第三話『同行』
ぬくもりが、腕の中から消えていく。
指先が冷たくて、血だけが熱い。
息を吸う度、鉄の匂いが肺を刺した。
顔は見えない。
でも、その人は最後まで、俺の手を握っていた。
優しく、弱弱しく。
『......ぬ、か......な......いで』
誰の声かもわからない。
けれど、その言葉だけが呪いみたいに胸を締め付けた。
次の瞬間、地面には無数の死体。
血の海の中に立ち尽くす――『私』。
手には地に濡れた短剣。
柄に刻まれていた名前は――。
――『カルマ』。
◆◇◆
「っぁ!?」
喉がからからで、息が浅い。
額には汗。胸の奥が、重い。
寝ぼけ眼をこすりながら体を起こすと、背中と後頭部、そして腰に固い感触があった。
どうやら、座ったまま眠らされていたらしい。
少し暖かい。毛布まで掛けられている。
外は明るかった。
猪に襲われたのは夜。
どうやら一晩眠っていたらしい。
「起きたか?」
すぐに気付かれた。
大して動いてないはずなのに――。
顔を向けると、純黒の髪の剣士がいた。
片目が閉じている。隻眼。
「……ありがとう。助かった」
状況はわからない。
とりあえずそう言うしかなかった。
なのに、俺の返答を聞いたユーガが目を細めた。
「礼はいい。……名前は?」
――急だな、距離感が読めん。
「実は何も覚えてないんだ
いわゆる記憶喪失ってやつ」
「……そうか、俺はユーガだ」
会話のキャッチボールが成立していない。
いや、俺が悪いのか?
たぶん向こうだ。
「それよりここはどこだ?」
「ヨーラ西部の森。町の外れだ。
魔物も多い。運が悪ければ死んでた」
ヨーラ、国前か地名か。
生還出来たら調べる。
「……運が良かったってわけか」
「俺が通りかかっただけだ
……ラッシュボア、食うか?」
そう言ってユーガは、焼けた肉を差し出した。
「……いいのか?」
「構わない」
命も腹も大事だ。
俺は素直に受け取って口にした。
......不味い。
でも噛むたびに、妙に『生』を実感した。
◆◇◆
その後、ユーガと一緒に森の外を目指して移動を開始した。
夜は、札を木に張って結界を作り、野宿した。
何でもできるな、こいつ。
二日欠けて森を抜け、ようやく町へたどり着く。
そして俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
そこで別れる――はずだった。
「一緒に来ないか?」
「......え?」
正直、は?と言ってやりたかったが抑えた。
俺は偉い。
「放っておけない」
——多分、こういう意味だ。
「このままだと野垂れ死にそうだから放っておけない」
言葉足らずにもほどがあるが、優しさは本物っぽい。
だから余計に困る。
「余計なお世話だ」
話すべきだ。
話せば引いてくれる。そう思った。
「それに――」
俺は夢で見た光景を話した。
血の海。短剣。『カルマ』という名前。
歪んでいて、気持ち柄悪くて、説明しづらい。
でも――俺が危険かもしれないことは伝わるはずだ。
巻き込めない。
死にたいわけじゃない。
だが、もし死ぬなら俺一人でいい。
そう言いたかったのに。
「余計放っておけない」
「......は?」
逆だろ。
普通は距離取るだろ。
「なんなんだよ......」
「前に――」
今度はユーガが話し始めた。
「お前みたいな奴がいた」
懐かしむような目。
そして、静かに言う。
「―—そして、死んだ」
その一言が、胸の奥を殴った。
「理由はわかった
でも無理だ、巻き込めない」
「構わない」
「構わなく――」
ないだろ、と言いかけて止まった。
ユーガの眼が、まっすぐすぎた。
静かで、冷たくて、温かい。
――勝てない。
直感した。
俺が何を言おうと、この男は譲らない。
だから折れればいい。
本当は一人でやっていけるわけがないのだ。
......なのに、口が勝手に反発する。
「だからこそだッ」
会って数日の俺に、ここまでする奴を巻き込めない。
その矛盾が、どうしても飲み込めない。
「とにかく、無理だ!」
俺はそう言ってギルドを飛び出た。
◆◇◆
「何で付いてくるんだよ!」
「来ないなら行けばいい」
暴論すぎる。
「お前、暇なのか......?」
「違う」
「違わねぇだろ......!」
◆◇◆
もう駄目だ。
体力が持たない。
疲れた。
でも、もし俺がここで折れたせいでユーガが死んだりしたら、一生もんのトラウマだ。
諦められない。
なのにアイツ折れねぇんだけど。
何度も忠告した、死ぬかもしれないんだぞ、と。
そしたら俺がおかしいみたいな目で見られた。
別に生きてるだけで死ぬ可能性はいつまでも纏わりつく。
冒険者をやってるならなおさらだ。
死を受け入れてはいないが、その覚悟もないのに冒険者なんかやっていない。
放っておけないのは自分の意思で、それで死のうが何の問題もない。
(意訳)
だそうだ。
いや俺が嫌なんだけど?
◆◇◆
今度こそマジで無理。
死ぬ......。
◆◇◆
「......わかったよ!」
くそぅ....。
「やっとか」
なんでやれやれ顔なんだこいつッ。
最初から折れるつもりがなかった顔だ。
「......名前、どうする」
「は?」
「ないと不便だ」
その一言が、妙に胸に刺さった。
名前がない。
つまり俺は、今この世界に固定されていない
「......カエデ。でどうだ?」
カエデ....。
なんだそれ。
「考えていた、ないと不便だ」
何なんだコイツ。
ずっと俺が折れること前提でいやがった。
――いや、逆だ。
ユーガが折れる気なんてなかっただけだ。
少し、いやかなり恥ずかしい。
でも、悪くない。
『カエデ』という名前と、記憶を失った『俺』
『俺』と『ユーガ』が繋がる。
いろいろ言いたいことはある。
不満も納得していないこともある。
けれど、今はこれでいいと思った。
「......その、よろしくな。ユーガ」
「あぁ、カエデ」
この先何があろうと見捨ててくれないだろうユーガと。
俺はこの瞬間、『仲間』になった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




