第三章
灰蓮は空を見上げていた。
煙がもくもくと上がっている。
灰蓮が着陸したことを示す発煙筒の煙。
救援を待つ。
もうすぐその煙も消えるだろう。
死体と共に過ごすしばしの時間。
死因は落馬による頭部の強打というとこだろう。
頭にべっとりと血が塗られている。
(会話もできないこいつは何だ?)
灰蓮は命がけで駆けつけた結果がこのような決着とは拍子抜けした。
民舞を殺す理由も聞けずにあの世に逝ってしまった。
灰蓮の目論見は完全にはずれた。
無用となった槍は大地に刺さっていた。
相棒の黄欧は胸焼けを治めるために草をむしゃむしゃと食べている。
人より龍のほうが体温が高い。
灰蓮は黄欧に身体を預けて暖める。
瞼が重たくなる。
そして眠りに誘われた。
灰蓮は肩を揺らされた。
目を覚ますと二人の兵士が立っていた。
迎えがきた。
どうやら眠っていたようだ。
感覚的にあまり時間がたっていない、それはわかった。
念のために太陽の位置を確認する。
陽は落ちきっていないが海の方角に大分傾いていた。
兵は敬礼した。
「先鋒として参りました、龍を回収する別働隊もやがて
くるでしょう」
龍にもたれながら灰蓮は敬礼する。
手を下ろして立ち上がる。
「徹夜作業になるな」
龍を都市の頂上まで運ぶことは軍を総動員して、とても骨の折れる作業である。
尻の汚れを叩く。
「やりましたね」
兵士の片方が嬉しそうに言った。
灰蓮は怪訝な顔をする。
「どうかしましたか?」
灰蓮は言葉を選ぼうとするがいいのが浮かばない。
それでもぶっきらぼうに言った。
「俺の手で殺せなかった……事故だった」
「そんなことありません」
もう片方の兵士が即座に返す。
灰蓮は言いかけたがやめた。
(期待された言葉以外ゆるされないのか……)
灰蓮の胸中に苦しみが広がる。
「ああ、俺が殺った。後ろから心臓を一突きさ、あまりにうまくできすぎて、しばらく馬が死体を乗っけたままでそれを追っかけるほうが大変だったくらいだ」
灰蓮はやけくそに言った。
嘘を吐くと舌が滑らかになる。
「あいつの振り向いた時の表情は実に傑作だった。目がひんむいたように大きくして、飛び出さんばかりに大口を開けていたんだ。肉屋でそのまま吊るしていれば豚と並んでいても絶対に違和感がないね。客も買っていっちゃうよ」
灰蓮の法螺話に二人の兵士にぱっと明るい顔をする。
逆に灰蓮の心は空虚になっていく。
(英雄も大変だな……)
「でも、煙日の前に解決してよかった」
「ただでさえ心が暗いのに、未解決の事件を残したんじゃさらに暗くなるしな」
「まさにお見事!お話の定番ですが仇討ちって案外成功しないもんですよ、それがまさに今日なんて」
「さすが生ける伝説龍使い」
二人の兵士の会話を灰蓮は作り笑いを浮かべ聞いていた。
「こんなことも無ければ本当の伝説になってしまうしな」
灰蓮の言葉で三人は笑い声があがる。
(だが、それは真実だ)
灰蓮は思った。
「さて、先に帰っていいか」
灰蓮は言った。
二人の兵士は顔を見合わせた。
「僕たちはあなたと一緒に凱旋することを楽しみにしてたんですよ」
「今宵、宴があってな」
「宴?」
「今日のことを祝ってくれる人がいるにのさ」
灰蓮はにこやかに微笑む。
しかしまだ兵士たちは把握できずにいる。
「そんな方いるんですか?」
「いるんだよ……それが」
灰連は暗い顔をした。
(絶対待っている……)
この国が闇に包まれるまでまだ遅い。
灰連は龍と死体は兵士の二人に任せ、馬を借り大商人の屋敷の前にいた。
(本当に宴の時間に来たな)
灰連は屋敷の門の近くにある鐘を鳴らす。
しばらくすると執事がやってきた。
執事は門の鍵を開ける。
「お待ちしておりました」
執事は言った。
(やはり……)
執事の一言で灰連は確信した。
「手綱をお持ちします」
「すまない」
執事に手綱を預ける。
庭はそれほど大きくはなかった。
そのかわりに植物の生育の管理、草の刈られかたなど末端まで行き届いていた。
門をくぐり、大きく曲がるとすぐに屋敷が見えた。
