をする。

「裏切る気だったのか、俺とは友人じゃなかったのか」

(この人、面白い)

 灰蓮は心底そう思った。

「嫌、冗談だ。人生経験の中で怒りを収めるための手段だ。気にしないでくれ」

「遠慮なく気にさせていただきます」

「なんだ、わかってきたじゃないか」

 灰蓮は会話には付き合うが心が欠けていくような気がした。

「ま、本音を言えばすでに半分楽しんでいる。俺にとって災いかもしれないが、大した戦力を動かせるわけじゃない。流されるままさ」

「督棟・・・・・・」

「勘違いしないでくれ。俺は俺自身の正義を信じている・・・・・・疑ったことなどない。この計画が失敗すれば風が吹くのは俺の方であることは間違いないんだ」

 お喋りに夢中になる内に大広場に着いた。


 もう少しで演説が始まる。

 浦蔵は化粧台に立った。

 久方ぶりに代々伝わる占い師の衣装に身を包む。

 暗さが輪郭をはっきりさせない。

 それが逆に親の顔と浦蔵自身の顔とを鏡と記憶で重ね合わせていた。

 しかし郷愁に浸る暇はないとばかりに扉を開る。

 それでも彼の背中姿は後ろ髪に引かれていた。

 浦蔵の前方から小太りの男があった。

 口髭と顎髭を蓄え、ぱっとしない顔を隠している。

 派手な装飾の服がよりそれを際だたせている。

 それでも男は王だった。

 象徴であればそれでいい、こちらで演出すればどうとでもなる。

「とんでもないことをしてくれたな」

 王は冷や汗をかきながも若干怯えた声をしている。

 くちびるもうっすら青い。

「王様、これから起こることをしかと目に焼き付けていただければ、きっと心変わりするでしょう」

「何!?」

「もし、お気に召さねば部下に私の心の臓を突き刺せばよいこと。どのようなことになっても王の責任にならぬように配慮しております」

「な、なぜ私に一言なかった」

 浦蔵は理で説得するよりも王の感情の高ぶりを収めることにつとめる。

「ですからそれはもしもの考えがありまして、私に何かがあった場合、王に責任が及ばぬよう不本意ですがこうさせていただきました。知らぬが存ぜぬでございます」

「そ、そうか・・・・・・」

 心を握れるとわかると浦蔵は表情を明るくする。

「はい、王は何もせぬとも王で御座います。もし、その手で鉄槌を下すならそれもまた良し・・・・・・で御座います。その時は責任を負いかねますが・・・・・・一つお願いがあります」

