第五十三話 “あの方”
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ガラッ。
居間の襖が、開く音がした。
僕たちが一斉に視線を向けると、
そこに現れたのは――狛さんだった。
「……さっきの話の続きを、しようか」
その声に、空気が再びピリついた。
狛さんは座布団に腰を下ろす。
「……話が散らばっている。順に確認しよう。
斎賀先生、書くもの、ありますか?」
「ちょっと待ってね」
斎賀先生が鞄の中から、ルーズリーフとボールペンを取り出した。バインダーに挟んで狛さんに渡す。
「まず、あの白寧という男」
狛さんがペンを滑らせる。
僕たちは、紙に落ちるペンの先を見つめた。
「山の霊害を“ペット”と呼んでいた。
おそらく、山の霊害たちは常夜が持ち込んだものだ」
“ペット”。
霊害をそう呼ぶことに、違和感がする。
胸の中に、もやもやしたものが広がった。
「だが、“元は霊獣だった”とも言っていた。
……これは、あくまで仮説だがな」
狛さんは一度、言葉を切った。
「常夜は、霊を集めている可能性がある」
「……何の目的だよ?」
「霊力を搾り取ってるのよ」
颯の問いに答えたのは、麗子さんだった。
「喝采って男が、言ってたわ」
光流くんが麗子さんを見ていた。不安そうな目で。
狛さんはペンをこめかみに当てて少し考えた後、口を開いた。
「……霊から霊力を搾取して、“何かを作っている”」
搾取する――絞り取る。
霊を、使い切る前提の言葉。
僕は眉を顰めた。
「赤い霊力や霊を使った実験と、関係あるだろう」
ペン先が、紙に男の名を記す。
「この、喝采という男だが……明らかに格上だった」
その場の空気が、一層沈む。
全員が黙って紙面に目線を落としていた。
「……白寧は、喝采に逆らえない感じだったよね?」
光流くんが、低い声で言う。
「ああ。そして、二人とも“あの方”と口にしていた。
喝采は、“あの方”の指示に従っているような……」
そう言って狛さん自身も、僅かに眉を寄せた。
考えが追いついていないように見えた。
「……“あの方”が、常夜のトップ、なのかもしれないな」
「なるほど。仮に”あの方”がトップだとすると、その下に喝采、さらにその下に、白寧がいる、ということですね。
さらに、常夜には……」
奏さんが、紙を指さした。
「霧島琴子、戒。
それから、響がいます」
多い。
それだけで、息が詰まった。
狛さんが、奏さんの言った名前を紙に書き足していく。
「白寧ってヤツ。アタシが見た感じ、戒より実力者よォ」
麗子さんの見立ては正確だろう。
狛さんはペンをくるっと手元で回した。
「……となると、戒は常夜の中でも、下の存在だな」
――下。
あの強さで。
「……六人」
「でも狛くん。それが全員ってわけじゃ、ないよね?」
伊吹さんが、狛さんの顔を覗き込む。
「ああ。何人いるかは、わからない。
だが、ヤツらが組織ぐるみで何かしようとしていることだけは、わかる」
「一体、何を……」
「斎賀先生。父さんは、何か言っていましたか?」
狛さんが、斎賀先生の方を見た。
「はい。白寧と喝采について、調べてみる、と。
二人とも、これまで警察で名前が出たことはないようです」
「……あの白寧って男、話し方が少し、変わっていた。
名前からしても、日本人ではなさそうだ」
常夜は、もうどこまで入り込んでいるのだろう。
「敵は、いつ何を仕掛けてきてもおかしくない。
アイツらは、強い。
……次に会えば、怪我だけですまない」
事実を伝える声だった。
脅しでも、忠告でもない。
狛さんの目に、迷いはなかった。
――戦うしかない。
誰も、顔を上げなかった。
数秒の沈黙が、永遠に感じられた。
「おーい」
静寂を切り裂いたのは、古我さんの呼び声だった。
襖が開き、古我さんが顔を出す。
「みんな、夕食までまだ時間があるから、先にお風呂に入ってきたらどうだい?」
柔らかな笑顔に、場の空気が少しだけ緩む。
「少し狭いけれど、うちの温泉は源泉掛け流しだよ」
その穏やかな声が、今だけの安全を約束してるみたいだった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月22日15時
第五十四話 青白く光る湯




