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第四章

 いつまでも続く闇、どこまでも続く闇。

 視覚は閉ざされ、残り四感が研ぎすまされる。

 机に肘をついた時、冷たい感覚から皮膚の温度に変わるまで刻一刻とわかる。

 犬の鳴き声、猫の鳴き声、木の葉がすれる音、隙間風が通る音、意識しなかった雑音がそれぞれが際だつ。

 朝食、娯楽に乏しい闇では食事はとても重要な楽しみである。

 干し肉、蕎麦、漬け物いつもよりも長く噛みしめる。

 にじみ出るように味が広がる。

 暇になると訳もなく靴を脱ぎ足の爪垢の臭いを嗅ぐ。

 どうしようもない臭気が生きている証拠である。

 これらをやっているのが誰というわけではない、誰もがである。

 煙日。

 煙に巻かれ一寸先は闇、事実は多い隠される。

 だが真実が見える日。


 胸のざわつきを持ちながら灰蓮は一人、自宅にいた。

 何もできないので軽い運動で汗を流す。

 そんなことでもしなければいざという時に身体が動かない。

 どうしても運動量が少ないので食事もいつもより制限する。

 必然的に孤独と向き合うことになる。

 次第に独り言をぶつぶつ言い始める。

 脳内に浮かぶ脈絡ない言霊が降って湧く。

 何もしなければ取り憑かれるとこの国では信じられている。

 煙日では特にそうなので呪詛を唱えることで己を守る。

 そこに扉を叩く音がした。

 灰蓮は壁に立てかけられた短槍をちらりと見る。

 訳もなく人に刃を沈み込ますのを想像する。

 荒ぶるのではなく神経を研ぐ感覚、行き場のない妄想。

 灰蓮はその感覚を消し、灯が点った蝋燭の燭台を片手に持ち扉を開く。

 そこには細身で長身の男が立っていた。

「兄者!」

 表情は煙に巻かれわからない声でわかった。

「久しぶりだな」

 低く抑揚のない声が響く。

 龍使いにしては向かない体格、常にぎりぎりの体重の管理を強いられる。

 窪んだ目から漏れる鋭い眼光、誰にも物を言わせない凄み。

 ただ、それだけで人々を納得させる雰囲気がある。

「すぐに準備しろ」

 紫落は捨てぜりふのように言った。

「急だな・・・・・・ここじゃ駄目か?」

「駄目だ」

 灰蓮は嘆息した後に言った。

「・・・・・・わかった。準備して行こう」


 扉から外はまさに別世界。

 霧の闇に誰とも交わらないのはまるで無人の都市。

 時の終末とさえ感じさせる。

 灰蓮はそんなこととは別の驚きを感じていた。

 遮られた視界の中で柴落は何の苦もなく進む。

 後ろからついて行くだけの灰蓮でさえ恐怖で足が震えるのにだ。

 我慢しきれず灰蓮は聞いた。

「大丈夫なのか?」

 柴落は後ろを振り向かずに言った。

「問題ない」

「何故?」

「いまのところ何もないだろ」

 灰蓮の顔が青くなる。

「直感か!?」

 叫んだ瞬間に柴落は立ち止まる。

 急な反応に対応できず灰蓮は柴落の背中にぶつかる。

 灰蓮は柴落が怒ったかと思い、子供が大人の顔を伺うようにのぞき込む。

 柴落は無表情で言った。

「着いたぞ」

 扉を開いた。


 中に入ると虫の羽音が聞こえる。

 柴落はその音につられるように進む。

 立ち止まり何かを押した。

 腰にある小さな麻袋を広げ、手を突っ込みばらまいた。

 すると緑の光が広がった。

 壷の形が確認できる。

 緑虫だ。

 緑虫は餌を食べる時に大きな緑の光を出す。

 蝋燭よりも安価なため広く扱われている。

「餌は上の棚だ」

 灰蓮は木の棚を開くと柴落と同じ麻袋があった。

 それを手に取り軽く振り確かめる。

 あることを確認すると腰に取り付けた。

「檻もだ」

(最初から言っといてくれ)

