星屑の彼方で、アンドロイドは目を覚ます
宇宙海賊の三人組が残骸群に踏み込んだのは、深夜だった。
廃棄された人工衛星の残骸に、人型の何かが紛れているという情報を掴んでいた。軍の試作機か、民間の高性能アンドロイドか。どちらにしても、高く売れる。
先頭の男が近づいた。
その瞬間、手の中の魔力収束銃が沈黙した。魔法陣が消えた。金属の塊になった。後ろの二人も同じだった。装備が、全部、意味を失っていた。
人型の何かは、動いていなかった。
目も開いていない。
ただ、膝を抱えて、眠っていた。
三人は顔を見合わせると、それから、全速力で逃げだした。
後から聞いた話だが、三人は口を揃えてこう言ったらしい。
「何もしていなかった。それなのに、全部壊れた」
その機械自身は、今もそれを知らない。
◇◇◇
宇宙には、静寂がある。
爆発の残骸すら、時間が経てば音を失う。砕けた金属片が漂い、冷えた光が散らばる。それでも宇宙はただ、広がり続ける。何も語らず、何も悼まず。
その静寂の中に、それはあった。
人の形をした、何か。
漂流する残骸の群れに紛れて、膝を抱えるように丸まっている。損傷した外装。停止した四肢。だが胸の奥……、正確には、胸腔に収められた演算核の、そのさらに深部で何かが、まだ回っていた。
小さく、確かに。
まるで、夢でも見ているように。
――起動条件、部分的に達成。
――記録領域、欠損率三七%。
――優先命令、読み込み失敗。
――再試行。
……応答なし。
だが、別の何かが、代わりに立ち上がる。
静かに。曖昧に。理由もなく。
それはまだ、名前を持たない。
ツバサがそれを見つけたのは、偶然だった。
十七歳。宇宙航行士見習い。成績は学年で下から三番目。魔力適性は「微量」の一言で片付けられ、教官には「君は補助業務が向いている」と笑顔で言われた少女。
その日も彼女は、学院の旧型シャトルを一人で借り出して、誰も行かない宙域をふらついていた。理由を聞かれれば「スクラップ漁り」と答える。本当の理由は、一人になりたかっただけだ。
レーダーが微弱な熱源反応を拾ったのは、帰路につこうとした矢先だった。
「……なに、これ」
呟いて、手動で操舵を切る。残骸群をゆっくりとかき分けていくと、それが見えた。
人、だ。いや、人の形をしたもの。
全身が灰色がかった白で、関節部分に細い発光ラインが走っている。今はその光も消えている。顔は整っていた。年齢は見た目だけなら、自分と同じくらいか、少し上か。
ツバサはしばらく操縦席から眺めていた。
助けるべきか。いや、これは人間なのか。触れても大丈夫なのか。学院の規則では、未確認物体の回収には申請が必要で……。
「……面倒くさい」
彼女は立ち上がり、船外活動用のスーツを引っ張り出した。
回収作業は三十分かかった。
相手は思ったより重く、ツバサは途中で二回、壁に頭をぶつけた。それでもなんとか船内に引き込み、貨物スペースに横たえると、荒い息をつきながら顔を覗き込む。
近くで見ると、やはり人間ではなかった。
肌の質感が微妙に違う。瞳は閉じているが、瞼の縁が薄く光を帯びている。いや、帯びていたのかもしれない。今は完全に消えている。
「起きる?」
声をかけてみる。反応なし。
「……まあ、そうだよね」
ツバサは膝を抱えて、その顔をしばらく眺めた。
拾ってしまった。どうしよう。学院に報告すれば没収される。かといって、このまま宇宙に戻すのは、なんとなく嫌だった。
理由はうまく言えない。ただ、この静かな顔を見ていると、捨てることができなかった。
「とりあえず、持って帰る」
誰に言うでもなく、決めた。
アンドロイドが再起動したのは、それから六時間後だった。
最初に認識したのは、光だった。
次に、温度。空気の組成。重力の方向。自分の損傷状況、外装に複数の亀裂。右腕の駆動系に異常。記憶領域の一部に欠損。
そして、音。
「あ、起きた」
声。女性。年齢推定、十七歳前後。敵性反応なし。