屋敷の前に男が立っていた。
髭を蓄えた長身で白髪の男がいた。
「久しぶりだな、待っていたよ」
「王の誕生祭以来ですね」
「そうだな……その馬を軍に返しといた方がいいな、帰りは私が馬車を手配しよう」
灰蓮に緊張が走る。
「心配するな。馬鹿な位にいる馬鹿野郎さ」
大商人は素早く察する。
流石にあまりの仰々しい位がいつの間にやら侮蔑を含みがあるのは知っていた。
名は浦蔵。
「お願いします」
信頼したわけではないが面倒だと思い委ねた。
「だそうだ」
してやったりとばかりの顔をする。
「かしこまりました」
執事は馬の手綱を引き去っていく。
「さて、私がお招きしよう」
「恐縮です」
屋敷の中はとても広かった。
中央に螺旋階段が設置されている。
「こっちだ」
灰蓮が螺旋階段を眺めている間に大商人が手招いている。
部屋の左側、浦蔵は扉を開けた。
浦蔵みたいな「あがりの人間」にとってこの瞬間が言葉にならないほどの喜びであった。
最高位まで上り詰めた人間にとって、権威を振りかざすことや部下を屈服させることは喜びではない。
少なくとも好き好んではやらない。
やるとすれば過剰な不安感や義務感でである。
そんなことよりも将来有望な者を手招くことが重要であった。
執事や使用人のように自ら扉を開く。
自信の心は寛容な人になりきっている。
それで相手の心を開き、話し合い、思想を植え付けることができればと考える。
もちろん相手はそんなこと知ったことではない。
灰蓮は中に入る。
「待っていてくれ」
灰蓮は背後からの浦蔵の声に振り向きうなずく。
すると浦蔵は扉を閉めた。
いかにもな応接間、残された灰蓮はあたりを物色する。
正面に窓が二つあり外は薄暗くなっていた。
中央に椅子が四脚に机が一台、木の材質も同じで木目が主張している。
右手には煉造りの暖炉、すでに火が灯っていた。
周囲が暖かい。
左手には栄光の数々が飾られていた。
真ん中には肖像画が立て掛けてあり、その周りに勲章や宝剣、小刀が机の上に置かれていた。
他にも他国の木彫り民芸品、自国の低温で焼かれた昔の器、宝石、宝玉なだが目が休まらないほど陳列されていた。
「ご主人様!?私がやります!」
女性の声が聞こえきた。
「いや、大丈夫だ!」
扉の外でなにやら、押し問答しているようだった。
「私の仕事を取らないで下さい」
「ちゃんと給料は払う」
扉が開いた。
浦蔵は片手で盆に急須と茶碗を乗せ入ってきた。
「以外に中では権威がないんですね」
灰蓮は調度品をなめるように眺めながら言った。
大商人は困った顔をしながら返答する。
「つき合いが長いからな、遠慮がないんだよ」
盆を机の上に置く。
「ここにいる時間が長くにつれ若干、性格も変わったかな?」
「そうなんですか?」
灰蓮は奥にある茶色い器を気に入ったか手に取る。
「自分のことなんて一番わからん」
浦蔵は急須にある茶を茶碗に注ぐ。
「こっちにこないか?」
大商人の言葉に応じ、器を戻し灰蓮は立ち上がり机についた。
「さぁ」
浦蔵に差し出された茶、灰蓮は茶碗を持ち上げ薫りを楽しむ。
「いただきます」
そう言うと灰蓮は茶を飲んだ。
しつこくない苦みと香ばしい味が口から広がる。
「流石、あまり口にしない味ですね」
「他国から取り寄せた物だ。毎年取れるものじゃない茶葉らしい」
浦蔵も自ら煎れた茶を飲む。
「ご家族がお見えにならないのですが」
灰蓮は軽く牽制した。
「旅行に行かした」
浦蔵は顔色変えることなく茶を啜る。
灰蓮は何も言わずじっと見つめる。
「奴の最後はどうだった」
浦蔵は灰蓮の顔を合わさず呟く。
「落馬による頭の強打で死亡……殺人の動機はわからずじまい」
「よくやった」
静かな声で言った。
「どちらがです?」
「どちらもだ」
「あなたは自分の右腕を失っても、それをよしとするのですか」
「死ねと言えば死ぬ人間でなければ右腕なんて呼べやしないさ」
「今回の件、どこまで知らされたのです彼」
「ほとんど知らされてない。それが人情ってものさ、それにすべてを知れば判断が鈍ることだってある。彼にとってそれはないと思うがな」