 硝子の檻を棚から二つ棚から取り出し、片方を柴落に渡す。

 檻に餌を入れ、それを壷に突っ込む。

 しばらくそのままにして檻に緑虫が溜まると蓋をする。

 蓋に小さな穴があり、そこから餌を撒ける仕組になっている。

「いくぞ」

 柴落は地下への梯子に手をかけていた。


 石炭発掘後の洞窟。

 産業革命の土地開発までは盛んな産業であった。

 土地開発が始まると発掘が邪魔になったために発掘後の迷路だけが残った。

「相変わらず埃臭いな」

 灰蓮は鼻をつまみ言った。

「国民登録されてないやつらがここで集っている」

 柴落は檻に餌を撒きながら言った。

「なるほどね、配給を受けられないからか」

「そうだ」

 二人は歩きだした。

「この国はいつの間にやらいろんな奴もんだ」

 灰蓮は嘆息する。

「工業化が進めばあらゆる地域から流入してくる。現に訛りがきつい言葉やまったく聞いたことのない言語がいささか聞けるようになったよ」

 柴落は自嘲し、すぐに真剣な顔をする。

「俺はそれ以上許す気はない」

(誰もあなたに許されようと思っちゃいないよ)

 そんな言葉が灰蓮は思い浮かぶ。

「龍関係の奴らは顔を見せなくなって寂しそうだったが」

「そうでもないさ」

「えらく自信があるな」

「わかってくれる人間なんて少数でいい。そいつらさえ理解すれば後は些細なことだ」

「そこいらのいい加減さと度胸は欲しくなる」

「こすい根回しは俺には向かない、少数の腹心と疑心暗鬼でも賛同する奴がいればいい」

「俺は後者だな」

「直感が鋭くとも耳でふさぐからだ」

 灰蓮はちくりと胸が痛む。

 会話が止まると足音が洞窟内に鳴り響くのがよく聞こえる。

 足に強い感触があるとまるで人間の骨でないかと勘違いしそうになる。

(たしか死体安置所があちこち点在してるって聞いたな・・・・・・)

 そんなことを灰蓮は思っていると、前方から高音の奇声が聞こえ、すぐに灰蓮たちの上空に何かが通り過ぎた。

「うわぁっと!?」

 灰蓮は思わず声を上げる。

「心配するな、蝙蝠だ」

 柴落は冷静な声で言った。

「柄にもないことを考えるんじゃないな」

 灰蓮は指で手の汗をいじる。

「何だ?」

「俺の先祖達が殺した死体が恨んで一斉に俺に襲いかかると一瞬思っちまった」

「あるわけ無いだろ」

「移民のあんたならそんな心配ないだろうな」

「嫌みか」

「一言言いたくなるね」

「まあいい」

 そう言うと柴落は立ち止まる。

 すぐ側にある木の扉を押した。

 光が部屋から満ちている。

 それに誘われるように二人は部屋の中に入っていく。

 小さな部屋にせせこましいく五人が座っていた。

「連れてきたぞ」

 柴落の声と同時に五人は一斉に立ち上がり左手を前に突き上げた。

「誰だ」

 灰蓮は言った。

「革命の同士達だ」

 柴落は言った。

 どことなく力強く聞こえる。

 灰蓮は革命との一言に軽い立ち眩みを覚えた。

「志が高い」

 部屋の中にいる者達の顔がぱっと明るくなる。

(誉めているわけじゃないんだが・・・・・・)

