第七十六話 隣にある鼓動
答えは出ないまま数日が過ぎた。
河川敷に集まることもなく、
僕と颯は、どこか気まずいままだった。
まるで、颯がただの弟だった頃みたいに。
斎賀先生は“常夜はしばらく動かない”って言っていたけれど、あの日から、妙な胸騒ぎが消えない。
放課後。
僕と颯は、図書室でテスト勉強をしていた。
気まずいままでも、隣にいるのが当たり前だった。
チラリと横の席に目をやる。
「ぐぉー…… 」
颯は、広げた教科書に顔を埋めて寝ていた。
眠っている颯の心音は、穏やかだ。
――でも、どこか遠い。
ヴヴッ。
机の上で僕のスマホが震える。
「……んあ?」
振動で颯が目を覚ました。
スマホの画面には【Hikaru Asakura】の文字。
なんだろう。
スマホを手に取った。
【ちょっとこれ見て〜!↓】
【https://yurei-watch.com/watch?v=OZU0620_2027】
動画サイトのURL?
イヤホンを耳に差し、颯と画面を覗き込む。
タップして開かれたのは、オカルト系チャンネルの動画。
『小須観音事件!隠された真相に迫る!』
気味の悪いBGMと共に、テロップが流れる。
『黒い影みたいな……何かが動いてました!』
『黒い影ですか!?』
映っているのは上半身だけで、証言している人の顔は見えない。
……こんな動画まで、出回っていたのか。
「見えてたやついたんだな」
颯が呟く。
画面が切り替わる。
肩に落ちる水色の髪。白黒のメイド服。
今度は女の子のようだ。
『見たんです!人の顔が張り付いた、黒い蜘蛛!』
その時。
「柊〜」
するっ、と背後から冷たい指が首元に触れた。
「うわあ!!」
思わず、叫んでしまった。
図書室中の視線が、僕に集まる。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて謝った。
僕の背後に立っていたのは、
「ごめーん、脅かすつもりじゃなかったんだけど」
光流くん。
顔の前に手を立て、苦笑いしている。
「てめぇ直接来んなら、DMすんなよ」
颯は机に頬杖をついて、光流くんを見上げた。
「ごめんごめん」
光流くんが、僕の隣の椅子に腰掛ける。
「で、この動画がどうしたの?」
僕は口元に手を当て、小声で言った。
「そのさ……二番目の子」
光流くんも声を潜めた。
「……?」
「……麗子の娘、かも」
「ええ!?」
「ちょ!しー!てか一旦外出よ!!
みなさんごめんなさーい!」
僕は光流くんに引きずられるようにして図書室を出た。
颯も浮遊しながら、後をついてくる。
――僕たちは、非常階段の踊り場に出た。
「麗子さんの娘さん!?見つかったの!?」
光流くんに食い気味に尋ねた。
「いや、本当にそうかはわかんないんだけどさ。
俺ら、小須商店街で、この子に会ったのね。
髪色も服装も同じだったから、多分間違いない。
で、この子を見る麗子の目がさ……なんか特別だった」
「それだけかよ?」
颯は階段の手すりにもたれ掛かる。
「でも俺の勘が、ぴーんと来てるわけよ」
光流くんが、パチンと指を鳴らした。
「調べてみたんだけど、制服からして、このメイドカフェっぽい」
光流くんがスマホの画面を僕たちに向ける。
【メイドカフェ Glass Gard】
モノクロデザインのサイト。
「でも、キャストのところに写真出てないんだよね〜」
「行って確認すりゃ良いじゃん」
「そうなんだよね!!」
光流くんが颯を指さす。
「んじゃ麗子呼ぼうぜ」
「それはちょっと迷ってて〜!」
「はぁ?何でだよ」
颯が目を細めた。
「違ったら……嫌だよね」
僕は、小さく呟いた。
「そういうこと〜」
非常階段の下から、下校する生徒たちの笑い声が聞こえてくる。
「もう営業再開してるっぽいし、今度麗子なしで行ってみようかと思うんだけど。二人とも、ついてきてくれる?」
「もちろん!」
あの夜。麗子さんとした約束。
一瞬、“成仏”の言葉が頭の中に過ったけれど、
僕はすぐにかき消した。
「……奏さんも誘う?」
「あ〜。それも迷ったんだけど……。
奏ちゃん、なんか色々カリカリしてるっぽいし」
「確かに……」
小須商店街の一件以来、紫苑さんのこともあって、奏さんの機嫌はすこぶる悪い。
ましてや、今はテスト週間。
僕も、奏さんに声をかけるのが少し怖い。
「今回は三人で行こっか」
「……うん」
光流くんの言葉に、頷いた。
非常階段に吹き抜ける風が、妙に冷たかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月11日21時
第七十七話 暮羽の決意




