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第二章

太陽は登った。

 灰蓮は馬を走らせ霊園の門をくぐり抜けた。

 景色はなだらか砂利の並木道、植えられた木はすでに葉を枯らしていた。

 そこを抜けると急勾配な石段の道が待ちかまえる。

 ここから適切な道を選ばなければ道草を食ってしまう。

 元々は敵に攻め込まれないために設計された道路設計。

 階段が多く馬を走らせられる道が少ない。

 しかも、その道は迂回を繰り返さなければ目的地である城にはたどり着けない。

 昔であればどこからでも見れた城もいまは縦の増築の繰り返しによって位置が確認しづらい。

 灰蓮はここで生まれ育った。

 迷路とも呼べるこの道は熟知とまでもいかなくても迷わないくらいは知っている。 

 むしろ問題なのは底冷えする寒さの中を、耳当てや手袋せずに喪服のままで馬を走らせることだった。

 解決方法は一刻も早く目的地にたどり着くほかない。

 寒さで感覚が鈍いがかまわず加速させる。

 走る距離が長ければ生活感むき出しの地区を通ることにもなる。

 傾斜で傾く植木鉢を木の板で噛まして平行にさせたり、建物の間に紐で吊された洗濯物がばたつかせていた。

 住民の誰かが叫んだ。

「来たぞ!」

 灰蓮はそいつに手を振る。

 すると周りの人間はどっと沸いた。

 どうやら皆これから起こることを知っているらしい。情報は稲妻のように早く伝わっていく。 

 その先にある半月状の弧を描いた石造物の中をくぐる。 立体交差になっており上では城まで続く中央道路が通っていた。距離があるため一時に漆黒の誘われる。

 蹄の叩く音が反響する。

 上からの音も重低音で響いてくる。

 突然、動く物体を確認した。

 「ひっ!」

 どうやら人間がいた。

 驚かしたみたいだ。

 灰蓮は銀貨をわざと落とす。

(こんなに気前がよかったか?)

 灰蓮は自嘲した。

 木漏れる光がしだいに大きくなり、そこに飛び込む。

 僅かな時間の暗闇でもそこからの解放は気持ちのよいものであった。

 灰連は軽い興奮を覚えていた。

 誰が気を利かしたか、見張り台に立ちこちらに手旗信号を送っている。

 しかし、こちらが馬を走らせる間に建物に遮られ視界から消える。

 もう長い間に戦争がなく経済が発展する間に要塞都市としての機能が低下していた。

 灰連は指示も仰がず、事前に決めていた経路を選ぶ。

 大通りから細い路地に曲がり、その先にある下り階段を降りていく。

 裏路地は狭い。

 壷や植木鉢を避けながら馬を進める。

 その先には小さな広場があった。

 広場に着くと灰連は右に顔を向けた。

 視線の先に長い上り階段がある。

 灰蓮は馬を直線上から一番遠い場で手綱を引いた。

 灰蓮は馬に声をかける。

「やれるな」

 答えはなかったが尻尾を振っている。

 何だか知らないが何時の間にやら上機嫌のようだ。

 灰蓮は軽く息を吸って、声を上げた。

「はっ!」

 脅えることなく馬は前進した。

 器用に四肢を石段に収める。

 不安定な律動ではあるが蹄を石に打ちつける音をさせながら確実に上っていく。

 灰蓮は馬との呼吸を合わせ、巧みな重心移動と手綱さばきで馬の助力となる。

 途中、踏み外しそうなことがあっても、冷静に対処する。

 灰蓮が馴れる頃にはもう上り詰めていた。 

 眺めの先に城が大きく見える。

 騒ぎ声も聞こえる。

(もう少しだ)