続けてぽつりと言った。
「本当によくやってくれたよ」
灰蓮は言った。
「これからおこる件、教えて頂けないでしょうか」
晩餐が始まった。
宴にしては質素だった。
茹でられた温野菜と 灰蓮と大商人の前に並べられている。
グラスにはすでに酒が入っていた。
蝋燭の火が灯っていた。
「俺が初めて軍師として采配を振るった時はいまでも覚えている。持の国の隊列は正方形を崩すことが俺のやることだった。そこで重要だったのが龍をどう運用するかだ。龍の運用は騎馬隊の運用とは大きく異なる。騎馬隊は目的地に迅速にたどり着き線で陣取る。しかし龍は違う、面で陣取ることが大事である。龍は投石や槍で攻撃することが重要ではない。むしろ飛ぶ事自体に意味がある。前進する敵軍に簡単に後ろを取ることができる」
浦蔵は話を止めて前菜を手につけ、酒で流し込む。度数の強い酒は顔を赤くする。
まるで生まれたての赤ん坊の様に。
「それで」
灰蓮は聞いた。
「それでだ!奴ら面白くてなっ、上からちょっかいかけるだけで見上げて戦どころじゃない。あいつらつんのめってばたばたと勝手に倒れていきやがった!」
浦蔵は熱っぽく語る。
メインディッシュが出された。
「それが戦力差が五分の一で敵も味方もが、ほぼ死人をださなかった龍の初陣」
灰蓮はメインディッシュを食べながら言った。
過去に誰かに聞かせれたことのおさらいである。
誰もが知る当たり前のことでもある。
「余りあるほどの鮮やかすぎる初陣」
浦蔵が頷く。
「夢のような勝ちは現実では悪夢だよ、もう一度がやめられなくなる」
「自分の領土内では負けなしも他国の侵攻に関しては攻めきれず……」
「俺が甘かった……兵にも今思えば伝染したんだな」
「振り返らなければわかることができない」
浦蔵は苦笑し言った。
「小国と言えどもっと勝てたはずだ、名軍師と言われているが、実際は並ってとこだな。所詮は占星術師の息子、神頼みだよ……」
「逆を言えば龍がいれば百戦錬磨……絶対の自信を持っている」
浦蔵はしばらく無言で食器で肉を抜き差しを繰り返す。おせじにもあまり行儀のよいものではなかった。そしてそれもやめ、口を開く。
「俺と組まないか」
灰蓮は慎重に言葉を選ぶ。
「いる必要ないでしょう。私の考えでは兄者があなたの懐にいるはずです」
浦蔵は顎をさする。
「あいつじゃ勤まらん、野心が強すぎる」
「あなたなら使いこなせるでしょ」
浦蔵はしばし考え込み腕を組む。
「移民の血も入っている……」
「その分を補おうと龍使いとしての振る舞いは私より気を使ってます。それはあなたも理解しているはずです」
「それは分かっているのだが……」
浦蔵は考え込みながら酒を飲む。
彼の下にある料理は多くが残ったままである。
「やっぱり駄目なんだよ……」
「やっぱり?」
灰蓮は聞き返す。
「今日の活躍……民衆の反応をみると昔の感覚がよみがえったんだよ……」
浦蔵は感慨深そうにいう。
「……」
灰蓮は黙ったままだが心の中では感嘆をあげていた。
「本当の未来を感じたんだ……紛い物ではない、今は紛い物だよ……」
「組めば本物が見れるか?」
「見れる!」
浦蔵は断言する。
「王政の下で気高き騎士、それを尊敬する民衆……金しか考えない資本家なんかいやしない……言えば俺たちの理想」
「俺たちですか」
酔いのためか督棟も自然と押しが強くなる。
「俺たちだ」
灰蓮は共感しきれなかった。
喜びもつかの間、感情が上滑りしてゆく。
酒にたとえるなら気持ちのいい酔いと次の二日酔いとが一瞬に起こってしまったような感覚。
「やっぱり……飲めません」
「なぜだ!」
まるで疑問などの余地も考えてない返答に浦蔵は驚いた。
「あなたはこの平和の期間をまがい物だと言ったが私はその間に生まれ育った。それは私にとっては現実であり真実だ」
灰蓮は口を開いた瞬間に気づいた。
浦蔵との世代間的な断絶を。
「それは考えた思考の限界だ!今を当たり前だと思うな!もっと思考を飛躍させろ!理想を追い求めろ!でなければこのやり場のない怒りを何処に向かえばいいんだ!お前も現状をよしとしていないだろ!」