「何だそれは」

 浦蔵は王に近づき、そっと耳打ちをする。

「大したことでは御座いません。ただ守兵の背中にあんちょこを張り付けておきます。私が演説後に壇上に立ち、そのとおりに発言していただければ・・・・・・」

「それではお前の片棒を担ぐことになるではないか」

「はい、ですから私が直筆で書きました。それを証拠に言わされたと訴えれば問題ありません」

「ふむ・・・・・・」

「これから起こることに比べれば、ほんの小さなことでしかありません」

 声は静かでゆったりだが苛立ちは隠せない。

「そうなのか?」

「迷惑はかけますが、手数をかけません・・・・・・それでは行ってきます」

 言葉から殺気を放つ。

 王は圧倒され、もう何も言い出せなくなった。

 背中に板があるような直立歩行、壇上へ続く通路を踵で音を立てる。

「始まりだ」

 外気の寒さに包まれる。

 浦蔵は壇上に立った。

 闇夜で人影でしか見えないはずである。

 しかし歓声が大きく上がる。

 その響きを浦蔵は全身で受け止める。

 長い人生の中で一度も経験したことがない。

 自然と鳥肌が立つ。

 目の前にしながら誰にも表情は悟られない。

 恍惚な顔をしながら満足になるまで受け止める。

 十分に堪能すると、両手で歓声を沈める。

 まばらになっても声を発しない。

 完全に沈黙になるまで待つ。

 虫の音が聞こえるぐらいの静寂になり、やっと声を発する。

「私はかつて多くの骸をみてきた。血と肉は混ざり合いそれは悲惨なものだった。だが皆誇りを持って死んでいった。しかし、今はどうだ、血もある、肉もあるがそれだけじゃないか。たしかに国は発展した、だれもがそう言うだろう。多くの工場がそびえ立ち、様々な娯楽が生まれた。確かにそれは認めよう、事実だ。しかし、それがこの国の堕落した現況ではないだろうか。それで私たちは失ったものはあまりにも、あまりにも多すぎた。かつては穏やかな時間が流れながら労を従事し、時には共に歌を歌う光景があたりまえのようにあった。それが原風景だった。豊潤な土地ではないゆえ、常に作物の収穫には頭を悩ませていたことを言いたくなる者もいるだろう、否定はしない。それは我が国が傷つきながらもこの場所に行き着いたことへの運命である。その苦労は私でさえ想像ができないものである。それを考えればこの土地を開墾したことこそが恵みではないか。それに比べ、私は目の前のことに追われそのことを忘却してしまいそうになった。私も時代と共に堕落しかけたのだ。戦乱期ではそんなことはなかったのだ。常に戦のことを考え、戦術を懲らし、指揮官と何日も議論で戦い、兵に訓練を施した。だから負けなかったのだ。運命づけられた土地で奢りのない周到な計画、あの時の私は完璧だった。変わってしまったのは戦後だ。私は目標を失ってしまった。平和にかまけて穏便な日常を無為に過ごしてしまったのだ。そしたらこの様だ、見知らぬ移民に金を預けてしまい変わり果てた姿になってしまった。昔、恋いこがれた女性がどうしたろうと思った時にその場で現れ、陵辱された後のような容貌で物乞いしているのを目撃した気分だ。別に移民の者たちが悪いわけじゃない。各々がこの素晴らしい国に適用すればいい話だけのことである。その中で我が民族よりもふさわしい精神の者がかならず出てくるはずだ。問題はそんな精神を持つ気など欠片とも思わない不届き者だ。すなわち「商人」言い切ることは若干、私もはばかるが仕方のないことだが、彼らは重大な罪を犯してしまった。しかし、法の下で彼らは罪に問われはしない。むしろ、厚顔無恥にも功績を称えよと言い張っている。私はここでふざけるなと言いたい。社会を殺し、労働を殺し、ただ人間を紡績機のような歯車にした奴が何を言う。もしかしたら奴らは何もできない者たちに役に立つ場を与えたと言うかもしれない。ある者は我らが市場を正したおかげでこの国の債務を無くし繁栄させたのだと、彼らは直接は発言しないが心中に抱えているはずだ。で、背けばどうなる・・・・・・地獄に堕ちるぞと、神でさえないのに・・・・・・せいぜい博打の胴元がお似合いなのに。だってそうだろう・・・・・・どこからか降って沸いたようにこの商品が人気がある、はやくしないとなくなるぞと値段をふっかける。しばらくたつとその商品はたちまち在庫の山で価格も暴落、取り扱う商店も倒産。何が市場が正しいだ、ただ勝手に狂乱し自作自演で踊っているだけで高度な生産設備を使った、ただのお遊戯にしかすぎない。自分達だけでやるのならともかく、他人まで巻き込むから困る、根が子供だからであろう。その無垢で純朴さは私も騙され、蝕んだ。戦後、古い考えではいけぬと思い、旧友を捨て新たな関係を結び「浦蔵」など呼ばれ舞い上がってしまった。国民が貧民に落ちるのを目撃しようとも大気が日々、悪化しようとも閉じた貝のように目を塞ぎ、耳を塞ぎ、鼻も塞いでまるでなきものにしてしまった。私こそ背徳者として断罪されなければならない。例え王にどんなに忠誠を誓いをたてていても無論、許されない。つまり残り僅かの命、どんなに尽力を尽くそうとも贖罪にはならない。それでもやらねばならぬのだ。そうしなければこの国が悪に落ちてしまう。だからこそ、この瞬間から悪の脈動をせき止める役割をやらせて貰いたい。幸いながら神にそのための力を得ることができた。神にとっては微力だが人類にとって有り余るほど甚大な力だ。昨晩、神の啓示を受けた。皆が王の下で忠誠を誓い、思いを束ねればやがて道は開けると。そこで証拠をしかと活目していただきたい、しばし黙って目を閉じて下を向いて私がいいと言うまで待ってほしい、では!」

