第五十二話 それぞれの事情
「……っはぁ〜」
光流くんは、風船の空気が抜けるみたいに大きく息を吐いた。
「いやいや……先輩たちこわすぎ。
あ、伊吹さんは別ね!」
「ふへへ〜」
伊吹さんが、ふにゃりと笑う。
二人の言葉に、ふっと体の力が抜けた。
それは僕だけではなく、この場にいるみんなが同じだった。
「あの……僕が電話している間に、何があったんですか?」
斎賀先生が、恐る恐る尋ねた。
「なんかさー、最初は普通にみんなで話し合ってたんだけど、紫苑さんが途中から、めちゃくちゃ煽り始めてさ〜」
僕の隣で光流くんが、畳の上に仰向けで寝転がる。
颯は僕のすぐ横で胡座をかき、寝転ぶ光流くんを見た。
「あれは完全に紫苑が悪ぃだろ。
あー思い出したら、また腹立って来た……。
おい柊、肩パンしていいか?」
「さ、斎賀先生にお願いしてみたら?」
「柊くん!?君は何を言ってるの!?」
そう言って斎賀先生は、逃げるように襖まで後退りする。
「でも、紫苑さんの言うこと、間違ってはないんですよね……」
奏さんの言葉に、場の空気が一瞬だけ張り詰めた。
「あ?奏、あっちの味方かよ?」
颯が奏さんを睨みつける。
「コラ颯、やめなさい。
あっちとかこっちとか、ないでしょォ。
アタシたちはチームなんだから」
麗子さんは颯をたしなめると、光流くんの隣にごろんと横になった。
僕は壁にもたれながら、みんなの会話を聞いていた。
「紫苑が煽りすぎなのは事実。
でも、狛が焦りすぎなのも事実よォ」
麗子さんは頭の上で手を組みながら、続ける。
「そりゃ、狛はアンタたちの先輩で、祓い師としての経験も多いわァ。
それに横にいるのが紫苑と伊吹じゃ、自分がチームを引っ張らなきゃって思うのも当然かもしれないけれど……
それにしてもよ。一人で責任感じすぎよねェ?」
その言葉は、人ごとに思えなかった。
「なーんかさ」
颯が僕を見る。
「狛さんも、ちょっとお前みてぇだよな」
「うっ」
颯、最近鋭いな。
確かに僕と狛さんは、一人で勝手に抱え込むところが似ているのかもしれない。
「狛もまだ子供なんだから。
せめて、年上のアタシくらいには頼って欲しいわァ。
何か事情があるんでしょォけど〜……」
「う〜ん。
そう言えば狛さん、“五年前の六月が〜”とかなんとか、言ってたんだよねぇ〜……」
畳に並んで寝転がりながら、二人は揃って正面の斎賀先生を凝視していた。
「な、何ですか、その目は……」
斎賀先生の目が泳いでいる。
「いや〜?斎賀先生は、なーんか知ってるんじゃないかなぁ〜って……」
「何だかんだ精通してるわよねェ〜……」
斎賀先生は、観念したようにため息をついた。
「はぁ……わかりましたよ」
「ほらぁ!!」
光流くんがガバッと起き上がる。
「勝手に話すのは、少々気が引けるんですが……」
僕は膝の上で、ぎゅっと拳を握りめた。
何か、大事な話が始まる気がしたから。
斎賀先生は言葉を選ぶように、一度視線を落とした。
「狛くんの家はね……久世家と深い関わりがあるんです。
簡単に言えば、“護衛役”みたいな立ち位置なんですよ。
狛くんは、“守れなかったら価値がない”って教えられて育った子なんです」
誰かを守るために、強さを教えられてきた人。
――『守れるのは、強者だけ』
あの日の篝くんの言葉が、ふっと蘇った。
「だからね。そもそも、“自分が守る”って気持ちが強いのかもしれませんね」
「久世って、紫苑さんのことだよね?」
光流くんは顎に手を当てながら尋ねた。
「そうです。久世は、紫苑くんだけじゃないけどね」
「でも、紫苑さんは破門されていますよね?
もう今は久世家と関係ないのでは?」
奏さんの言葉に、僕は颯と顔を見合わせる。
「うーん……僕も全て知ってるわけじゃないですからねぇ……。とにかく、二人が一緒に行動しているのは、何か訳があるのでしょう」
斎賀先生は眉を寄せ、後頭部を掻いた。
「じゃ、五年前のことは?先生何か知ってる?」
“五年前”。
その言葉に斎賀先生の表情が、わずかに曇ったように見えた。
「狛くんが前の守護霊を手放したのが、五年前。
ということは……知っています」
「あら。黒狼は二代目だったのねェ」
「じゃあ、あれはそういうこと……?」
光流くんの呟きに、颯が反応した。
「あれって何だよ?」
「いや!こっちの話!」
「はぁ?」
光流くんは、気づいていても言わないことが、よくある。
それが、僕は少し寂しくもあった。
僕たちの話を伊吹さんは、座布団を両手で抱えながら静かに聞いていた。
その隣で福くんが、伊吹さんの服の裾を強く握りしめていた。
***
その頃。襖の向こう側――宿泊用の和室。
縁側に腰掛け、紫苑は一人、外を見ていた。
ススッと静かに、背後で襖が開く。
紫苑は目を向けずとも誰が来たのかわかっていた。
「なーに?負け犬」
「……紫苑」
襖の間から、狛が顔を出す。
「すまなかった」
「……」
「明日の朝、山の霊害を片付けよう。
戻るのはそれからだ」
紫苑は何も言わず、ただ耳を傾けていた。
さっきまでの雨は上がり、雲の隙間から日差しが注ぐ。
その光に、庭の紫陽花に残った水滴がキラキラ輝いた。
「……お前にひとつ、頼みがあるんだ」
狛の凛とした声が、古い和室に響く。
縁側から見えた空に虹がかかる。
紫苑は、一度もそれを見ようとしなかった。
「いいよ。……久しぶりに、やってあげる」
狛に背を向けたまま、紫苑の口角がゆっくりと上がる。
その笑みは、五年前と同じだった。
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※次回更新:2月22日12時
第五十三話 “あの方”