 灰蓮は胸中で呟いた。

 そんなことも知らずに柴落の同士の一人が握手を求めてきた。

「お会いできて光栄です」

 若い男で身なりを見るかぎりどうやら軍の関係者でもなさそうだ。

 灰蓮は握手をした。

 いつのまにか周りに灰蓮は囲まれていた。

 一瞬の緊張が走る。

 すると囲んだ柴落の同士達も握手を求めてきた。

 灰蓮はそれぞれに応える。

 殺意や罠にはめるようとする殺気も嫌だが、好奇心に溢れた行動もそれはそれで恐ろしい。

「こんな連中どうやって集めた」

 灰蓮は柴落のほうを見やる。

「いまの現状を不満に思う奴は多くいる。集めるだけならたやすい」

「兄者、あんたが集めたのか」

 柴落はかぶり振る。

「違う、今回の首謀者は浦蔵だ。浦蔵が集めた」

「じゃあ、あんたがしているのはなんだ?」

「その計画に乗っているだけだ。乗っ取ろうとしたが失敗をした」

「もう少し恥ずかしがっていいじゃないか」

 抑揚のない喋りのわりに過激になる言葉は灰連を苛立たせた。

「実行段階にある計画の主導権と未来の主導権で揉めただけだ。計画の全容に相違はない」

 どんな言葉も無表情は変わらない。

 まるで他者が存在しないように。

「龍使いの末裔と戦中の名軍師で現在名ばかりな商人、どちらが俺にとって得になる」

「自分で考えろ、ただどちらにしても今よりも損はしない」

「強制はしないんだな」

「民舞との約束だからな」

「そこまで律儀だったか」

「重要視しなだけだ。ここに連れてきたのはこいつらの要望だしな。言っておくが浦蔵のほうがお前を必要としていない」

「違いは何だ?」

「違いか、大したことではない。今の王が本当の王になるか俺が王になるかだ」

 灰蓮は吹き出しそうになる。

 身内の肥大化した野心に驚きといささか呆れた。

 一番最初に握手した男が睨み付けている。

 灰蓮ではない、柴落を。

「乗っ取りはこいつに止められた」

「すごいな名前は?」

「浅風です」

 中肉中背の特に特徴もない男が名乗った。

「覚えとく」

 そう告げたものの明日になったら忘れそうだった。

「光栄です」

「早速聞くが浦蔵は自身が王になるのではなく、今即位している王が本当の主権を手に入れ主導者となるのが目的なのか?」

「乱暴なまとめ方ですがそうです」

「浅風はそれに賛同していると」

「はい」

「柴落では駄目なのか」

 浅風は鼻でも鳴らしたような顔をした。

「私はふさわしくないと思います」

「では浦蔵の傀儡政権がいいのか、それとも王自身が引っ張るのか・・・・・・君はどう思う?」

 浅風は曇った顔をした。

 灰蓮は無意識のうちに昔、歴史を習った教民舞と同じ口調で喋ったことに気づく。

(別に彼を追い込むつもりはないんだ)

 自戒を言い聞かせる。

 浅風の返答する前に柴落が割って入った。

「だから俺がそれを引き受けようとしているんだ」

「どうやら嫌がっているが?」

「それは正しくないからだ。今現状が思わしくないから昔に戻ろうとする。だが昔の失策が現在の状況を呼んだ」

「それが一番の相違点か」

「そうだ過去の栄光の権威が正しき権力ではない。有無を言わさずやる力があるが正しき方向の力ではない。偽りの後光を背負った俺が断言できる」

「それなら俺も同感だ。ならあんたならどうそれを示す」

「俺が王になれば正しき方向に力を入れることができる。たとえそれができなくとも、よりふさわしい人間が投与される社会構造を組み込めば永続的な社会がきっと出来るはずだ」

「ふさわしいかふさわしくないかを誰が決める?」

「個々の分野で優秀な人間を選出すればいい。なんなら試験でも実施すればいい」

「さっきから聞いていれば国民という言葉がでてこない。国民は何をすればいい」

「それを引っ張ることが俺たちの使命じゃないか」

「俺たち?俺は全くそう思ってないが」

「そう思ってなくともそれは運命られた義務だ。大衆が誰かを賞賛しようが罵声を浴びせようが大衆は将来の未来を見いだせない。逆に大衆は大衆であることに安堵し停滞する。だが大衆を見下すのではない、だからこそ選ばれた人間が未来を創りださねばならない」

「違う」

「違わない、現にここにいる者達も誰かに未来を創造することを欲している。たとえそれが俺でなくともな」

 灰蓮はここにいる者達を見回す。

 目に映るのは自身のなさそうな顔だった。

「それでも俺は違う」

 灰蓮はそれでも拳を握りしめる。

「誰もが未来を創造できるはずだ。だが皆がその素材を提出せずに無言で物欲しそうに見ているだけだ。この一連の事件でそれが理解できた」

 名も知らないこの国の人々を思い浮かべながら言った。

「見損なった。こなにも青臭い人間だとは思わなかった」

「まさか革命家にそんな言葉を頂くとはついこの前まで考えもしなかったよ。それも自分の近い人に」

「だから民舞がお前を後継者に選ばれたんだ」

 柴落は笑みを浮かべた。

 憑き物が落ちた顔をしている。

「待って下さい!」

 浅風は慌てて声を出す。

「あなた達はそれでいいかもしれないが俺達が困る」

「何故困る」

 柴落はやはりそっけなく言った。

「浦蔵は王と竜をもう一度本当の姿に戻すことが本当の国家になると言われて俺達はそれに賛同したんだ。それなのに竜使いの末裔の最後の二人がそれを拒否している」

「あてが外れたな」

 灰蓮は他人ごとのように言った。

「柴落さんもいいんですか!?」

「仕方ないだろ。時間がなかった」

「もっと早くできたはずでしょ!?」

 浅風は語気を荒げる。

「民舞との約束だからな」

「そんなに約束が大事なんですか契約でもないのに」

「契約はその場限りだが、約束は人間関係が続く限りそれを信じてどんな人間でも約束を果たす努力しなければならない。でなければ未来に続かない、少なくとも昔の人間はそう考えていた」

