第六十五話 ふたりの風
Side:颯
「……そうだな」
戒は、笑った。
拳銃を袈裟に仕舞い込み、そのまま手すりに足をかける。
「拳で十分だ」
次の瞬間。
戒の姿が、手すりを越えた。
「――っ!?」
落ちた。いや、違う。
“降りてきた”。
ドン!!
クレーンゲームの筐体の上に、戒が着地した。
振動で中の景品が崩れる。
次の瞬間、戒が動いた。
――速い!
気づいた時には、もう拳が目の前だった。
赤い霊力を纏った拳が、叩き込まれる。
「っ……!」
咄嗟に腕を上げて防ぐ。
ドゴォッ!
骨に響く衝撃と――熱に、思わず顔を顰めた。
ヒュッ!
すぐに反対側から叩き込まれる二発目。
膝を軽く曲げ、頭を攻撃の下に潜り込ませた。
「オラァ!」
戒の顔面にカウンターを打ち込む。
瞬間、柊が俺の拳に霊力を出力した。
完璧なタイミングだった。しかし、
「残念」
戒の肘が滑り込み、俺の拳を外へ弾く。
その流れのまま――こめかみにショートフック。
「……っ!」
脳が揺れた。
それも束の間、戒が足を突き出す。
ドガァッ!!
腹部に衝撃を受け、俺は後方に吹き飛んだ。
バキィィィン!
クレーンゲームの筐体に衝突し、ガラスが砕けた。
中からぬいぐるみが、雪崩みたいに溢れ出す。
『颯!大丈夫!?』
「……っ!来る!」
向かってくる狂気。
柊の声に答える暇はなかった。
俺の中から風が湧く。
ブワッ!
ぬいぐるみの群れを吹き飛ばした。
視界が開ける。
前方から突っ込んでくる――戒の姿。
俺は、クレーンゲームの操縦部を踏み台にし、横の筐体側面を蹴りあげて上に登った。
「おいおい、逃んのかぁ!?」
俺の後を追って、戒が筐体を駆け上る。
俺たちはクレーンゲームの筐体の上で、向かい合った。
透明な天板。
足元でネオンが揺れる。
戒が、全身に赤い霊力を纏った。
一瞬の、沈黙。
二人の体重で、天板がミシッ……と軋んだ。
その時。
ドンッ!!
重い踏み込みに、天板が揺れる。
戒の右ストレート。
俺は上体をずらして避ける。
拳が、俺の髪をかすめた。
「……っ!」
足場が揺れる。
戒が振動に動揺するわけもなく、体重を乗せて踏み込んできた。
ガンッ!
肘打ち。
俺の鎖骨に衝撃が走る。視界が瞬く。
だが。
「やらせねぇ!」
踏み込む。拳に力を込める。
天板がミシミシと軋んだ。
ドゴッ!
身体を押し出し、戒の腹に拳を叩き込んだ。
ぬいぐるみが下で跳ねる。
「チッ……!」
戒が距離を詰める。
顔面スレスレ――拳じゃねぇ!
ゴンッ!!
額と額がぶつかった。
いてぇ……!
透明な天板がビキッと鳴る。
「落ちるぞ?」
戒が低く囁いた。
直後、戒の膝が跳ね上がる。
ドスッ!
「……かっ……」
戒の蹴りが、腹にめり込んだ。
身体がくの字に折れた。一瞬、呼吸が止まる。
だが、俺は戒の襟元を掴んだまま、離さなかった。
「てめぇも一緒にな……!」
ミシミシミシ……
限界音。
――割れる。
右足に霊力を灯す。
軋む天板の上で、無理やり身体を捻った。
風が吹く……気配がした。
「旋霊脚――!」
バゴッ!!
突風を纏い、勢いをつけた回し蹴り。
足が戒の側頭部を打ち、戒がよろけた。
ガシャーンッ!!
天板が割れた。
足場が消える。
落ちる!
ブワァッ!
足元から、風が爆ぜた。
落下軌道を変え、横の別の筐体の縁に着地する。
戒もまた、筐体の中のぬいぐるみをクッションに使い、着地していた。
割れた筐体を挟んで、向かい合う。
巨大なぬいぐるみが、床に散乱していた。
互いに、息は上がっていた。
「……面白れぇ」
戒が、こめかみの血を拭った。
俺は体勢を構える。
――次の一撃が、最後だ。
『颯』
内側から、柊が語りかけてくる。
『僕は次の攻撃に、霊力をありったけ乗せる。
颯は――風を出して欲しい』
「……」
風は、勝手に湧いてきた。
……できるかどうかじゃねぇ。
『あの風は、颯の感情に反応してる。
感情を爆発させれば、きっと……』
やってやる。
『二人なら、やれる』
胸の奥が、熱くなる。
「行くぞ、兄貴」
戒の足元が、動いた。
赤い霊力が、膨れ上がる。
俺は、拳を構えて飛び出した。
戒。
もう二度と、てめぇに誰もやらせねぇ!!
「旋霊拳――!」
風が、吼える。
「疾風!!」
バァァァンッ!!
赤と青の霊力が、衝突する。
触れ合った拳が、焼けつく。
――赤い霊力が、乱れた。
一瞬、戒の焦点が外れる。
バチィィンッ!!
戒の腕が、弾かれる。
今だ。
踏み込む。
ひとりじゃねぇ。
「――これで終わりだァァ!!」
拳が、届く。
戒の瞳が、見開かれる。
ズガァァァンッ!!
拳が、戒の顔面を撃ち抜いた。
衝撃と同時に、風が爆ぜる。
赤い霊力が、砕けた。
戒の身体が宙を舞い、
ぬいぐるみの山を吹き飛ばして、
壁へ叩きつけられる。
ドォォンッ!!
崩れ落ちる。
ネオンの明かりが、静かに照らす。
戒は――動かない。
「……終わった」
胸の奥で、心音が重なる。
もう、重なりは揺れなかった。
戒の指先が、わずかに痙攣していた。
クレーンゲームの電子音だけが、やけに明るく鳴り響いていた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月2日21時
第六十六話 僕天才だから