 灰蓮はまた馬を走らせた。


「それを退けてしまえ!」 

 店主は軍の命令で青果店にあるせり出した果物が入った箱を店に戻そうとした。

 その時、林檎がこぼれ落ちた。

 林檎は勢いよく転がり続ける。

 城まで続く中央道路の傾斜は他に類を見ないものであった。

 過去の戦でも敵を苦しめ拒んだ道。

 商業店舗も立ち並び活気に溢れているが、いまはそのような雰囲気ではない。

 軍隊を動員された兵士達は必死に住民にここから立ち入らないよう指示をし、住民は大慌てでその指示に従う。

「この道にごみを置いていくな!」

 責任者である兵士が近くにあった木箱を蹴飛ばす。

 龍が飛び立つために清掃をしなければならなっかたがそれも乱暴であった。

 清掃係の兵士はそこらにあるものを乱暴に端に投げつける。

 箒で掃くにも店のことも考えず店内に砂やほこりをふっかけた。

 陶器の食器を売る亭主が泣き叫ぶ。

「やめてくれー」

「うるせぇ!」

 兵士は手短にあった、握り拳程の石を投げつけた。

 陶器が割れる音が鳴り響く。

「そのへんにしとけー」

 遠くから声が聞こえた。

 兵士は声が聞こえた方向に顔を向ける。

 すぐに罵声を浴びせようとしたが躊躇した。

 声を発したのはちょび髭の中年男、名は賀丹。

だが後ろに鎮座している生物があまりに威圧感を醸し出していた。

 深い緑色の肌に精悍な顔。

 口にはむき出しの犬歯が並び、蜥蜴を巨大にしたような体型。

 が、それに似つかわしくない翼が生えており、足の指は三本いかなるものも引き裂きそうな爪があった。

 龍だ。

「そんなことしてるとこいつが暴れるぞ、以外に小心者だからなー」

 続けざまに賀丹は言った。石を投げつけた兵士はそそくさと去っていった。

「たくー、傭兵のやつらってのはひでぇなぁ」

 舌打ちをして、賀丹はぼやく。

 国を守るため国王に誓いをたてた軍直属の者達を「騎士」、商人達が雇って国を守るのを「傭兵」と呼ぶ。

 腕章の違いさえなければ権限は同じなので違いは分かりにくい。

「灰蓮はまだ来ないのか」

 白髪に中腰、杖にもたれている横にいた老人が呟く。

 彼らは龍の調教師である。

「来ましたよ」

 賀丹は顔を真っ直ぐ見据え言った。

 中央道路の坂道を駆け上る馬に跨った者が見えた。

 馬には疲れの色がみえる。

 歩調は乱れ、汗だくになりながらも足が動く。

 周囲が「頑張れ」と叫び続ける。

 馬が坂の頂上にたどり着くと「おお!」と歓声が上がる。

 灰蓮は手を振る。

「いいから降りろ」

 賀丹が茶番に付き合い切れないと言いたげな顔をしていた。

「ありがとな」

 言いながら灰蓮は馬に降りた。

「龍に鞍をつけろ」

 賀丹の合図で若い五人が脚立や鞍を持ってきて準備をし始める。

「遅かったじゃねぇか」

「すみません、長話をしていました」

「いいのかよ」

「いいんですよ、えっと着替え持ってきましたか?」

「抗!」

 賀丹は灰蓮に指を指しながら若い衆の一人の名を言った。抗は頷きすぐに察し行動に移す。

「で、何かわかったか?」

 賀丹は灰蓮に小さな声で言った。

「若干、推測も含むのでこんな立ち話で言いたくないですけどね」

「俺とお前の中じゃないか」

 賀丹は笑いながら灰蓮の肩をたたく。

「私の民舞を殺したのはこれから追う奴でしょうね。詳しいことは私は知りませんがこれが終われば大商人の館へ訪ねるつもりです」

 灰蓮は無表情で続けて言った。

「この事件が終わっても、多分まだありますよ。もっと大きいのが」

 陰謀論じみたことを喋るのは趣味が悪いと灰蓮は自分で思った。

 それを聞いて賀丹は困惑した顔をしている。

「おいおいおい……」

「確証が得られないまま迂闊に動くとこちらの立場が悪くなるかもしれません。あまり知りすぎると何されるかわかりませんよ」

 灰蓮は作り笑いをする。

「気が気でないでしょうが、この事件で久しぶりの特別手当がでるんでしょ?それで憂さ晴らしでもしてください」

 灰蓮は賀丹の胸を軽く叩く。

「ああ……」

 賀丹は気のない返事をした。