浦蔵は唾を飛ばしながら語気を荒げる。
「それに今回の件に関してはお前の師も了承している」
「え!?」
灰蓮は思いもしない言葉につい声をあげる。
「聞いていない……」
動揺の反応をそのままに灰蓮は言葉した。
「だろうな」
浦蔵はそんなことも気にもせず言った。
「昔かわした契りに彼は了承した……正確に言えば保留した」
「内容は」
「その質問には答えられない。だってそうだろうこの件に関しての情報が漏れちまう……」
浦蔵は椅子を座り直し深く腰を落とし息を吐いた。
「だが話の順序を守ることはいいことだ。とりあえずこちらの欲求をのんでそれから計画を反故するこだってできたはずだ」
「選択肢としてはありましたよ。しかし簡単に欲求を飲んだとしても逆にこちらを信頼するとは思えない。何か怪しい仕草でもして刺されたとしても文句は言えない」
「なるほど、だとしても律儀だ」
浦蔵は笑みを浮かべた。
「やはり信頼できる奴だ」
灰蓮としては見下されているような感じがした。
「飼い慣らされた馬鹿とでも言いたそうですね……」
「半分はそうだ、戦があればぜひ使ってやりたよ。しかし、今日話して分かった。やはり現代人であることも」
「どんなところが?」
「具体的には行いたとえにくいが、時代の臭いと沸き立つ熱意ってとこか」
会話が止まる。
その後、灰蓮が切り出した。
「さっき、師が……」
「計画は言えんぞ」
浦蔵が遮る。
「わかってます。計画を誘ったのはいつかできれば知りたい」
「何時だったかなぁ」
「大体でいいです」
「ええっと……かなり昔になるぞ。なんたって俺とあいつが髪が黒かった時だからな」
灰蓮は黙って頷く。
浦蔵は水を口に含む。
「あれはだいぶ前の宴の席だったと思う。あの時、俺は酔いがまわって奴に絡んでこの計画を吐いた」
「反応は?」
「驚かなかったなぁ……俺ならやりかねんと思ったんだろう。むしろ笑われた」
「若干、不機嫌になりましたね」
「あいつの笑い顔を思い出した。含み持たした笑いでらしいよって……驚かそうと思ったのに」
浦蔵は昔を思いだし若い頃の口調になる。
「あぁ……状況がわかりそう」
「だろう、劇作家にでもなるつもりかとも言われたよ。ただ……」
浦蔵はしばし考え込む。灰蓮は浦蔵の口を開くのを待った。
「ただ、虚無感だけは共有していたはずだ。戦争が終われば軍人は常に存在意義を問われる。存在するだけでも金がかかる組織だ。軍縮、訓練の減少、組織の外部化が軍部の士気を削ぐ。そうすると俺たちが忘れさられるんではないかと危機感があったし、いまでもある。だからあいつは俺と信条的には同意していたが俺の計画には同意しなかった」
「だから保留した」
「お前と一緒だ。だが保留したのはお前に託したからだ。お前とあいつとは立場が違う。あいつは死という永遠の保留をしたがおまえには保留しても未来がある」
浦蔵は諭す口調で言った。
「本当にそれでいいのか」
「……あなたはこの計画をぎりぎりまで俺に持ってこなかった。つまりそれはあなた自信が迷っていたからだ。もしくは俺と師を重ね合わせていたからかもしれないし、自身計画を恐れて止めてほしいからかもしれない」
「問いを問いで返すとは……がっかりだよ」
「そうしといてくれ。英雄に担がれたらたまったもんじゃない」
「わかった。この交渉は終わり、決裂だ。今すぐ帰りの手配をしよう」
「師のように馬車で殺されませんかね」
「それは大丈夫だ。私の計画をぜひみてもらいたいからね。それに龍使いの使い道を誰よりも知っているのはこの私だ。生かし方も殺し方もだれよりも心得ているよ」
「それは安心しました」
(逆にここで浦蔵を殺せばどうなる?俺の人生を棒に振るのは確かだ。そこまでする価値はあるのか。このまま黙って何もしなかった場合、奴が考えている計画が成功したら得、失敗したとしてもさほど損にはならないが……)
灰蓮は胸中さえ騙そうとする意志を遮り正直な心境を掴む。
(本当にそれでいいのか?)
