第七十五話 崩れかけた足並み
***
Side:柊
翌日。
どこかで、何かが決定的に変わってしまった気がしていた。
昼休み。化学準備室。
「小須商店街、めちゃくちゃニュースになってる〜」
光流くんが、スマホをスワイプしながら言った。
TVでも新聞でも、昨日から商店街の話題で持ちきりだった。
「“テロか!?暴力団か!?”だって〜」
光流くんが掲げたスマホに、ネットニュースの記事が見えた。
警察は“暴動”としか発表していない。
霊害は見えない。だが、傷跡だけは消えていなかった。
あのゲーセンも。
奏さんが、机の上に新聞を広げる。
光流くんが見出しの一つを指さした。
「“小須観音、本堂に穴!破壊された石畳”!?
これ、誰がやったのー!?」
「……響と紫苑さんですよ」
そんなことも、あったんだ。
報道で初めて知ることも多かった。
「……私たちのことは、全く出てきませんね……?」
「警察が上手いこと隠してくれてんでしょォ。
アンタたち未成年だしねェ」
奏さんの問いに、麗子さんが答えた。
僕も、ニュースに出たらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていた。
「警察が上手くやってくれたんです。
なのに、ですよ……」
斎賀先生が立ち上がった。
「光流くん!?また炎上してますけど!?」
バン!
机の上にタブレットが置かれた。
画面には、つどいの広場でブレイクダンスする光流くんの姿。
「あ〜!それ俺もインスタで見て焦った〜!」
颯が画面を覗き込む。
「“不謹慎”、“ふざけすぎ”……おい、コメント欄めちゃくちゃ荒れてんぞ」
「俺ちゃんと仕事してんだけど、ひどくなーい!?」
光流くんが頬を膨らませる。
「見えない人たちからしたら、事件現場で踊ってるだけですからね」
奏さんの言葉に、全員が頷いた。
――命懸けだったなんて、誰も知らない。
「今回は仕方なかったとしても、今後はなるべく、目立たないようにして下さいね。
……人々に、不安を与えないためです」
斎賀先生は、眼鏡を指で持ち上げながら言った。
「人助けしてんのにな」
颯が眉を寄せる。
「祓い師とは、そういう存在です」
光と影の、
どちらにも立てない存在。
どれだけ必死でも、世の中には認められない。
僕は、下唇を噛んだ。
「――だから、これは僕の役目です」
斎賀先生が微笑んだ。
「みんな、良くやりましたね。
人を守ったのは、間違いなく、君たちです」
昼の日差しが、窓から降り注ぐ。
「ありがとう」
先生の言葉に、目頭が熱くなった。
誰も知らなくても。
僕たちは知ってる。
見てくれている仲間がいる。
虚しくなんかなかった。
「古我さんからもお礼の品が届いてますよ」
斎賀先生が紙袋を持ち上げて見せた。
プリントされた『温泉黒糖まんじゅう』の文字。
「うぇーい!おまんじゅう〜!」
「あらァ!気が利くわねェ!」
部屋の空気が変わる。
斎賀先生が、おまんじゅうを配りながら尋ねた。
「それはそうと、みなさんあの後、どうなりました?」
「……あの後?」
ひとつ受け取り、首を傾げる。
「狛くんと紫苑くん。
また言い合ってたって、聞きましたけど」
「……あ……」
小須商店街に残った霊害は、思ったより早く片付いた。
先にゲーセンを出た紫苑さんとは……最後まで合流しなかった。
「あれから……紫苑さんと会ってなくて」
確認できる全ての霊害を祓い終えた後、僕たちは警察の事情聴取を受けた。
だけど、三流派の人たちは先に帰された。
おそらく、霧島家のことが関係している。
「……霧島家の方は?」
伺うように、尋ねる。
「被害は今確認中です。幸い、死人は出ていません。
負傷者が多数……それから、封印庫の結界が破られていたそうですが……」
斎賀先生は、目線を床に落とした。
「……一体何が、盗まれたのでしょうか」
奏さんの指が、新聞の端を強く握りしめる。
その視線は、どこか一点を睨んでいた。
「お偉い様方は皆、不在だったので。当主様を含め、無事だそうです。……良いのか悪いのか」
斎賀先生が額に手を当てる。
当主がいない中での襲撃。
……どうして、それを知っていた?
「みなさん。単刀直入に、聞きます」
奏さんが握りしめた新聞が、クシャッと歪む。
「紫苑さんのこと、どう思いますか?」
「……」
沈黙。
「私は、信じられません。
今回の件、裏で紫苑さんが関係しているとしたら……許せません」
「……でも、証拠なくない?」
光流くんの声は軽くなかった。
「ですが、明らかに動きがおかしいです!
私は、商店街で一緒に行動していたのでわかります!」
奏さんが声を荒げる。
颯が続いた。
「俺は元々アイツ好きじゃねぇし、信用してねぇよ。
裏切り者の可能性は十分あんだろ」
「紫苑さんだけに絞るのは危なくない?
話聞いた限り、俺は狛さんも変な動きしてると思ったけど〜?」
「あ?お前、狛さんのこと疑ってんのかよ」
颯が光流くんを睨む。
「いやいや、疑ってるとかじゃなくて!
客観的に見て言ってるだけね?」
「絶対怪しくねぇ!!」
颯が光流くんの胸ぐらを掴んだ。
「やめなよ!」
僕は慌てて、颯の服を引っ張る。
「んじゃ、てめぇはどう思うんだよ?
狛さんのこと疑ってんのか!?」
「ぼ、僕は……」
唇が、震える。
「裏切り者なんて……誰もいないと思ってる……」
――願望だった。
「甘ぇんだよてめぇは!綺麗ごと言って!
だから戒も逃したんだろ!」
「……!」
心臓が、素手で握られたみたいだ。
――だけど。それならあの時。
力ずくで戒を奪えばよかったのか?
僕は拳を握りしめた。
「颯。アンタ言い過ぎよォ」
麗子さんが割って入った。
「……ッ」
颯は乱暴に手を離し、僕に背を向ける。
その肩が、わずかに震えていた。
「アタシたちだけで言い合ってても、ラチがあかないわァ。放課後、河川敷で直接確認しましょ」
「それがですね……」
麗子さんの背後から、斎賀先生が気まずそうに顔を出す。
「先ほど狛くんから連絡が来まして……。
“テスト週間に入るから、しばらく各自で”とのことでした。まあ……学生は勉学が本業ですからね。
それに、今は三流派も動いています。
しばらくは常夜も大人しいでしょう」
「戦い続きだったし……一旦休息だね。
赤点とったら夏休み来ないよ〜」
光流くんが明るく言うが、場の空気は重たいままだった。
さっきまで隣にあったはずの颯の心音が、遠くなっていた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月10日21時
第七十六話 隣にある鼓動




