第五十九話 動き出す、朝【前編】
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――翌朝。
狛さんの声は、いつもより張りつめていた。
みんなも無言で荷物をまとめ、動きが早い。
空気が、昨日の朝とはまるで違った。
僕たちは、朝食を済ませるとすぐ――猿置山に向かった。
昨日と同じ編成で、三つのルートを進む。
石段を、紫苑さんと颯と並んで登った。
しばらく、誰も話さなかった。
「お前、クマできてんぞ」
颯が僕の顔を覗き込んで言った。
茶化すわけでなく、ちょっと心配そうに。
「あんまり、寝られなくて……」
僕は結局、霊力操作の練習をした後、眠れなかった。
瞼を閉じると、常夜や……紫苑さんの傷跡が浮かんできて。
ちらりと目をやると、
「ふわあぁ……」
紫苑さんは、大きな欠伸をしていた。
「紫苑さんも、寝不足ですか?」
「当たり前〜⭐︎
誰かさんたちが大工ごっこしてたせいで〜⭐︎」
「うっ」
紫苑さん。やっぱり何でもお見通しだな。
「はぁ?何の話だよ」
対照的に、颯はまるでわかっていない。
爆睡してたもんね。
かすかに虫の羽音が聞こえた。その時。
「来る⭐︎」
ガサガサガサッ!!
木々の間から、飛行虫のような霊害が溢れ出た。
小さい。だが、吐き気がするほど数が多い。
ブワッ、と一斉にこちらに向かってくる。
「颯!」
反射で手が伸びた。
颯の肩へ、霊力を流そうとして。
しかし、紫苑さんに遮られる。
「お前らじゃ、遅い⭐︎」
紫苑さんはボディバックの中から、何かを取り出した。
折り畳みの……あれは、何だ?
シュッ!
コンパクトに折り畳まれていたそれは、紫苑さんが一振りすると、大型の鉄槌に姿を変えた。
あの鉄槌は、以前、河川敷で見たことがある。
そういう仕組みか……!
紫苑さんの、目つきが変わった。
鉄槌が青白い光を帯びる。
凄まじい霊力に、僕は鳥肌がたった。
「消えな⭐︎」
ブォン!!
紫苑さんが、鉄槌を横振りした。
瞬間、青白い霊力が風みたいに――“目に見える軌跡"を引いて扇状に広がる。
霊害が、ジュッと音を立てながら次々と消えていった。
――虫の鳴き声みたいな、断末魔の叫びを残して。
霊力の圧で、僕までビリビリと震えた。
――格が違う。
「……あいつ、ムカつくけど本物だな」
僕の隣で、颯がポツリと呟いた。
にぱっと紫苑さんがいつもの笑顔を見せる。
「はい⭐︎畳むのはお前の仕事⭐︎」
紫苑さんは、ぽいっと鉄槌を僕に投げ渡した。
「え!?」
重いの来る!
そう思って体に力を入れたが……
受け取った鉄槌は、驚くほど軽かった。
「これって……」
鉄槌自体はおもちゃみたいなもの。
紫苑さんにとっての武器は――霊力そのもの。
「その武器、展開するのは簡単なんだけど、片付けるのが若干面倒なんだよね⭐︎」
僕が何となくの感覚で鉄槌を折り畳んでいると、
紫苑さんのスマホが鳴った。
「はいはーい⭐︎……え?」
声が、低くなる。
「うん。了解。すぐに」
真剣な顔つき。
嫌な予感が、喉奥を締めつけた。
颯も、険しい顔をして紫苑さんの言葉を待っていた。
紫苑さんが耳からスマホを離す。
「凡才教師から伝言。
小須商店街で霊害。しかも複数。
……常夜だね」
「……っ!」
一瞬、息が止まった。
もう、常夜が動いた。
「迎えが来るから下りて来いって」
「はい……!」
握り拳に、力が入る。
僕たちは急いで石段を駆け下りた。
「はー、だる⭐︎」
紫苑さんだけが、余裕だった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月26日21時
第五十九話 動き出す、朝【後編】