 そうこうするうちに抗が戦闘服を持ってきた。

「すまない」

 灰蓮は戦闘服を手に持つ。

 龍使いは相対してつばぜり合いをするわけではない。

 むしろ龍に負担を強いないために薄着である。

 茶色い斑模様の柄は昔の民族衣装を思わせる。

「締まらねえなぁ」

 賀丹は薄ら笑いを浮かべ言った。

 灰蓮はうるさいと言いかけたがやめた。

 周囲に見られながら着替える姿は実際に締まらない。

 この間抜けな状況の解決案を少し考えるが断念して、そそくさと着替える。

 もし緊急事態でなければ公然猥褻罪として、軍警に殴られ留置所行きである。

 外気にむき出しの肌は刺すように痛い。

 体が震えながら袖をとおす。

「何か羽織るのない?後あったかい飲み物」

 着替えても灰蓮はまだ骨を強く掴まれるぐらいの寒さだった。。

 鼻水が止まらなく出てくる。 

「あります」

 抗はそう言うと毛糸の上着を手渡す。

 それも着込んで灰蓮はうずくまった。

「ありがてぇ、ありがてぇ」

「飛ぶ時は脱げよ」

 賀丹は言った。

「わかってますよ」

 わかっていることに対していざ言葉にされることほど憎らしいことはない。

「これでよろしかったでしょうか」

 抗は陶器に茶碗に入った珈琲を持ってきた。

 灰蓮は鼻水を袖で拭い珈琲を受け取る。

「気が利くだろ」

「どなた?」

「俺の娘だよ」

 灰蓮は抗と賀丹と見比べる。

 灰蓮は眉に皺を寄せて無理矢理共通点を引っ張り出す。 眉や鼻筋がどことなく似ている。

「知らなかった。まさか俺が賀丹の家に行けなっかたのはそのためですか」

「違う、お前の酒癖が悪いからだ」

「自覚がないのになぁ」

「ならより悪い」

 賀丹はぼやく。

 灰蓮は立ち上がり珈琲を飲み始める。

 十分な暖かさと酸味と苦みを甘受する。

 胃に収まる位置がわかった。

 飲みながら灰蓮は思い出す。

「そういえば、黄欧に飯を……」

 黄欧とは龍の名前のことである。

「食べさせた」

 賀丹は即座に言った。

 灰蓮はため息をついた。

「あいつ飛ばしたら胸焼けおこすからなぁ」

「仕方ないだろ」

 完璧な状態で送り出すのは当たり前だが急な用件で対応しきれない悔しさが滲み出てる。

「さて……そろそろか」

 灰蓮は黄欧をちらりと見ると轡を口に含んでいる。

 どうやら騎乗できそうな状態になったらしい。

 黄欧の元に向かった。

 灰蓮の心配は黄欧の精神状態である。

 馬ほど敏感ではないがこんなせせこましい場所で飛ぶとなると若干の不安を残す。

 しかしそれも杞憂に終わる。

 間近で確かめてもいつもと同じだった。

 汗の量、呼吸の乱れも見られない。

 濁る眼は視線は遠く見据え微動だにしない。

 そうすることにより、首が安定して準備する者達が容易に迅速に作業できる。

 龍は崇高な意志を持ちながらも従順である。

 だが、灰蓮にとって黄欧は主従関係でも愛馬ともおもってはいない、いわば戦友と認識していた。

 だから大げさな愛情表現しない。

 言葉は話せないが頭は人並みいいと灰蓮は思っていた。

 それは龍と人とでは比べられないが龍は少なくとも人のように愚かなことはしないという意味でである。

 灰蓮は黄欧の分厚い革製の腹帯の締めぐあいを確かめた。

 大丈夫だと確信する。

「行けますか!」

 灰蓮は叫んだ

「もう少し!」

 鞍馬に乗って手綱を持った若者が大きな声で返答する。

 若者は手綱を軽く引いた。

 すると黄欧は頭をくいと上げる。

 若者は号令を告げた。

「撤収!」

 準備していた若者達は黄欧の背中まである脚立から降りた。

「忘れもんだ」

 いつの間にやら灰蓮の横にいた老人が話しかけてきた。

 元調教師であり現在は長老と呼ばれている。

 丸い兜と硝子の眼鏡を持っている。

「弔い合戦じゃな」

 灰蓮は反論する。

「そうですが……若干違います」

「何がじゃ?」

「俺は殺した犯人を恨んでいないし、師は戦士として全うできたと思っています」

 気まずい空気が流れる。

「そうか……で、お前は師の後を追うような生き方をするのか」

 灰蓮は黙り込む。

