第五十四話 青白く光る湯
ガラッ。
「お風呂ー!!」
腰にタオルを巻いた光流くんが、勢いよく引き戸を開けた。瞬間、暖かい湯気に包まれる。
「狭ーい!!」
「わ、わぁ……」
“源泉掛け流し”と聞いていた露天風呂は……正直に言って、四角い穴だった。
二人でいっぱいの広さ。洗い場も、肩がぶつかる距離。
だが、それよりも。
僕が気になったのは、温泉の“色”。
「光ってる……!」
お湯が、青白く光っている。
「霊力めっちゃ含んでるー!
さすが信仰の地域!ちょっと颯ー!!」
そう言って、光流くんは脱衣所の外にいる颯を呼んだ。
「んだよ?」
戸をすり抜けて、颯が顔を出す。
「颯も入れるー!」
「はぁ?」
気づいた時には。
僕たちは三人並んで、みちみちになりながらお湯に浸かっていた。
「……同時に入らなくてもいいだろ」
颯がポツリと呟いた。
光流くんの勢いに押されて入ったけれど、それは僕も同感だ。
「ふ〜!天国〜!」
光流くんが、温泉に身体を沈める。
反射的に、ぎゅっと押し潰される颯。
その颯もまた、隣にいる僕を圧迫した。
「おい光流、沈むな!狭ぇ!」
風呂場に颯の声が響く。
光流くんは、包帯がお湯で濡れないように、右手を頭の上に乗せる。
目をやると、包帯が少し赤くなっているのが見え、僕はすぐ視線を逸らした。
「てかよ〜泊まる部屋、紫苑と一緒なのキツくねぇ?」
颯がはーっと大きなため息を吐く。
「狛さんと紫苑さんが喧嘩したこと心配してんの〜?」
颯を覗く、光流くんの髪の先から、ぽたりと水滴が落ちた。
「あの二人なら大丈夫でしょ〜。
ああやって言い合うこと、今日だけじゃなくて、これまで何回かあったんじゃない?
それでも一緒にいるんだから、俺たちの知らない絆?みたいなのがあるんでしょ〜」
「……」
颯は目を閉じて眉を寄せる。
「あ、単純に自分の話?紫苑さん嫌なんだ」
光流くんが察して呟いた。
その言葉に、颯がふんと鼻を鳴らす。
「普通にムカつく。気に入らねぇ」
「……」
僕は無言で、青白く光る湯の中を見つめていた。
結局あの後、紫苑さんは居間に戻ってこなかった。
正直僕も、紫苑さんのことが、ちょっと怖い。
「俺は紫苑さん嫌いじゃないけどな〜」
「はぁ?何でだよ?」
「だってさー」
光流くんは、笑って空を見上げた。
「あの人、嘘言わないじゃん」
僕もつられて、空を見上げる。
雨上がりの、澄んだ空に、
雲がゆっくりと流れていた。
そうか。
だから、怖いんだ。
真実を正面から突きつけられる気がして。
「俺そろそろ上がる〜!二人は?」
光流くんが立ち上がって尋ねた。
「僕は、もう少し後にするよ」
「……俺も」
僕たちは光流くんを見上げながら答える。
「のぼせんなよ〜!」
ニヒヒと笑って、光流くんは脱衣所に向かった。
温泉の中に、僕と颯が取り残される。
「……そう言えばさ、颯」
湯の中を見つめたまま、僕は口を開いた。
ずっと気になっていたことを、確認するために。
「共霊、繰り返してるけど……
僕の記憶って、あれから……どれくらい見た?」
「……あー……」
颯は、少し考え込んでから話し始めた。
「ガキの頃」
僕は、ごくっと固唾を飲んだ。
「……プールの日だな。お前が“着替え楽だから”って水着下に着て登校して、替えのパンツ忘れてノーパンで過ごしてたこととか」
「はい!?」
思わず、声が裏返る。
「お前、ほんとバカだよな」
颯の声は、少しだけ柔らかかった。
「あとよー……変なのもあったんだよ」
「へ、変?」
僕は顔を赤くしながら、眉を寄せる。
「お前の……赤ん坊の頃の記憶?みたいなやつ」
「赤ん坊の時?」
ぴたりと、身体が固まった。
僕の知らない僕を、颯は見ている。
「多分お前のとう――」
颯が言い終わる前に。
「ぎゃーーー!!」
バキィッ!!
悲鳴と、物凄い音がした。
「何!?」
僕と颯は、同時に顔を見合わせた。
霊気じゃない。だけど嫌な音。
急いでお湯から上がり、脱衣所に向かう。
脱衣所に人影はない。となると、外だ。
僕が脱衣所の引き戸を開けると――
「いってぇ!!何これ!?」
光流くんの足が、床を突き破っていた。
信じられない光景に、言葉が出ない。
「おーい、大丈夫かい〜?
……あらら」
音を聞きつけて、奥から古我さんが現れる。
「そこねぇ、ちょっと危ないかなぁとは思ってたんだよねぇ……」
「床抜けたよ!?」
光流くんが、古我さんに手を引っ張られながら、足を引っこ抜く。
「ごめんねぇ。怪我してないかい?」
「大丈夫だけど、この家こわいっす!!」
光流くん、泣きそうな顔してる……。
「……呪われてねぇよな?」
颯も、顔を青くして呟いた。
青白い湯気が、ゆらりと揺れた。
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※次回更新:2月23日19時
第五十五話 湯上がりの、不安