「浦蔵もそう思っているはずだ。でなければこんな時期まで誘うのを待つはずがない」

 浅風は口を紡ぐ。

「君が賛同した未来はそれを背負うことでもある。もちろん俺達もだがな」

「自由は狭い、思っているよりもずっと・・・・・・必然の連続のように感じる」

「わかりました。では灰蓮さんは私たちの計画には乗れないと・・・・・・」

「ああ・・・・・・」

 決定的な言葉が重い空気に変容する。

 この空気にしてしまった灰蓮は間接的な責任感を感じつつ逃れようとしようと口を動かす。

 そこから出た言葉は内在したあまりに素朴な疑問、口にした瞬間に纏まった。

「あんた達は浦蔵が何をするかを知らされているのか?」

 皆の身体が硬直するのがすぐにわかった。

(図星か)

「俺は知っているがな」

 柴落だけが答える。

「だろうな」

 灰蓮は言った。

「俺達は・・・・・・」

 聞き馴れない声、震えた声が部屋に響く。一斉に声の方に皆が振り向く。

 いかにも小心者な男だった。

 視線を向けられより震えあがる。

「陣辰・・・・・・」

 浅風が心配そうな声をだす。

「知っているんだ皆が浦蔵の計画があろうがなかろうがそんなことどうだっていいんだ。希望さえあれば生きていける。しかしどうだそんなのないじゃないか・・・・・・紛い物の産物で結構それが生きる糧ならばそれに縋るしかない・・・・・・この計画を知るまで、水売りをしているが水は透明だけどそれが煙日の煙のようにいつも濁って見えたんだ・・・・・・周りが賑やかなら尚更さ・・・・・・煙日のほうが幾分ましさ・・・・・・正直に見えるから・・・・・・」

 自分に向き合い普段なら紡ぐことのない言葉が陣辰から発せられた。

 これも煙日の作用である。

「そうだな」

 浅風は諦めたような声を出す。

「計画から降りるのか?」

 柴落がここで初めて焦りがでた。

「反対だ。決行する決心ができた」

「ならいい」

「考え直せないのか」

 灰蓮は半ば諦めていたがそれでも説得しようとした。

「直すも直さないもない。選択肢なんて元々ありはしない、馬鹿にしても構わない」

「馬鹿にしない」

「大馬鹿だよ俺達、思慮深く利口だと思いこんでいたんだ。浦蔵が密告者を恐れて言わないだけと思いこんでたんだ・・・・・・もし反勢力を潰す側であれば芋蔓で引っ張り上げる恐れだってあったんだ」

「奴はそんなことしない」

「そんなことどうだっていい。ただ自分が感情のまま動いたことに気づいても何も変わらないことさ、まるで依存症の患者だよ・・・・・・」

「まだ、間に合う!」

「あんたじゃ駄目だ。欲しているのが真実の先にある不安よりも紛い物の希望だから・・・・・・だからすまない」

「くっ!?」

 浦蔵は見越していたのだろう。

 人を動かすことにおいてのきめの細かさに灰蓮は舌を巻いた。

 意図しない、いつのまにやら現実を舞台にされ自分が演者にされる。

 演出家に蹂躙されることを拒否することができなくなっている。

 脚本も舞台装置もわからずとも客からみれば筋書きがある自然な演劇。

 浦蔵が望む理想の演劇像が灰蓮にはちらりとみえた。

 だがどうすることもできない。

「邪魔しないで事が終えるまで、ここにいてもらえませんか」

 浅風は言った。

「それはできない相談だ」

「では死んでもらいます」

 柴落以外の者達は武器を持って灰蓮を取り囲む。

「煙日前に浦蔵は俺を生かすと言ってくれたがな」

 言いながら灰蓮は左足を少しだけ前に出した。

 周囲はびくつく。

「殺しても問題ない、事故ですませられる。そいつがいると後々が面倒だ」

 柴落が後押しして焚き付ける。

 再び士気が上がり、武器を握りしめじりじりと歩みよる。

(さっきまで柴落を肯定してなかったじゃないか)

