第六十六話 僕天才だから
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柊たちが戒に遭遇した頃。
午前十一時十五分。
小須観音に、奏と紫苑が到着していた。
小須観音。
願いが、集まる場所だ。
朱色の本堂の影が、石畳の上に濃く落ちている。
太い梁と、反り返った屋根。
線香の煙が、風もないのに渦を巻いていた。
いつもなら、賽銭箱の前に参拝客の列ができているはずだが、今は人影一つない。
代わりに、規制線テープが境内をぐるっと囲んでいた。
警官に誘導され、二人はテープを潜って中に入る。
「神聖な場所を荒らすなんて、許せませんね」
石畳の脇、白い砂利を踏み締める。
足元で、大きな霊力が動いているのがわかった。
首にぶら下がったストラップ。
奏は、その先に繋がれた三味線を握りしめる。
「僕は神も仏も信じないけどね⭐︎」
紫苑は鉄槌を肩に担いだ。
ザリ……。
足元で、砂利が不自然に沈む。
「来るよ⭐︎」
ボコッ!!
砂利を吹き飛ばし、黒い塊が地面から飛び出した。
土埃を纏った――土竜型の霊害。
地面から突き出した上半身だけで、二メートルほどあった。
「大きい……!」
奏は、息を呑んだ。
「……あ……ああ……」
呻き声を上げる、霊害。
境内の鳩が、一斉に飛び立った。
「モグラ叩きってこと⭐︎?」
紫苑は、片手でぐるんと鉄槌を回す。
砂を踏み締め、鉄槌を構えた。
「僕と相性良いじゃん⭐︎」
バァァァン!!
霊力を纏った鉄槌を、霊害の頭部に打ち込む。
「あ……ああ……」
霊害の頭部が弾け飛び、光の粒に変わった。
しかし、すぐに紫苑の背後から――
ボコッ、ボコッ、ボコッ!!
新たな頭部が、砂利を突き抜けて現れる。
今度は三匹。
後方で、奏が弦を弾く。
「霊奏!!」
ベベンッ!
境内に、三味線の音が響いた。
奏でた音が刃となり、霊害に突き刺さる。
霊害は、悶えながら光の粒へと姿を変えた。
「ひゅー⭐︎」
くるりと振り返り、紫苑が笑う。
「それ、お札よりはダサくないね⭐︎」
「……それはどうも」
奏の顔は、引き攣っていた。
砂利が、地鳴りのように波打つ。
ボコッ、ボコッ。
次々と頭部を現す霊害。
「本体って地下にある感じ〜⭐︎?」
蠢く霊害には目もくれず、紫苑は石畳の上を歩いた。
「紫苑さん、本体は下で動いています!
しかも速い!……捉えるのは難しいかと!」
「凡才なら、そうだね⭐︎」
強大な霊力が、鉄槌に圧縮されていく。
わずかに、紫苑の視線が地面を追った。
「でも僕天才だから」
にやり、と紫苑の口元が歪んだ。その直後。
ドガァァァン!!
石畳に鉄槌が叩き込まれた。
鋭く尖った霊力が石畳を貫通し、地下深く――真下にいた霊害の本体を穿つ。
奏は、目を見開いた。
「……あ……あああ……!」
本体を潰され、地表に顔を出していた霊害が全て、崩れていく。
赤い本堂を背に、光の粒がキラキラと空中で煌めいた。
「はい終わり〜⭐︎」
紫苑は、鉄槌を肩に担ぎ直す。
「……流石です」
奏が紫苑に歩み寄ろうとした、その時。
ヒュッ!!
赤い光を纏ったコードが、紫苑に向かって伸びる。
「は⭐︎?」
バチィンッ!
紫苑は手でコードを薙ぎ払った。
「……僕を拘束しようって⭐︎?趣味悪すぎ〜⭐︎」
コードの先、境内の奥から姿を現したのは。
「響!!」
奏が叫んだ。
紫苑は響の方に向き直り、にっこりと笑う。
「どう見ても、僕は縛る側ね⭐︎」
「……紫苑くん。久しぶり」
ゆっくりと、響がこちらに歩み寄る。
奏の三味線を持つ手に、力がこもった。
響は奏ではなく、紫苑を真っ直ぐ見ていた。
まるで最初から奏などいないみたいに。
そこにいるのは、紫苑だけだった。
息が、浅くなる。
まだ、響には届いていない。
あの日から、何一つ。
「お前だけ⭐︎?悪いけど、絶対勝てないよ?」
紫苑は、鉄槌を肩でトントンと弾ませる。
「わかってる。良いの、時間稼ぎだから」
「……そういうことね⭐︎
おい、奏」
「は、はい!」
奏が、ビクッと肩を振るわせて返事する。
「ちょっと変われ。ここは任せた⭐︎」
紫苑はスマホを取り出し、耳に当てる。
そして奏に向かって叫ぶ。
「早く!!」
「はい!!」
ザッ!
奏は、紫苑の前に飛び出した。
響と向き合う。
あの日と、同じように。
ドクン……ドクン……。
「……奏。私言ったよね。次は、容赦しないって」
響の眼差しは、鋭かった。
だけど、真っ直ぐに奏を捉えていた。
「……チッ。出ないか」
紫苑の視線が、一瞬だけ本堂の裏手へ向いた。
まるで、誰かを確認するように。
紫苑はそのまま、何かを決めたように踵を返す。
「奏、死ぬなよ⭐︎後処理だるいから⭐︎」
「え!?」
「頭使えよ⭐︎」
それだけ、言い残して。
「どこに行くんですか!?」
奏の叫びに、返事はなかった。
砂利の上を駆ける足音が遠ざかっていく。
境内に、嫌な静寂が満ちた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月3日21時
第六十七話 霊奏・反響




