第六十九話 守る者の目
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午前十一時十五分。
つどいの広場は、すでに地獄だった。
「何これ、きも!!」
光流の声が響く。
視線の先――
アーケードの柱と柱の間を、霊力でできた蜘蛛の巣がびっしり覆っていた。
その上を、掌ほどの蜘蛛型の霊害が這い回っていた。
背中には、歪んだ人の顔。何十も。
駅はすぐそこだ。
改札の看板が見えている。
なのに、誰も辿り着けない。
警官は、巣の向こう側で狼狽えていた。
「ねぇ!これ何なの!?」
「動けねぇ……っ!」
何人かが、すでに巣に絡め取られていた。
そして――広場の上空。
アーケードの天井に、巨大な蜘蛛が張り付いていた。
背中に、いくつもの人の顔。
それが浮かんでは、沈む。
「あれが本体よねェ……」
麗子が、ゆっくりと見上げる。
「アイツ祓わないと、小さいの無限湧きよねェ……」
その時。
「えいっ!えいっ!」
少し低めの、女の子の声。
光流が振り向くと、白黒のメイド服に身を包んだ少女が、手持ち看板で子蜘蛛を叩いていた。
看板には、メイドカフェと思われる店名が。
もちろん、小蜘蛛には当たらず、すり抜けているのだが。
「こっち来ないでよ!キモいの!」
小さな身体。でも目は本気だった。
看板を振る度、水色のロングヘアが揺れる。
「ちょ、ハルちゃん!?そこ何もないよ!?」
隣で、メイド仲間が止めている。
「は!?ね、麗子!あの子見えてる!!」
「えェ?」
光流が麗子を呼んだ。
麗子が振り返ると、小蜘蛛が方向転換して、少女――ハルの方へと飛び上がった。
「やっ――」
ハルが声を上げるより先。
ドゴォン!!
麗子の拳が、子蜘蛛を叩き割った。
「子どもに触るんじゃないわよォ」
ハルの前に、巨大な背中。
ハルは、目を見開いた。
「……パパ?」
小さな声だった。
ドクン、と胸が跳ねた。
――パパ?
知らない声のはずなのに。
胸が、痛い。
「……え?」
ゆっくりと、麗子が振り返ろうとした、その瞬間。
「きゃー!!」
ドッと女子高生の集団が、前方に押し寄せる。
群れに飲まれ、ハルの姿が消えた。
――あの子は?
「インフルエンサーの光流くんですよね!?」
光流は、片目を細めて笑った。
「今ちょっと命懸け配信中。後でね」
集団が、ぽかんと光流を見上げる。
「ね、麗子。これ踏み台にできないかな?」
光流が、蜘蛛の巣を小さく指さした。
「俺が固める。ネットにすりゃ、飛べるっしょ?」
「……なるほどねェ」
光流と麗子は、視線を合わせた。
そして、にやりと笑う。
光流は麗子に霊力を送り込むと、
「よっしゃ!俺、踊りまーす!」
パーカーを腰から外し、地面に放った。
「きゃー!!」
黄色い歓声が上がる。
光流は一瞬、両手を合わせて祈った。
そして、
ダンッ!
片手を地面に突き、身体を浮かせる。
ウィンドミル。
回転するたび、掌から霊力が流れ込んだ。
石畳に青白い光が走り、蜘蛛の巣へ伝わる。
「巣ってさ、導線だよね」
逆立ちのまま、足が空を裂く。
「硬いまま、ね」
ビリッ!
蜘蛛の巣が一斉に発光した。
麗子が走る。
そして、巣を踏み台にして、飛び上がった。
バィーン。
「オッケーよォ!!」
続いてアーケードの柱、梁を蹴り上げ、三段跳びして天井へ。
「アタシ飛んでるわァァ!!」
ドガァァァン!!
天井に張り付く霊害を、拳が撃ち抜く。
「……あああ……!!」
霊害の背中の顔が、一斉に絶叫した。
パァァァン!!
霊害が中心から弾け飛んだ。
同時に小蜘蛛と蜘蛛の巣も、溶けるように光の粒へと姿を変える。
「あれ!?動ける!!」
巣に絡まった人々が解放された。
「みんなー!駅行けるよー!!」
光流の叫びで、群衆が一気に動き出す。
麗子は、すとんと着地すると、辺りを見回した。
――『パパ』
さっきの声が、まだ耳に残っている。
バタバタと走る足音。
人混みの向こう。
水色の髪が、ちらりと揺れた。
「……あっ!」
麗子が手を伸ばすと、それに応えるように少女が振り返った。
ほんの一瞬――目が合う。
「ハルちゃん!早く!」
仲間に急かされ、少女は人の波に飲まれて消えた。
「……麗子?」
光流が麗子を見上げる。
麗子の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「知り合い?」
麗子は、何も答えなかった。
次の瞬間。上空から、静かな女の声。
「……貴女にも、大切な存在がいるのですね」
「!!」
光流と麗子は揃って見上げる。
高い位置――アーケードの梁の上。
黒いスーツを身に纏った、長身の女性。
「誰よォ……」
二人は、初めて見る存在だった。
「私は、暮羽」
そう言って、暮羽はすっと降りてくる。
霊力を足に纏い、ふわりと着地した。
群衆が去った広場で、向かい合う。
「……常夜の人間?」
光流は、一歩下がって距離を取った。
反射的に麗子が前に出る。
「ええ」
腰に、刀を納める鞘が揺れた。
暮羽の手が、柄にかかる。
スッ……。
刀身が現れた。
「日本刀!?それはまずくね!?」
思わず光流が声を上げる。
「霊刀です。人は斬れません。
ですが――」
暮羽が刀を構えた。
不思議と、殺気は感じられない。
「霊力は存分に削れます」
刀が、青白い霊力に包まれる。
常夜の人間のはずなのに、青い。
その違和感を、光流が見落とすはずもなかった。
「赤い霊力は!?」
「……あの色は、桃華様を縛る色」
暮羽の声が、わずかに震えていた。
「私は、あの方を穢す色は纏いません」
真っ直ぐな瞳で、光流を捉える。
「……どういうこと?」
光流が首を傾げる。
けれども、麗子はわかってしまった。
あの女も、守る側だ。
「アンタも、誰かを守ってるのね」
「ええ。そのために――私は、戦います」
ヒュッ――。
同時に踏み込む。
守る者の目だった。
――どちらも。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月6日21時
第七十話 刀と盾




