第七十三話 二重共霊者
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同日、午前十一時四十分。
霧島家本家、数奇屋門の内側。
「……かっ……は……」
石畳に膝をつく、霧島家の祓い師たち。
血が、静かに庭へ広がっていく。
「いやはや……。
三流派の祓い師も、大したことありませんねぇ」
「“あの方”が、霧島家は最弱だ、ッテ言ってた」
――喝采と、白寧。
喝采はくすくすと笑いながら、倒れた祓い師の頭を靴で転がした。
「封印術は、最強らしいですがねぇ?
しかし、それを使えるのは老人ばかり……哀れですねぇ」
「霧島詠慈モ、使えるって」
「だからこうやって、いない時を狙ったんじゃないですかぁ」
バシュッ!
「ぐあぁ……」
ナイフが放たれ、立ち上がった祓い師の腕を貫く。
「目的は、霧島家潰しではありませんからね。
現当主がいなくても良いんです」
喝采は両手を広げて肩をすくめた。
上空で雲が太陽を覆った、その瞬間。
「……ふふ……」
柔らかな声。
緋と蒼の光が、門前に瞬いた。
「随分と、派手な真似をするね」
御影篝。
銀白の髪が、ゆるやかに揺れる。
庭の空気が、変わった。
喝采の笑みが、わずかに止まる。
「これはこれは……御影家のお坊ちゃま」
「君たちが何をしていようと、僕は否定も肯定もしない。
……だけど」
篝は、静かに門を潜る。
背後に現れる宵と灯。
「三流派の均衡を崩す遊びは、放っておけないね」
カツ……カツ……。
石畳に、雪駄が触れる音が響く。
「白寧。屋敷の中へ。ミラへ伝言を」
「ハイ」
喝采の指示で、白寧が動く。
日の当たらない庭園で、喝采と篝が向き合った。
先に動いたのは――喝采。
ナイフを放つ。
シュッ!!
篝は動かない。
――ジュウゥ。
緋い焔が、ナイフを溶かした。
だが。
ドガァン!!
ナイフが爆ぜた。
黒い煙が巻き上がる。
ヒュウゥ……。
風が煙を流し、篝の姿が現れた。
頬に、細い血の線。
ぽたり。
石畳に落ちた血が、緋い焔に触れて蒸発した。
「……痛いね」
篝は頬の血を指でなぞり、見つめる。
「元素持ち……厄介ですねぇ」
喝采から、笑顔が消えた。
宵と灯が、揃って篝の前に出る。
「篝様、ご無事ですか」
「篝様のお顔に傷を!許せませんわ!!」
篝は二人に手を伸ばし、そっと囁く。
「僕に力を、貸してくれる?」
ブワァァァッ!!
緋と蒼の光が交差する。
三つの鼓動が重なった。
篝の右目が緋に、
左目が蒼に染まる。
「二重共霊者。
噂以上ですねぇ……」
霊圧が、地面を揺らす。
喝采の足元で、小石が砕けた。
「……もう君は、僕に触れられないよ」
篝が掌をかざす。
ボウッ!!
喝采が、緋い焔に包まれた。
ジュウゥ……。
焼け焦げる音と共に、喝采の姿が霧のように消える。
「……幻影、か」
パン!
手を叩く音。
次の瞬間、篝は“八人”の喝采に囲まれた。
「さぁ、ショータイムです」
八人が、同時に笑う。
「……ふふ……面白いね……。
僕は、サーカスに行ったことがないんだ」
『篝様、お気をつけ下さい』
宵の声が、篝の内側から響いた。
「大丈夫だよ。だって……」
ババッ!!
何十ものナイフが、同時に放たれる。
篝の逃げ場は、どこにもない。
「君たちが、守ってくれるでしょ?」
ボウッ!!
青い焔が球状に広がり、緋い焔が螺旋を描く。
熱にナイフが溶け、爆ぜた。
ドォーンッ!!
爆風で、八人の喝采が消滅した。
篝の足元で、石畳が崩れる。
黒い煙が立ち込める中、拍手が響いた。
「ブラボー!」
喝采の本体は――松の木の上。
次の瞬間。
「――焔裁」
ゴオォッ!!
松の木が、内側から焼ける。
緋い焔に、喝采の背面が焦げた。
「……ッ!?」
木の下で、篝は喝采を見上げる。
「……僕は、触れられないんじゃない」
首筋に、蒼い焔が揺れる。
「触れさせないんだよ」
にこり、微笑んだ。
――この力は、救いか、破滅か。
喝采は、初めて“拍手を忘れた”。
その時。
「喝采!」
屋敷の中から、白寧が飛ぶように現れる。
「カイシュウ、カンリョウ!」
「……おっと。
やはり、“封印”とは、便利なものですねぇ」
屋敷の奥で、何かが解けていた。
「……まさか」
喝采は焦げた指で、拍手を続けながら笑った。
「第二幕、開演でございます」
三つ重なっていた鼓動が、
ほんの一拍、ずれた。
――篝は、それを悟ってしまっていた。
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※次回更新:3月8日15時
第七十四話 指の温度