 ざわつく声がだんだん静寂に移行する。

灰蓮は見上げて壇上にいる督棟に矢を射ぬくような視線を向ける。

督棟もその殺気に気づいたか、遠くから灰蓮を見つける。

「もう、これは運命だ」

 督棟は声を出さず口の動きだけで言った。

 口は子供のような純真な笑み、鼻から上は長くにわたり硬直がやっと溶けたぎこちない喜びの表情。

 間違いは指摘しにくいが不自然なのはあきらかな顔がそこにあった。

 その顔を崩さないまま右腕を水平に出す。

 手は人差し指のみ立っている。

 指す方向から光りが滲む。

「皆、顔を上げよ!」

 言われるがままに皆が顔を上げる。

 それ以外にひねくれた者は灰蓮のように督棟の言うことを聞かず、目を開けていた。

 そのような者たちはいち早く知ったにも関わらず微動だにしなかった。

 何もできなかったのだ。

 日常ではありえない。

 いつもなら太陽が沈む方向。

 そこから海が見える水平線から太陽が昇る。

 皆はおとぎ話の中にいるような感覚を陥る。

 神々しさに呆然とするしかなかった。

「惡ー、ー、ー、ー!(おー!)」

 どこのだれかが、男であることは間違いない雄叫びを上げる。

 人間であるが人間的でない、あまりにも動物的本能に基づいた叫び。

 都市に抑圧され、忘れ去られた鼓動。

 皆が次々と歓声が沸く。

「うるせぇ!」

 督棟は背後にいた歓声を上げかけた男を殴り倒す。

 素早い腰の回転に鋭い腕の振りがぐしゃりとえげつない音を立てた。

 倒れた男に追加で蹴りをいれる。

「胸くそ悪い!」

 督棟は吐き捨てる。

 督棟と灰蓮の中心に小さな円ができる。

 横では灰蓮が肩を震わせ、今にも吹きださんばかりの笑いをこらえていた。

「何がおかしい」

「悪い、ただあまりに滑稽だから」

「俺がか」

 怒りの矛先ができたとばかりに右腕を新たにゆっくりと拳をつくりながら鳴らした。

「違う、浦蔵がだ。だってそうじゃないか、とんだ三文芝居だ。演出家としては二流だ・・・・・・・・・・・・舞台装置は大がかりだが、あまりに自分自身に酔いすぎて興ざめだ。もっといい役者を代理に立てるべきだ」

「やらせろとでも言いたいのか」

「まさか、誰がやろうとも三文芝居さ。それがわかってやるほど俺も馬鹿じゃない。それに・・・・・・」

 老人が人混みを割って、中心に近づいてきた。

「脚本が三流・・・・・・そう言いたいんだろ」

 真洛だ。

「そうだ」

 灰蓮は同意する。

「ふう、やっと会えた。調度いい状況らしいな。まあ、出資者の擁護をさせていただくと大多数の人間にとって前衛的な舞台なんぞくそくらえだ。ましてや脚本なんぞ陳腐で古くさいほうがいい。誰も新しいことなんぞ望んどらん」

「民衆は口では新世界を望むが事実は旧来以前を渇望している」

 人の趣味の悪さを指摘するように督棟はうんざりした顔をする。

「そうだ」

 真洛は深く頷いた。

「破壊と創造・・・・・・言うはたやすいが、破壊後の姿の時点で創造などできてやしない。創造する過程など考えたことなどない。しかも創造する姿は全てが借り物」

「わかってるじゃないか。絵画や自然現象のからうじて視覚的情報からしかその気にならない」

「不憫だな」

 灰蓮は人間の不自由さに哀れむ。

「まったくだ」

「俺の未来についてくればいいものをそれさえもわからぬのか」

「残念だがそれも夢想に終わりそうだ」

「何!?」

 それは聞き捨てならないとばかりに真洛の襟を掴み乱暴に引き寄せる。

「あまりに無計画過ぎることに出資者もそろそろ気づくころだろ。何せ大陸の開発の現状と株式の価格に程遠いからな。このままじゃと貨幣にまで信用がなくなり紙幣を刷りつづけなければならん。そうなるとこの国の成長も水の泡じゃ」

