第一話『起床』
※記憶を失った状態から始まる物語です
「――っ」
息が漏れた。
ぼんやりとしていた意識が、遅れて輪郭を取り戻していく。
目を開けた瞬間、全身に違和感が走った。
息は出来る、視界もはっきりしている、体も動く。
それなのに、胸の奥だけが妙に空っぽだった。
体を起こし、周囲を見渡す
草原、空、風の音。
少し離れた場所には町らしきものも見える。
何の変哲もない光景のはずなのに、強烈な違和感だけが残っていた。
「......俺は、誰だ......?」
名前が出てこない。
昨日のことも、今日のことも、思い出せない。
自分が何者で、なぜここにいるのか。
今まで何をしてきたのか。
これから、どうすればよいのか。
わからない。
それでも頭だけは妙に冷静だった。
腹は減っている。
金もなければ身分証もない。
つまり底辺からのスタートだ。
ひとまず、目先の町へ行く。
歩けば一時間もかからなそうだ。
そう結論づけた瞬間。
何故か足が、迷いなく『安全な歩幅』を選んだ。
草の踏み方、重心の置き方、周囲の見方——。
覚えている。
何も覚えていないのに。
「......気持ち悪いな」
俺は自分に毒見づき、街へ向かって歩き出した。
その途中、喉の奥に言葉が引っかかった。
知らないはずの音が、自然に形になりかける。
「......カル――」
言いかけて、飲み込む。
今のはなんだ。
誰の、名前だ。
答えは出ない。
ただ胸の奥が、嫌な痛みを返した。
『歪』とは正常でない様を示す言葉。
それが当人にとっては何の不都合もない場合。
それは果たして『異常』なのだろうか。
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