 老人は言った。

「今日は飛びごろだな」

 灰蓮はヘルメットと眼鏡を片方ずつ握りしめた。

 そして言った。

「師は俺にそんな生き方は望んでいない」

 老人はただ二度頷いた。

 表情は読みとれない。

 微笑にも若干の怒りにも感じられた。

 灰蓮は兜を頭にかぶり、顎ひもを結ぶ。

 若頭がこちらに来た。

「準備万端です」

 灰蓮は頷く。

 眼鏡を額のあたりに装着する。

 黄欧の右側だけ足場が二段になっており、そこをひょいと上る。

 灰蓮は鞍にまたがった。

 灰蓮は叫んだ。

「槍を下さい!」

 賀丹が渡す。

「おらよ」

 槍は長さは人の身長ぐらいに相当する。

 しかしその割に軽い鏃も小さい。

 灰蓮は槍のしなりを確かめた。

 そして右手で槍と手綱を一緒に持つ。

 黄欧の足下に人がいないかあたりを見渡した。

「動きます!離れて下さい!」

 灰蓮の声を聞き、周りの人間が四散する。

 黄欧が動きだした。

 皆が歓声があがる。

 乗り馴れない者ならばすぐにでも酔ってしまいそうな乗り心地。

 黄欧は道をゆっくり踏みならすたんびにに広がる重低音。

 整理された石畳の道は瓦礫を踏むような音をさせながら割れ、爪のひっかき傷を残す。

 龍がただの獣ではないことは、そこにいればすぐにわかる迫力。

 緊急滑走路を場で黄欧は立ち止まる。

 灰蓮はのぞき込むと崖の坂道があった。

(大丈夫か?)

 灰蓮は不安になった。

 普段の通常の滑走路は崖のような場所ではなく水平な場所で飛ぶがここでは加速から坂道なのでどうしても恐怖を喚起される。

 前例で倣えば飛べないこともないが灰蓮は間近でそれを見たことはない。

 道幅なら若干の余裕があるが距離が頼りない。

 やはりある程度の距離と速度を必要とする。

 だが、いまさら道路の拡張工事をできるわけでもない。

 ここまでくれば飛ぶしかない。

 灰蓮は深呼吸をする。

 冷静にはなれないが冷静にしようとの意識ぐらいは取り戻す。

 視線を遠いほうにおく。

 目で師を殺した犯人の逃走経路を頭の中で予測する。

(目的は謬を飛ばすことじゃない。民舞を殺した奴を捕まえることだ)

 灰蓮はそう心で反証した。

 心臓の音が高鳴っている。

 灰蓮は脈拍が速くなることがわかった。

 それをねじ伏せるように前かがみの体制に入る。

(いま、この国の時間は俺が握っている。俺が動けばすべてが動くんだ!いつでもいい……そのはず)

 灰蓮は心を決めるために無理にでも自分が中心に回ってると思いこむ。

 すると黄欧が灰蓮のほうに振り向く。

 奥深く覗くと瞳は無垢な子供、灰蓮に対する無言の問い。

 手綱で緊張が伝わったようだ。

 灰蓮はふっと緊張が消える。

 その時に気づいた。

 手が震えている。

 自意識以上の緊張、灰蓮はそれが気づかなかった。

 手綱を離し手を覗き、握る広げるを繰り返す。

 それでも震えが止まらない。

 その時、黄欧が吠えた。

 重い金切り声が鳴り響く。

 場のすべてが圧倒される。

 黄欧がこれから飛ぶ緊急滑走路のほうへ首をくぃっとやる。

(俺にまかせろ、さっさと飛べってことか……頼もしいな相棒)

 手綱をもう一度握る。

 灰蓮は目を瞑り、周りの音に聞き耳を立てる。

 思考が沈む。

 灰蓮はしだいに音が音として認識しなくなる。

 集中、雑音の中の収束された沈黙。

(行け!)

 灰蓮は念じた。

 その瞬間、灰蓮の尻が浮く。

 意志が通じたか、黄欧が踏み出していた。

 坂道をずるような足踏みながらも加速させる。

 灰蓮は落龍しないよう必死に重心を下げた。

 緊急滑走路を横から見れば建物の合間を塗って龍が聳える。

 加速するに従い、灰蓮の視界が狭くなる。

(まだだっ)

 飛ばす思いを灰蓮は堪える。

 突如に黄欧が石畳を蹴り上げてしまい、石が一枚めくれた。

 灰蓮は体勢が崩れ落ちそうになる。黄欧共々、肉の塊になるのを想像した。

 しかし黄欧はかまわず、何もなかったように走っている。

 それがよかったか転がり落ちずに灰蓮は体勢を戻せた。

(っぶね!)