 真洛は体制を崩されたが堪える。

 そして一寸の淀みもなく理由を地面に吐き捨てる。

「さっき浦蔵を出資者と言ったな内通者はお前か」

 督棟は真洛の奥襟を持ち、顔を向かせる。

「いかにも」

 真洛は督棟に唾をぶちまけて肯定する。

「よほど殺されたいらしいな」

「別にもうすぐ尽きる命、惜しくはない。そもそもお主のやることに何も妨げることをしとらん。むしろこれまで貨幣の信用を崩さぬよう長い間、やれる範囲で安定するよう勤めてきた。浦蔵にだってそうだ。依頼どおりの仕事を進めただえけで後は少し参考程度を提言するぐらい。やってたことは楽しかったがな」

 真洛は脅しにも屈せず胸を張る。

 むしろ調子づいてきたか饒舌になる。

「あんたのことは前々から調査しておる。元々が喧嘩屋の無勢が国を動かそうなんぞちゃんちゃらおかしい。わしを殺すのは勝手だが、ぼやぼやしてるとお主の身体も骸にされてしまうぞ。なんせ誰もが知る資本家だからな」

 真洛は高笑いをした。

 督棟は怒りを露わにする。

 顔は皺を寄せ、歯をぎしぎしさせる。

 腕を振るわせながら、痣のある利き手は指をこねる。

「まだ判断するのは早計だ。お前の意見が嘘やもしれん」

 挑発に乗り殴り倒すのは簡単であるが、相手が望むことをするのがより腹立たしかった。

 同時に視覚の端に動く物体を認識する。

「それは同意しよう。予測したといえそれが真実でないやもしれん。研究分野では多々あることだ。実際問題、今日までわしも半信半疑だったし、後に間違いを犯す可能性だってある。しかし希代の自信家に言われたかないがな」

 督棟は真洛の話に興味を失う。

 きびす返し灰蓮の肩を持つ。

「逃げるのか」

 督棟は顎で方向を指す。

「あれをどうにかするんだろ」

 龍が城の背後から姿を表す。

「龍だ!」

 ひねりのない表現だが言わずにはおられない。

 また歓声が沸く。

「とりあえず、あいつを対処しろ」

「あんたのためじゃない」

「知ってる。だがあれをとりあえず収拾しないことには始まらないだろ。ただでさえ調子づいて胸くそ悪い」

「おまえさんの師は赤と黒の両方を賭けたかもしれんな」

「ためらいはあるのか?」

 督棟は左の拳を灰蓮の胸に軽く打つ。

「ない」

「ならいい、お前がやられたら俺は死刑。お前も国家反逆罪で汚名を被る」

「たとえ勝ったとしても苦難じゃぞ。この国家の未来は不透明、龍使いの存続も危うい。一兵士なら普通は流されるがままだ。よく天下国家も語らない者なのに岩のように頑固でいられるな」

 勝敗よりも覚悟を試す。

「納得できないまま流されるのに恐怖を覚えただけだ。地道にそれを全ての人間に知らせたい。人は同じことしても違う解釈をするし、同じ言葉を使用しても価値観が違う。だからこそ一人一人が自分が必要だと思うことを問う必要がある。施政者は国を引っ張ることじゃない、束ねることだ」

 平常時であれば耳を赤くするだろう。

「それはあまりに困難な道のりじゃぞ」

「真の夢想家だな」

「理解している。これをあそこで言っても総すかんを食うだろうね。そもそも俺は政治家じゃないし、最近まで無関心だった男さ。しかし、俺の信念の妨げるのであれば排除するまで」

 心を蓋にしない人生初の決意表明、もう戻ることはできない。

「それが今か」

「始まりだ」

 壇上から王が兵を引き連れて現れた。

 貴金属をあらゆる箇所に装飾され、衣装がなびくごとに華麗に照らされる。

 後光が背中を押していた。

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