表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

働くおぢさん - 電気工事士

作者: あると

働くおぢさんシリーズ第1弾。

職業にスポットを当ててみたお話。

タイトルは昔の教育テレビからですが、

まともな話ではないので、字面は変えてあります。


古くからあるビルには、いくつものオフィスが入っていた。長年、同じフロアに居を構えているのは多くない。大抵は事業の見込みがたたず、倒産してしまう。うまくいったところは、もう少しましなビルへと引っ越していた。

居住する人間が変われば、机などのレイアウトも変わった。棚の配置も電話の置き場所もその度にやりなおすことになる。

「この部屋、何度目っすかね」

金髪の若者があくびをした。

「今年で三回だ。無駄口叩かねえで、さっさと終わらすぞ。この後も仕事は詰まってるんだからな」

早川は手書きの汚い図面を見た。電話とパソコンを置く位置が書き込まれていた。寸法がめちゃくちゃだった。子供の落書きより酷い。今度の借り主はずぼらな性格のようだ。かろうじてドアと窓から、作業するべき場所を割り出した。

早川は小さな電気工事会社の専務だった。専務というのは名ばかりで、他の連中と一緒に現場で仕事もする。正社員は少ない。忙しいときはバイトを使う。同行している金本もバイトだった。

「この部屋って、立て続けに潰れてませんか。呪われてるんじゃないすかね」

他人事のように笑っていた。もちろん他人事だからだ。

金本には話していなかったが、数週間前、部屋の入口にここの社長がぶら下がっていた。このオフィスの前の借り主である。自殺だろうが、事故だろうが、他人事だった。

「呪われていようが、仕事があるだけましだ」

そうっすねと納得し、金本は壁際の鉄の扉を開けた。そこには配線の集合ボックスだった。何だかんだと言いながらも、仕事に対する意欲はバイトの中でも光っていた。

「ケーブルいっぱいっすよ。きついな」

「こっちもだな」

古いビルである。電話線やLANケーブルは床下の配管を通していた。集合ボックスからいくつかのルートを通り、床に開いた口に辿り着く。そこから机などの上にケーブルを布設するのだ。

「前のケーブル使えますかね」

早川はレイアウト図を見て首を振った。今回の借り主は、今までとは違うレイアウトを指示してきた。過去と同じような配置ならば、ケーブルを流用することで仕事は楽だったのだが、あらためて新しいケーブルを引く必要があった。

「古いケーブルもあるからな。今後のためにも、いらんやつを抜いちまうか」

「その方がすっきりっすね」

余計な労力を使うことに嫌な顏をするバイトは多い。金本は今後のことまで考えて仕事をする希有な存在だった。

「よし、そっち頼む」

早川は指示を出し、不要なケーブルの選定にかかった。ケーブルの太さと種類であたりをつけ、テスターで調べる。

金本はケーブルの被覆を剥いて、中の細い芯線をつまんだ。色とりどりの被覆も剥いて一対の銅線をよじりあわせた。

「いいっすよ」

早川は逆側のケーブルにテスターをあて、抵抗値を測定する。測定前は抵抗値が無限大だ。オープン状態という。

テスターが線に触れると、高い音が鳴った。抵抗値がほぼ零。ショート状態を表していた。金本がよじりあわせた二本の線が、早川のところまで折り返って一本の線になっているということだった。

「そいつだな。引くぞ」

「了解」

手始めの一本だ。こいつさえうまく抜ければ、配管の中に余裕ができる。他のケーブルも抜きやすくなる。

「動かないっすね」

想像以上に固かった。たまにこういうことがある。ワックスがけなどで、液体が配管の中に流れ込んでしまうのだ。時間が経つと、固まってケーブルが抜けにくくなる。

「潤滑剤だ」

早川は手持ちのスプレーを菅に注入した。ケーブルの隙間に潤滑剤が入り込み、摩擦を減らす。そして抜けやすくなるのである。

「あ……はい!」

ペンチの音がした。

「引くぞ。せいの」

早川の掛け声に金本が応じる。はじめのうちはみしみしとしか動かなかったが、だんだんと動き始めた。

「せいの!」

金本が引き、早川が押し込む。力任せではなく、呼吸をあわせて引いて押す。

「よし!」

十センチ近く引っ張られた。さらに掛け声をかけ、ケーブルを抜いていく。思った通り、配管の中から錆びた水が出てきた。ワックスの液体が金属の内側を腐食させていたのだ。

「ん?」

後少しで抜けきるというところで、早川の顔がしかめられた。

「金本、またか」

「はは」

金本が仕事熱心なのはわかっていたが、先日も同じミスを犯していた。

「ちゃんと潤滑剤用意しとけって」

「面目ねえっす」

金本は血まみれの手で頭をかいた。こめかみが赤く濡れる。

まったく、最近の若い者は親から与えられた体をなんだと思っている。そう呟きながら、早川はケーブルにべっとりとついた血糊をぬぐった。

「数ねえんだから、大事に使え」

早川は三本指で膝を叩いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