おにぎりと缶コーヒー
意外な組み合わせと思う人もいるかもしれないが、自分にとって、おにぎりの最良の友は缶コーヒーである。ブラックは論外で、ミルクと砂糖が入った甘々なやつが良い。
断っておくと、コーヒーはブラック派である。豆の香りを楽しむにあたって不純物は排除せねばならないと考えている。喫茶店で飲むときや、自宅で豆をひいてコーヒーを淹れる時はブラック一択である。
缶コーヒーはある種のジャンクフードらしさに価値があると考えており、言ってしまえば、缶コーヒーとコーヒーは別の飲み物なのだ。缶コーヒーのブラックを飲んだ時、これはコーヒーを冒涜するものだと感じた。
母方の実家が北海道にあり、子供の頃は毎年夏に北海道の祖父母の家に遊びにいくのが恒例行事となっていた。自分が中学校に上がるくらいまでは、毎回2週間程度滞在していたとように思う。北海道から帰ってきた時に感じた、自宅のよそよそしさは今でも覚えている。2週間も泊まっていると、心も体もその場所に馴染んでしまうものだ。
洞爺湖の花火大会、登別熊牧場のだらけたアライグマ、茹でたトウモロコシ、家庭菜園で朝摘みしたトマトとキュウリ、何故か焼き「鳥」と言い張る「豚」串、町内会の夏祭り、近所のレンタルビデオ店で借りたドラえもんの映画(当時は、春に公開された映画が夏頃にレンタルされることが多かった)。
そういった北海道で過ごした記憶が私の夏の原風景となっており、おにぎりと缶コーヒーもその中の一つなのである。
羽田空港から飛行機で1時間半ほどで新千歳空港に到着すると、祖父がロビーまで迎えに来てくれるのが通例となっていた。祖父の運転する車で家まで行くわけだが、結構な長旅になるので、車中でおにぎりを食べることが多かった。祖母手作りのビックサイズおにぎりは、銀のアルミ箔に包まれ、具は鮭、昆布、チーズおかかの3種類だったと記憶している。
そして、毎回、おにぎりと一緒に渡されたのが缶コーヒーだった。メーカー名は気にしていなかったので、今でも売っているかは分からないが、全体的に茶色のロング缶である。クーラーボックスに入ったそれは適度に冷たく、長旅に疲れた喉を潤してくれた。
おにぎりで口の中に残った塩気を、あまりコーヒーで洗い流す。なんとも不健康な絵面であるが、子供にとっては朝飯前である。歳を取るとそこそこの勇気を求められる食べ合わせだが、たまには童心に帰りたくなることもあるというものだ。
私は祖父の運転する車の匂いが好きだった。なんとも言えない安心感があったのだ。後年、それが加齢臭によるものだと知ったが、幻滅ではなく、将来あのような匂いを身に纏えるという希望を持つことができた。歳を取るのも案外悪くないと思ったのはそのことがきっかけだったと思う。
これから一夏の楽しい時間が始まるという喜び、祖父の車に満ちた安心感、これらが結びついて、おにぎりと缶コーヒーの記憶はより鮮烈なものとなったように思う。
このような喜びの記憶と結びついた食事を、あとどれくらい出来るだろうか。食事に当たって、そんなことを頭の隅に置いておくと、いずれ大きな財産になるかもしれない。終わり




