第六十七話 霊奏・反響
砂利の音が、遠ざかる。
残されたのは、二人。
「……行ったね」
響が、赤いコードを胸元で引き伸ばす。
「紫苑くんがいないのは好都合。
あんただけなら、すぐに捻り潰せる」
響の視線が、奏の三味線をなぞった。
「あんたも武器、変えたんだ」
「……どうでしょう」
奏は、お札を捨てたわけではない。
「?まあ、どうでも良いや」
コードが赤い霊力を纏った。
――来る。その前に、攻める!
素早く撥で弦を弾いた。
「霊奏!!」
ベベンッ!!
霊力を乗せた音が、響に向かって飛ぶ。
しかし――
「届かないよ」
風に、音が散る。
手応えがない。
ヒュンッ!
響のコードが飛んでくる。
咄嗟に横に飛んで避けた。
ヒュッ!ヒュッ!!
追撃。
コードを避けるので、精一杯。
弦を弾く暇がない。
奏でたとしても、この距離では響に届かない。
「……あっ……!」
響のコードが、肩をかすめた。
熱い……!
その熱に、表情を歪める。
奏の手首を掴もうと、コードが伸びる。
バンッ!!
間一髪、三味線を振って防いだ。
……ごめん。
このフィールドでは、圧倒的に不利だ。
だったら――!
奏は、本堂に向かって走った。
響が追う。
「そっちは、逃げ場、なくなるけど?」
――音が死ぬよりマシだ!
「……お邪魔します!」
奏は、本堂の中に滑り込んだ。
屋内のむっとした暑さが身を包む。
板張りの床に、足音が高く跳ね返る。
天井は高い。
太い梁が格子のように組まれ、音を逃さず抱え込んでくれる。
奥には、巨大な観音像。
薄闇の中で、金箔の光だけが鈍く光る。
赤い提灯が、かすかに揺れた。
祈りの場所。
――けれど今は、音が増幅する箱。
コードが柱を打った。
奏は身を翻し、柱の影に滑り込む。
そして、袖口から滑らせるように一枚。
ぺたっ。
木肌に吸い付く白い紙――霧島家のお札。
霊力が、柱の内側に染み込む。
柱を“共鳴体”に変えていく。
今の響は、お札の存在を警戒していない。
一本。
さらにもう一本。
柱は等間隔。音が逃げない。
「隠れてばかりじゃ勝てないよ」
響の声が近い。
もうすぐそこに迫っている。
奏は、観音像の後ろに隠れた。
観音様。今だけでいい。力を貸して。
祈るように、お札をそっと貼りつけた。
一緒に奏でてくれるように。
バシィンッ!
横から、響のコードが飛んでくる。
コードが三味線に当たった。
衝撃で弦が一本、千切れる。
「……っ!」
大丈夫。まだ、音は鳴る。
「当たったね。……そこに、いるでしょ」
響の足音が、大きくなる。
――来る。
三味線の弦を、軽く弾いた。
ベン……
音が上へ抜ける。
一泊遅れて――
ベン……
天井から返る。
もう一度。
ベン。
ベン。
ベン。
音が重なり始める。
まるで、本堂そのものが呼吸しているように。
「何か……小細工してる?」
響が眉を寄せた。
バッ!
奏は、自ら観音像の前に飛び出した。
正面に――響。
「自分から出てきて、バカなの?」
ヒュンッ!
コードが飛んでくる。
赤い霊力が光った。
間に合え。
湿った空気に、音が走る。
「――霊奏・反響!!」
ベベンッ!!
放たれた一音が、柱にぶつかり、
天井に跳ね、
床で砕け、
四方八方から重なって戻る。
澄んだ音が、幾重にも折り重なり、
一瞬遅れて――
ゴォォンッ!!
観音像の背後からも、音が遅れて返る。
顔面スレスレで、響の赤いコードが弾き飛ばされた。
「……っ!!」
音の刃を受け、響が後方に吹き飛ぶ。
ダアァンッ!!
響が柱に打ち付けられ、床に崩れ落ちた。
――『頭使えよ⭐︎』
紫苑の声が、遅れて脳に蘇る。
……言われなくても。
静まり返った本堂に、奏の呼吸だけが聞こえた。
響は固まったまま、動かない。
――倒した……?
早く、終わって。
奏が一本踏み出した、その時。
「……ふふ……」
笑い声。
響の手が、ぴくりと動いた。
「……あはははは!……やるじゃん、奏」
響が顔を上げた。
狂ったような笑顔。焦点のズレた瞳。
ゾッと背筋が冷えた。
奏は、思わず後ずさる。
「あははは!!」
笑いながら立ち上がる響。
その全身に、赤い霊力が吹き出した。
――離れなきゃ!
踵を返す。しかし次の瞬間。
「ああっ!」
手首をコードに捕えられた。
やられる!
バチィィィンッ!!
霊力が弾ける音。
咄嗟に目を閉じた。
「……?」
痛く、ない。
手首が自由に動く。
奏がうっすらと目を開けると――
ぷつり、と。
コードが、音もなく落ちた。
「生きてる?凡才ちゃん⭐︎」
「紫苑さん!!」
「紫苑くん……随分遅かったね」
「どうする、響⭐︎?ここで終わる⭐︎?」
にこっと笑う紫苑。
相変わらず、その目は笑っていない。
紫苑と響の目線が合う。
「……時間、足りた⭐︎?」
「……ふっ」
響は薄く笑い、腕に霊力を纏わせた。
ドンッ!!
拳を打ちつけ、壁に穴を開けた。
そして、その穴から響は本堂の外へ逃げる。
「紫苑さん!追いますか!?」
「……いや、別に良い⭐︎」
「え!?」
「それより奏。お前の家――本家が、襲われてるっぽい⭐︎
……もう、始まってる⭐︎」
紫苑は、響の消えた穴を一瞥し――
ほんの一瞬だけ、口元を歪めた。
奏の背中に、汗が滲む。
知らないところで、何かが動いている。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月4日21時
第六十八話 誰の味方?