 灰蓮は汗がどっと吹き出していた。

 命は助かったものの黄欧の加速が若干落ちたため、もう一度再加速させる必要があった。

 ここからは緊急滑走路の距離が命運を握る。

 灰蓮は口の中にある、なけなしの唾を飲み込む。

 背景はめくるめく、ただ過ぎていく。

(そろそろ来い!)

 灰蓮は胸中で叫ぶ。

 急がなければ謬を飛ばしても建物に当たる可能性が増加する。

 できればそれは避けたい。 

 その時、ふっと体が浮いた。

 内蔵だけがより浮遊する感覚。

 黄欧の腹ばいが浮いていた。

 そこで初めて深緑の羽をばたかせる。

 揚力が得られた。

 今までのじらされたのが嘘のように、一気に黄欧が飛び上がった。

「うぅ」

 急上昇で頭に血がのぼる。

 反発する重力に灰蓮は全身に押さえつけられた。

 空が霊長類の存在を許さないかのように。

 黄欧の羽が凧のように張りつめる。

 風に揺らされながらも軌道を乗せた。

「はぁはぁはぁ……」

 肩で息をする。

 内からくる感情はあまりに素朴だった。

(生きている)

 空は地上よりも寒かった。

 にも関わらず冷たい手にぬるま湯を浸す感覚を思い出す。

 いつの間にか手の震えが止まっていた。

 都市国家をすべてを見渡す光景はまさに絶景だった。

 建造物が粒立って主張する。

 見張り台から手旗で信号がでている。

 それに従い進路を決める。

 黄欧は首を伸ばし加速させた。

 灰蓮は心地よい重力を感じながら平原に向かった。

 

 計画通りだった。

 後は自分が死ぬだけだ。

 まだ手にしこりが残っていた。

 殺すことは了承したとは言え、ここまで尾を引くとは思わなかった。

 迫る自分の死よりも自分が殺めたほうがこたえた。

 社会からとき放れても自分自身が社会に束縛している。

 馬に跨り草原をかける。

 順調である、順調過ぎる。

 このまま逃げきってしまえば、どうすればいいかと考えてしまう。

 思いもしなかった不安だけ積もる。

 永久に空けたはずの予定表を埋めてゆく。

 逃走経路、金、人脈、考えるだけでうんざりする。

 底抜けの青空は自分の心情を表してはくれない。

 そこに大きな影が自分の上を覆った。

 どうやらお迎えがきたようだ。

 飛ぶ物体の巨大さと砲口はまさにこの世とは思えない架空の生物のように思えた。

 眼球にうつるよりも心の中そのものが具現として引き出された生物。

 つまらない考えは心おきなく捨てた。

 巻き込まれる馬はたまったものではないが。

 恐怖にとりつかれたまま、必死に走りだす。

 自然と左へと流れてゆく。

 しかし、そう長くは続かない。

 相手は疲れたところに喰いつくはずだ。

 馬も息がしだいに荒くなる。

 ここまで走らせたのも人生初であり最後だ。

 すべてが何もかもが最後。

 ここに向かうまでにした食事ももちろん最後。

 無理矢理、馴染みの店に押し掛け作ってもらった。

 最初に一杯の葡萄酒を飲み干す。

 次にに二合半の米を塩の汁物に浸しながら食べる。

 途中、鰯の酢漬けをかじる。

 食後は口直しもせず、水をたらふく飲んだ。

 朝食を少し豪華にしたものだった。

 宴会料理じゃ全然、様にはならないが。

 様になる死。

 龍に頭をまるまるもぎ取られる。

 面白いことではあった。

 伝説として語り継がれるだろう。

 残念ながらありえない。

 次に龍使いの槍で心臓を一突き。

 悪役としては理想的な死。

 なにより上司の受けが良さそうだ。

 三つ目に生け捕りにされる。

 最悪、これは避けたい。計画倒れになってしまう。

 生まれることを選べないなら、死もまた選べはできない。

 理想通りに物事が運ぶなどまずはありえない。

 親しい人間の以外な一面が毎年見られるように、思いがけないことなどは日常の一つである。

 それがたまたま人生の終わり間近なだけだ。

 左足の鐙が切れた。

 身体が宙に浮く。

 走馬燈が見えた。

 魂が放れた。

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