外にでるとすっかり日が暮れていた。
「ん?」
邸の入り口の前で男性がいた。
灰蓮が早朝に会った初老の男だ。
初老の男は灰蓮を無視し、浦蔵に近づく。
「遅くなりました大商人様、資料をお持ちしに参りました」
「うむ」
浦蔵に資料が手に渡る。数十枚ある資料を適当に飛ばしながら見た後、労をねぎらった。
「よくやった」
「有り難う御座います」
「灰蓮特尉、すまないが真洛伯爵と一緒でよろしいですかな?」
灰蓮はうなずく。
「もちろん」
「それはよかった。手間が省ける」
浦蔵は灰蓮に最後の言葉を送った。
「煙日が終われば世界が変わる。その現場をしかとかつ目していてくれ」
「かつ目とはまた業々しい」
「演劇を愛するお方ですから、言葉も大げさになるのも無理はない」
灰蓮と真洛は馬車の中で向かい合って語る。
街灯に火が灯されはじめていた。
灰連は外にいる街灯に火を点ける警官を見ながら口を開いた。
「あなたは浦蔵の計画を知っているのですか?」
「聞いたことはないが大体わかる。浦蔵とのつき合いも何だかんだで長くなったしな」
「聞かせてもらえますか」
「嫌なこった」
真洛はぶっきらぼうに言った。
街灯の光はない。
「尋問したとしても……」
「凄んだって意味ないって。尋問だろうが拷問だろうができやしない、まずやったことないだろ」
真洛はせせら笑うような表情をしながら言った。
「用は嘗められているんだよ」
そう言われるのは覚悟していたが灰蓮は無表情を突き通す。
「まぁすべて奴に賛同するわけじゃない。でだ、他の情報をくれてやる」
「それで一泡吹かせられますか?」
「この年になればわかるが驚くことなんてないね。なんにせよお前さんしだいだ」
真洛は鼻を鳴らす。
「まどろっこしいやつだ」
真洛は革の鞄に手を入れ数枚の資料を灰連に投げ渡す。誤字を訂正された後が文章、どうやら草稿らしい。
灰蓮は文章に目を通す。そこに目を疑う文章がでできた。
「これ佐会社の経営状況……詳しくはわかりませんが危ない?」
曖昧な理解のまま灰蓮は資料を読む。
「馬鹿みたいな話だろ。それが本当らしい」
「俺が読んで意味があるんですか?たしかに貴重ですが……」
「知らね」
「じゃぁ」
「待てよ、そう慌てなさんな」
真洛は指を一本たてる。
「これを依頼してきたのは浦蔵だ。奴の書簡を無条件で使用できる代わりにこの件を依頼してきた。由緒正しき占星術師の家系だ。伊達に適当に占って商売してたわけじゃない。情報の重要性は重々承知している」
「にしてはあなたの情報の扱かい方はぞんざいだ」
「俺を諜報員として任命するのが間違ってるのさ。こんなことやらすには女に限る。なんたって妻は俺の浮気をすべて見破ったんだから」
「あんたと話すとどんどん逸れる」
灰蓮はうんざりした顔するが、真洛は意地の悪い顔する。
「煙日のある年は子供が生まれる日が被るらしいぜ。それで産婆が足りなくて困ったらしい。やっぱり……」
「だから……」
構わず続ける。
「年寄りは脈絡なく地続きに喋るんだよ」
してやったりの顔をする。
「まぁいいや、浦蔵やったことはこの国にとってとんでもないことになるのは間違いない。株式、債権の価値が暴落すれば正真正銘、詐欺師だ。しかし自分自身が詐欺師と思ってないから達が悪い」
「督棟を止めるために彼は計画を練っていたのですか?」
「それは本丸じゃないね。本当のとこ彼のやり方も評価はできないがね」
馬車が停車した。
「それじゃあ八方塞がりじゃないですか」
「だから打破するために人間は考えるんだろ」
扉が開くと真洛はそそくさと出た。