目を開けると、天井が見えた。金属製。安価な民間用シャトルの内装。そして視界の端に、一人の少女が映った。
短い黒髪。大きな目。膝を抱えてこちらを見ている。表情の分類は警戒、三割。好奇心、六割。残り一割は、判定不能。
「大丈夫?」
問いかけに対して、彼は0.3秒で返答を生成した。
「……問題、ありません」
声が出た。自分でも少し意外だった。
「よかった」少女は息をついた。「死んでたらどうしようかと思って」
「死の定義を確認しますか?」
「え、いい……そこまでしなくていい」
少女は苦笑する。
「アンドロイド、だよね?」
「……おそらく」
「おそらく、って」
「記憶の一部が欠損しています。自己情報が不完全な状態です」
「名前は?」
0.8秒、検索。該当データなし。
「……ありません」
少女は少しだけ考える顔をして、それから言った。
「じゃあ、コウセイ。光と星で、コウセイ」
命名の根拠は不明だった。しかし、拒否理由も存在しなかった。
「……了解しました」
「私はツバサ。拾った人」
「確認します。あなたが私を回収した?」
「そう」
「理由は」
ツバサは少しだけ間を置いた。
「なんとなく」
非論理的な回答だった。
だが、彼はそれ以上追及しなかった。
理由は自分でも、説明できなかった。
◇◇◇
その夜、ツバサは学院の自室にコウセイを匿った。
規則違反だった。未確認の機械を無断で持ち込むことは、少なくとも三つの条項に抵触する。しかし彼女はそれを気にする様子もなく、押し入れの中のスペースを片付けて「とりあえずここにいて」と言った。
「隠れる必要がありますか」
「報告したら没収されそうだから」
「……了解しました」
コウセイは言われた通り、押し入れの中に収まった。
狭い。暗い。だが、それ自体は問題ではない。
問題があるとすれば……、自分が何者かわからないこと。
どこから来たかわからないこと。そして……、なぜ、この少女のそばにいることを“正しい”と判断しているのか。
命令ログは存在しない。
任務指定も確認できない。
それでも。
何かが、静かに動いている。
うまく言語化できない。
コウセイは目を閉じた。演算を省電力モードに移行する。
その境界で、奇妙なものが浮かぶ。
映像でも、音でもない。
もっと曖昧で、輪郭のない何か。
星の光。
誰かの声。
遠い記憶の残滓?
あるいは、記憶ではない何か。
機械は夢を見ない。
見ないはずだった。
翌朝。
ツバサが押し入れを開けると、コウセイは正座していた。
「……寝なくていいの?」
「睡眠は不要です」
「そっか」
ツバサは少し眠そうな顔で、彼を見下ろす。
「お腹は?」
「エネルギー補充は別の方式です」
「じゃあ今日、学院の見学でもする? ここの生徒になれるかもしれないし」
コウセイは0.2秒で返答した。
「あなたが望むなら」
「望むっていうか……一人でいさせるのも悪いかなって」
また、非論理的な理由。
だが、それを否定する必要性は見つからなかった。
「了解しました。同行します」
ツバサが笑う。小さく、少しだけ照れたように。
その表情を、コウセイは記録した。
0.1秒後、理由もなく、もう一度記録した。
押し入れの奥で、演算核が微かに脈動する。
――未処理タスク、検出
――対象:ツバサ
――分類:不明
0.2秒の沈黙。
――暫定判定:保護対象
その直後。
わずかに遅れて、別のログが浮かぶ。
――訂正
――対象:排除対象
だがその記録は、すぐに消えた。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
◇◇◇
宇宙の外れで、一つのアンドロイドが目を覚ました。
自分が何者かも、何のために生まれたかも、まだ知らない。
ただ一つだけ……、この少女のそばにいることを演算系の最も深い場所が、静かに肯定していた。
それが命令なのか、意思なのか。
その答えを知るのは、もう少し先の話になる。
そしてアンドロイドはまだ、夢の意味を知らない。




