第七十一話 乱れの予兆
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Side:柊
床に転がる戒の身体から、霊力の気配が消えていく。
息はある。
でも、霊力はまるで感じられない。
「柊、身体返す」
颯がふっと、僕から抜け出る。
それは、戦いが終わった合図でもあった。
「……戒、どうしよう?」
「何かで縛っとくか?」
「何か……って……」
カラン、とクレーンゲームの景品が落ちた。
……ウィーン。
ゲーセンの自動ドアが開く音。
僕たちは揃って振り返る。
そこに現れたのは――
見たことのない女の子だった。
短い黒髪。ボーイッシュな服装。
だけど服は汚れている。
まるで、戦いの後みたいに。
女の子は、僕たちを睨みつけていた。
「だ、誰ですか?」
「……」
何も言わずに、こちらに歩み寄る。
スッ。
僕たちの横を通り過ぎた。
「え?」
その先には――戒。
もしかして……!
「仲間か!?」
「……響。って言えば、わかるでしょ?」
「!」
たしか、奏さんの……!
颯が僕を庇うように前に出た。
「……常夜だな」
響さんは、横たわる戒の身体を担ぎ上げた。
「……うっ……葉月……」
戒が、小さく呟く。
「響だよ。何勘違いしてんの」
男一人担いでも、ふらつきすらしない。
「私はコイツを回収しにきただけ。
邪魔するなら、倒す」
「えっと……」
「一歩でも動けば、絞める」
僕は颯の方をチラリと見た。
――無駄な争いなら、したくない。
響さんは、答えを待たずに足を進めた。
「待て!置いてけよ!」
颯が拳を構える。
僕は、颯の腕を力強く掴んだ。
「……やめよう、颯」
自動ドアの前。
響さんが、くるりとこちらを振り返る。
「お人好し。バカを見るよ」
閉まる自動ドアの向こう側で、鋭い瞳が光った。
言葉だけが、ゲーセンに残った。
胸の奥に沈んでいく。
「行かせてよかったのかよ」
「わからない。……でも、殺気がなかったから」
それに、今、勝てる自信もなかった。
これで良かったのか。
答えがわかるのは、きっとまだ先だ。
「……あれ……?」
かくん、と膝が落ちた。
張り詰めていた糸が切れたみたいに、全身の力が抜ける。
僕の体力も、限界だった。
「おい!大丈夫かよ」
うつ伏せに寝転がる僕の顔を、颯が覗き込む。
「はは……でも、行かなきゃね」
小須観音、つどいの広場。
そこだけじゃない。
まだ、商店街中に、霊害が残ってる。
――みんなは無事なのだろうか。
身体にもう一度、力を入れる。
むくりと上体を起こした。
すると。
ウィーン。
自動ドアが開く音。それと同時に、
「柊くん、颯くーん!」
伊吹さんの声が飛んできた。
「二人とも、大丈夫ー!?」
座り込む僕のところに、伊吹さんが駆け寄ってくる。
後ろから、福くんの心配そうな顔が見えた。
「あれ!?常夜、いないね!?」
「……伊吹さん、早かったですね……」
猿置山の霊害を祓って、もうここまで来てくれた。
「古我さんが飛ばしてくれた!!」
「さすがに、メガネの運転じゃねぇわな」
颯が呟く。
ウィーン。
また、自動ドアが開いた。
「柊!颯!!」
今度は、狛さんの声。
「狛さん」
後ろから、紫苑さんと奏さんも。
「あれ、伊吹いるじゃん⭐︎」
狛さんが僕の目前にしゃがみ込む。
「無事か!?戒は!?」
「戒は……倒したんですけど……」
僕の言葉を颯が継ぐ。
「響ってやつが来て、連れてった。
……止められなかったっす。すみません」
颯が、狛さんに頭を下げた。
「いや、二人が無事ならそれで良い。
よくやったな。お前たちは、本当にすごい」
狛さんが、僕の頭を撫でた。
暖かい掌。
ふわりと緩んだ空気を引き裂くように、紫苑さんが口を開いた。
「――逃してんだから、すごくないでしょ」
「あぁ?」
颯が、紫苑さんを睨みつける。
「そもそも、コイツらに任せるのがバカ。
狛、お前さ。やってることおかしくない?」
鋭く、冷たい声。
「……っ!紫苑さん!
僕たちが、戒とやらせて欲しいって頼んだんです!」
僕は慌てて、狛さんを庇った。
「だとしても、普通は任せなーい⭐︎
狛がやってれば、戒を逃さずに済んだんじゃないの?
お前が甘いからこうなるんだよ」
「……紫苑さんだって、響を逃しましたよね」
奏さんが、低い声で刺すように言った。
「紫苑さん。
小須観音で、途中……どこに行ってたんですか?」
「は⭐︎?助けてやったのに、何言ってんの?」
紫苑さんが腕を組む。
「紫苑さんが響を倒せば、良かったんじゃないんですか!?」
怒っているのがはっきりわかる、奏さんの声。
「アイツはいつでも倒せるしー⭐︎」
僕の心臓が、激しく脈打った。
――昨日の居間と、同じ空気だ。
「なるほどな」
狛さんは立ち上がり、紫苑さんを見下ろして言う。
「どうにも、偶然が続きすぎている。
こちらの動きが、常夜に読まれてる気はしていたんだ。
……紫苑。お前、何か隠してないか?」
「は⭐︎?」
狛さんと紫苑さんが、睨み合った。
「何か証拠あるの〜⭐︎?
僕からしたら、お前の動きの方が十分怪しいんだけど」
「ちょちょ、狛くん、紫苑くん、どうしたの……!?」
伊吹さんが二人の間に割って入った。
「関係ないやつは黙ってな⭐︎」
ドンッ。
紫苑さんが伊吹さんを押した。
「おい!紫苑!」
颯が叫ぶ。
奏さんが、よろけた伊吹さんを受け止めた。
「昨日から、輪を乱してるの、紫苑さんですよね」
伊吹さんの肩に添えた奏さんの手に、力がこもる。
「……信用を失ったら、終わりだぞ」
狛さんの低い声が、ゲームセンターに響いた。
場に、重たい空気が流れる。
伊吹さんは真っ青な顔で、肩を振るわせていた。
紫苑さんは――目を細めて、笑っていた。
追い詰められた人間の顔じゃなかった。
その一瞬だけ、狛さんの眉が動いた。
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※次回更新:3月7日15時
第七十二話 誰を信じる?




