第五十七話 回転する霊力
――僕は、真っ暗な闇の中にいた。
「……ここは?」
周囲を見渡すが、何もない。
颯も、いない。
「誰か……!」
闇の中を走り出す。すると次第に、一筋の光が見えた。
近づくと、誰かの輪郭が浮かび上がる。
「颯……!?」
颯の顔が見えた――その瞬間。
その輪郭が、ぐにゃりと歪む。
「おい凡才⭐︎誰かに言ったら殺す⭐︎」
紫苑さんだった。
「……っわぁ!」
ガバッと起き上がる。
古びた和室。畳の匂いと、颯のいびき。
「……夢……」
ほっと安堵の息を漏らし、スマホで時刻を確認する。
一時半。まだ、朝は遠い。
部屋を見渡すと、光流くんの布団だけ空だった。
やっぱり、まだ起きているのか。
カーン……。
「……え?」
何か、聞こえた気がした。
耳を澄ますと――
カーン……カーン……。
深夜に鳴るには、嫌すぎる音。
背中がすっ、と冷えた。
僕は、恐る恐る立ち上がり、音がする方へ向かった。
軋む廊下を、抜き足差し足で進む。
音が、近づいてくる。
自分の鼓動まで、やけにうるさい。
風呂場へ続く廊下に、うっすらと明かりが灯っている。
ゆらりと動く、人の形。
廊下の端に立てかけてあった箒を手に取る。
両手でぎゅっと握りしめた。
カーン……。
――釘?
まさか……呪い?
それとも、霊害……?
今ここで颯を起こしたら、みんなも起きる。
だから、僕が止めるしかない。
迷っている暇はなかった。
箒に霊力を流した瞬間、穂先が淡く光る。
そして、
「わあああああ!」
バシィッ!!
僕は影の背中に向かって駆け出し、箒を一気に振り下ろした。
「いってぇー!!」
――はっ!
こ、この声は……!
「光流くん!?」
「って、柊かよ!奇襲かけるのマジやめて!?」
涙目になって振り返ったのは、光流くんだった。
床に置かれたスマホの明かりが当たって、はっきりと顔が見えた。
「ごめん!敵かと思って!!」
僕は急いで箒を手放す。
「どう見ても俺ね〜!?」
「でも何で光流くんが?こんな時間に……」
「いやあ〜なんか寝付けなくってさ〜」
光流くんの手には、金槌と釘が握られていた。
そしてこの位置。昨日、光流くんの足が貫いた場所だ。
「もしかして、直してた?」
「そうそう!DIY!応急処置だけどね!
抜けたとこに板を渡して、上から留めてるだけ〜」
いつの間にか、廊下の隅に工具箱が。
カーン!
「やべ、金槌うるさ。ビスにしよ〜。
キリで軽く穴開けて……っと」
光流くんは、電動ドライバーに持ち替える。
一体どこから、道具を集めてきたんだろうか。
ウィーン……。
暗く静かな廊下に、ドライバーが回る音が響いた。
僕は静かに、その様子を見つめる。
「なんかさぁ〜」
光流くんが、口を開いた。
「……最近、敵わねぇって思うこと、続いててさ」
聞いたことがないくらい、弱々しい声だった。
「柄にもなく、努力しちゃったわけよ〜。
だけど……」
ヴゥンッ。
ビスが、木板に捩じ込まれる。
「まだ、足りなくてさ。
なんだろうな。俺まで、弱気になってちゃいけないのに」
ドライバーを持つ手が、震えていた。
暗い廊下に、モーター音だけが響く。
「強く見せんのが、俺の得意分野なのにね」
「……」
光流くんは、何でも卒なくこなしてしまうと思っていた。
そんな光流くんも、今、壁と向かい合っている。
……僕と同じだった。
「あー!ドライバー楽しい!柊もやろ〜!」
「……え」
光流くんが、半ば強引に僕に持たせる。
言われるがまま、僕もドライバーでビスを打ち込んだ。
ウィーン。
ビスは回転しながら、木に潜り込んでいく。
――僕はいつも、回そうとしていた。
でも違う。最初から、回っていれば良い。
「……もしかして……」
僕はドライバーを動かす手を止め、小さく呟いた。
「光流くん!」
光流くんの胸に、ドライバーを突き返す。
光流くんは両手でそれを受け止めた。
「はい!どうした!?」
「ありがとう!何かわかったかも!
僕、ちょっと行ってくる!」
「どこに!?今一時だけど!?」
光流くんに背を向け、玄関に向かって駆け出した。
すぐに試したいことがあったんだ。
ずっと、できずに悩んでいた、アレを――
成功させる。
「ん〜、何か気づいたっぽい〜?
柊って一回思い込むと切り替え苦手だけど、ハマったら一気に伸びるよね〜!
……俺も、切り替えないとね〜」
走り去る僕に、光流くんの声は、もう届いていなかった。
ひとり、民宿の外に出る。
颯の心音が、まだ遠くで鳴っている。
共霊が安定してきてから、少しずつ、離れても鼓動は乱れなくなった。
カエルの声に混じって、遠くで鳥の声が聞こえる。
ブッ、ポゥ、ソゥ。
仏法僧――そんな風に聞こえる声。
夜の山で、一定のリズムで響くその音が、僕の集中力を高めてくれていた。
目を閉じ、深く呼吸をする。
――最初から、回転をかける。
全身を巡る霊力に、少しずつ回転を乗せていく。
頭の中で、丁寧にイメージする。
そして――
ゆっくりと、目を開いた。
「……いけっ!!」
そのまま、押し出す!
ブワァッ!
空気が裂けたみたいに、音が鳴る。
「……!!」
右腕に出力した霊力が、螺旋を描いてほとばしった。
空気が震え、草がざわりと揺れる。
――回ってる。
確かに、回転している。
「……やった……!」
僕は霊力を引っ込めると、右手首をぎゅっと握った。
まだ、皮膚の奥が微かに熱い。
後は――共霊の時に、成功させるだけだ。
暗闇を、自販機の光が街灯代わりに照らしていた。
山は眠っているのに、僕の内側だけが回り続けていた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月25日21時
第五十八話 計画通りに




