第五十六話 天才の傷
忘れてきたスマホを回収しに、僕と颯は脱衣所に戻った。
「……失礼しまーす」
そろりと引き戸を開く。
紫苑さんの姿は見当たらない。
「俺、ここで待ってっから」
「うん。すぐ取ってくる」
僕はサッと脱衣所の中に入り、先ほど着替えを置いていたカゴを見に行った。
「……あった!」
カゴの中に、取り残された僕のスマホ。
良かった、すぐに見つかった。
急いで戻ろうとした、その時。
カラカラ……。
「!」
引き戸が開く音。反射的に、僕はそっちを見た。
――見てはいけないものを、見てしまった。
「……は⭐︎?」
一瞬、息が止まる。
――紫苑さん。
右上半身を覆う、古い火傷跡。
皮膚は溶け、引き攣れ、そこだけ別人の身体みたいだった。
咄嗟に、視線を逸らした。
しまった。今の状況、どう見ても――覗きだ。
「ご、ごめんなさい!」
「……覗くなって言ったよね?」
「違います!スマホ忘れて……!」
「言い訳いらない⭐︎」
氷みたいな声。
じんわり、背中に汗が伝った。
「お前、これ、誰にも言うなよ」
「……え?」
「天才が傷負ってるなんてバレたら、踏みに来るやつがいるでしょ〜⭐︎?こわいこわい⭐︎」
紫苑さんはいつもの調子に戻り、おどけてみせる。
「特に、狛には絶対言うな⭐︎
……こんなの見たら、面倒になる」
その言葉だけは、軽くなかった。
「わかったら早く消えろ⭐︎」
「はい!すみません!!」
僕は慌てて脱衣所を飛び出した。
心臓がバクバクと音を立てる。
「おー?って、どうしたんだよ」
「……すごい汗だね……?」
脱衣所の外で、颯は福くんと何か話をしていた。
珍しい組み合わせだ。
二人は揃って、僕を不思議そうに見つめる。
「な、何でもない……」
「何でもなくはねぇだろ。あ、もしかして紫苑か?」
福くんが上目遣いで呟く。
「“覗きキショ⭐︎”とか……言われたんじゃない……?」
「……あはは……。まあ、そんなところ」
無理やり浮かべた笑顔が、引き攣った。
「誰もお前の裸とか見たくねぇってな〜」
「……ぷぷっ!確かに……!颯くん……面白い……」
颯と福くんがそんなやりとりをしていると、
シュッ。シュッ。
後方から淡く青白い光が二つ、飛んできた。
その光は僕の横を通り過ぎ、見事二人に命中する。
「あっち!!」
「うわーん!!何!?」
正体は――お札だ。
じゅぅっと音を立てて消えた。
そして脱衣所から、紫苑さんの声。
「聞こえてんだよ⭐︎雑魚霊ども⭐︎」
見れば入り口の引き戸が、ほんの少しだけ開いている。
さーっと血の気が引いた。
「も、戻ろ!二人とも!」
僕は両手で二人を押し出すようにして、その場を去った。
……その日の夕食が、何だったのか思い出せない。
あの火傷の方が、ずっと鮮明だった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月24日21時
第五十七話 回転する霊力




