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ホロウの放浪譚~世界を知らない悪魔と歩く~  作者: あんたったー
第一部 一章 出発編 【???】
3/8

第三話『同行』

 ぬくもりが、腕の中から消えていく。


 指先が冷たくて、血だけが熱い。

 息を吸う度、鉄の匂いが肺を刺した。


 顔は見えない。

 でも、その人は最後まで、俺の手を握っていた。


 優しく、弱弱しく。


『......ぬ、か......な......いで』


 誰の声かもわからない。

 けれど、その言葉だけが呪いみたいに胸を締め付けた。


 次の瞬間、地面には無数の死体。

 血の海の中に立ち尽くす――『私』。


 手には地に濡れた短剣。

 柄に刻まれていた名前は――。


 ――『カルマ』。


◆◇◆


「っぁ!?」


 喉がからからで、息が浅い。

 額には汗。胸の奥が、重い。


 寝ぼけ眼をこすりながら体を起こすと、背中と後頭部、そして腰に固い感触があった。

 どうやら、座ったまま眠らされていたらしい。


 少し暖かい。毛布まで掛けられている。


 外は明るかった。

 猪に襲われたのは夜。

 どうやら一晩眠っていたらしい。


「起きたか?」

 

 すぐに気付かれた。

 大して動いてないはずなのに――。


 顔を向けると、純黒の髪の剣士がいた。

 片目が閉じている。隻眼。


「……ありがとう。助かった」


 状況はわからない。

 とりあえずそう言うしかなかった。

 なのに、俺の返答を聞いたユーガが目を細めた。


「礼はいい。……名前は?」


 ――急だな、距離感が読めん。


「実は何も覚えてないんだ

 いわゆる記憶喪失ってやつ」


「……そうか、俺はユーガだ」


 会話のキャッチボールが成立していない。

 いや、俺が悪いのか?

 たぶん向こうだ。


「それよりここはどこだ?」


「ヨーラ西部の森。町の外れだ。

 魔物も多い。運が悪ければ死んでた」


 ヨーラ、国前か地名か。

 生還出来たら調べる。


「……運が良かったってわけか」


「俺が通りかかっただけだ

 ……ラッシュボア、食うか?」


 そう言ってユーガは、焼けた肉を差し出した。


「……いいのか?」


「構わない」


 命も腹も大事だ。

 俺は素直に受け取って口にした。


 ......不味い。

 でも噛むたびに、妙に『生』を実感した。


◆◇◆


 その後、ユーガと一緒に森の外を目指して移動を開始した。


 夜は、札を木に張って結界を作り、野宿した。

 何でもできるな、こいつ。


 二日欠けて森を抜け、ようやく町へたどり着く。


 そして俺たちは冒険者ギルドへ向かった。

 そこで別れる――はずだった。


「一緒に来ないか?」


「......え?」


 正直、は?と言ってやりたかったが抑えた。

 俺は偉い。


「放っておけない」


 ——多分、こういう意味だ。

 「このままだと野垂れ死にそうだから放っておけない」


 言葉足らずにもほどがあるが、優しさは本物っぽい。

 だから余計に困る。


「余計なお世話だ」


 話すべきだ。

 話せば引いてくれる。そう思った。


「それに――」


 俺は夢で見た光景を話した。

 血の海。短剣。『カルマ』という名前。


 歪んでいて、気持ち柄悪くて、説明しづらい。

 でも――俺が危険かもしれないことは伝わるはずだ。


 巻き込めない。

 死にたいわけじゃない。

 だが、もし死ぬなら俺一人でいい。


 そう言いたかったのに。


「余計放っておけない」


「......は?」


 逆だろ。

 普通は距離取るだろ。


「なんなんだよ......」


「前に――」


 今度はユーガが話し始めた。


「お前みたいな奴がいた」


 懐かしむような目。

 そして、静かに言う。


「―—そして、死んだ」


 その一言が、胸の奥を殴った。


「理由はわかった

 でも無理だ、巻き込めない」


「構わない」


「構わなく――」


 ないだろ、と言いかけて止まった。


 ユーガの眼が、まっすぐすぎた。

 静かで、冷たくて、温かい。


 ――勝てない。


 直感した。

 俺が何を言おうと、この男は譲らない。


 だから折れればいい。

 本当は一人でやっていけるわけがないのだ。


 ......なのに、口が勝手に反発する。


「だからこそだッ」


 会って数日の俺に、ここまでする奴を巻き込めない。

 その矛盾が、どうしても飲み込めない。


「とにかく、無理だ!」


 俺はそう言ってギルドを飛び出た。


◆◇◆


「何で付いてくるんだよ!」


「来ないなら行けばいい」


 暴論すぎる。


「お前、暇なのか......?」


「違う」


「違わねぇだろ......!」


◆◇◆


 もう駄目だ。

 体力が持たない。

 疲れた。


 でも、もし俺がここで折れたせいでユーガが死んだりしたら、一生もんのトラウマだ。

 諦められない。


 なのにアイツ折れねぇんだけど。


 何度も忠告した、死ぬかもしれないんだぞ、と。

 そしたら俺がおかしいみたいな目で見られた。


 別に生きてるだけで死ぬ可能性はいつまでも纏わりつく。

 冒険者をやってるならなおさらだ。

 死を受け入れてはいないが、その覚悟もないのに冒険者なんかやっていない。

 放っておけないのは自分の意思で、それで死のうが何の問題もない。

 (意訳)


 だそうだ。

 いや俺が嫌なんだけど?


◆◇◆


 今度こそマジで無理。

 死ぬ......。


◆◇◆


「......わかったよ!」


 くそぅ....。


「やっとか」


 なんでやれやれ顔なんだこいつッ。


 最初から折れるつもりがなかった顔だ。


「......名前、どうする」


「は?」


「ないと不便だ」


 その一言が、妙に胸に刺さった。


 名前がない。

 つまり俺は、今この世界に()()()()()()()()


「......カエデ。でどうだ?」


 カエデ....。

 なんだそれ。


「考えていた、ないと不便だ」


 何なんだコイツ。

 ずっと俺が折れること前提でいやがった。


 ――いや、逆だ。

 ユーガが折れる気なんてなかっただけだ。


 少し、いやかなり恥ずかしい。

 でも、悪くない。


 『カエデ』という名前と、記憶を失った『俺』

 『俺』と『ユーガ』が繋がる。


 いろいろ言いたいことはある。

 不満も納得していないこともある。


 けれど、今はこれでいいと思った。


「......その、よろしくな。ユーガ」


「あぁ、カエデ」


 この先何があろうと見捨ててくれないだろうユーガと。

 俺はこの瞬間、『仲間』になった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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