 その場、その場の都合のいい解釈だったが灰蓮は納得していた。

 こいつらが欲しているのは自信と権威だ。

 そうなると現場にいる最高意志決定者は実質、柴落でありその命令が一番確信が持てるのである。

 延長線上で言えば柴落はこいつらを飼い慣らすことなど容易である。

「理解した・・・・・・ここからはあんたは俺達の反勢力だ。失礼だが死んでもらう!」

 浅風は吠えた。

(失礼?とんでもない)

「やー!」

 誰かが叫び声を上げるが武器を振れずにいた。

 躊躇した瞬間を灰蓮は逃さなかった。

 くるりと振り向き、頭をすこし下げ相手の脇に向かってすり抜けると、そのまま扉を蹴りぶち破った。

 灰蓮は勝算が十分にあった。

 浅風が「死んでもらう」と発言した瞬間、周囲は絶対に灰蓮を殺さなければならないと心理的に思い込んでしまった。

 最上級の言葉は皆が灰蓮の頭部を狙いを定めてしまっていた。

 羽交い締めにして取り押さえる可能性だってあったはずである。

 しかし、それを選択しなかった。

 戦いに慣れていない人間がいざ殺そうとしてもできない、恨みもない人間ならなおのことである。

 そしてこの人数、誰もがやると思いが誰もやらないのが結果。

 わかったことはどうやら浦蔵は戦闘員をかき集めているわけではないらしい。

 数合わせの人員、灰蓮はそう理解した。

 灰蓮は後悔した。

 緑虫を確保できなかったことにだ。

 視界を確保ができず慎重に逃げざるおえなかった。

 それでも周囲の壁にぶつかり、躓きそうになる。

 追っ手の気配はないが集中を切らさず常に敵を察知しようとする意識を保つ。

 片方で迷路の出口を探すことを思案する。

 期待できるのは不法滞在者が近くに潜んでいることである。

 手っとり早い方法は大声をだすことであるが、追っ手に気取られることは否定できない。

 もっとも、声を出したからといって不法滞在者が接近するとは考えにくかった。

 歩くうちに黴び臭い臭気を立ちこめてきた。

 しだいにここで窒息するんじゃないかと不安に駆られる。

 退路を考えずにのこのことついていくのはやめようと灰蓮は思った。

 逆に考えれば次があると楽観できる余裕ぐらいは残っていた。

 その時である。

 聞き覚えのある羽音が聞こえた。

 後ろを振り向くと緑に光る道ができていた。

 腰に付けた緑光虫の餌袋に触れる。

 手で探ると若干、穴は開いていた。

 何かの拍子に袋が破れたらしい。

 餌袋を握り減り具合を確かめる。

 まだ、十分にあった。

 餌に集る緑光虫を睨む。

(こいつらを捕まえれば!)

 餌袋を開けた。

 緑光虫が餌袋に我先にと突っ込んでくる。

 すぐに袋の中は満杯になり、これ以上駄目とばかりすぐに縛った。

 餌袋の開いた穴を右手で塞ぎ、左手で持ち上げる。

 前方に緑の光が照らされた。

 熱のない光、にもかかわらず灰蓮は確かな温もりを感じた。

 しだいに灰蓮の歩調が早くなる。

(これで帰れる・・・・・・)


 灰蓮は外に出た。

 新鮮な外気が肺に吸い込まれる。

 どの場所にいるかもわからず、とりあえず近くにある扉を叩いた。

 近づく足音が聞こえる。

 この国の人間なら誰しもが自分の顔を知っているはずと思い灰蓮は安堵しかけた。

 その時、はっと気づき声を上げた。

「すぐに開けないで!」

 おそらく灰蓮の顔は地下で迷ったおかげで自身の顔がまっ黒になっていると睨んだ。

 事実そうであった。

 いきなりの顔見せはまるで泥棒と間違われてしまう。

「いきなりなんだい?」

 どうやら声から中年の女性らしい、来客のせわしなさに迷いと鬱陶しさを含んだ声が聞こえた。

「心配しないで下さい、物取りの類じゃないんです。たださっきまで地下にいまして、黒ずんだ顔をお見せすると驚きすると思い一時、止まるよう言いました」

 灰蓮は自然と敬語を使う。

 目上の人間にもさほど使用しないのにである。

 それが荒れくれ者だった集団の名残である。

 ただ一市民の女性に龍は乞いていた。

「わかったからお上がりよ」

 扉が開いた。 

 

 月の形は三日月、こんな夜はそんなこと誰も興味をしめさない。

 しかし、普段の満潮よりも水位が高い。

 それは革命の序曲か。


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