第五十話 嵐の中で
***
Side:柊
僕たちは、雨を裂くように駆けていた。
雨が勢いよく降り始め、前が霞んで見える。
次第に、服が雨を含んでいく。
誰一人、足を止めて傘を広げようとはしなかった。
「待って!」
紫苑さんの声が、雨音を割く。
「気配が動いた!僕は、狛たちの方に行く!」
「え!?」
「伊吹は柊と颯連れて、奏のとこ!」
捲し立てるように言い放ち、紫苑さんは踵を返した。
「柊くん、颯くん!行くよ!」
伊吹さんに迷いはなかった。
紫苑さんの判断を信用しているんだ。
ぬかるむ地面に足を取られても、止まらなかった。
紫苑さんと別れて、数分後。
「いた!奏ちゃん!福ちゃん!!」
先頭を走る伊吹さんが、林の中に二人を見つけた。
一際大きな木の根元にしゃがみ込んでいる。
他には誰も見当たらない。
「……伊吹さん……」
奏さんがゆっくりと顔を上げる。
ぐっしょりと濡れた二人は、怪我がないことが逆に異様なくらい、元気がなかった。
「柊くん!タオル!」
「は、はい!」
僕はリュックからタオルを取り出して、伊吹さんに手渡す。
伊吹さんは素早く、奏さんの頭をタオルで包んだ。
「二人とも、ごめんね……ボクが、はぐれたから」
伊吹さんが奏さんをぎゅっと抱きしめる。
そして、福くんの顔を心配そうに覗き込む。
「何か、あったんだよね?」
「い、伊吹ちゃん……」
福くんは瞳を潤ませ、震えていた。
「お前ら大丈夫かよ……!?」
尋常でない様子の二人に、颯も焦りを滲ませていた。
僕はリュックから折りたたみ傘を取り出し、風に煽られないように気をつけながら、二人の頭上に翳した。
「……大丈夫です。
今日は……何も、されていません」
「“今日は”……?」
思わず聞き返す。
奏さんは何も答えず、ただ背後の森を見ていた。
「ここに、誰か来たんだね?」
奏さんの肩を掴み、伊吹さんが尋ねる。
「……虎が、逃げたと……」
「虎?」
僕が聞き返したのと同時に、ポケットでスマホが震えた。
「古我さんだ!」
幸い、ここはまだ電波が入る場所だった。
慌ててスマホを耳に当てる。
古我さんの焦った声が、スマホ越しに飛んできた。
『おーい!大丈夫かい!?』
「ぼ、僕は無事です。でも……」
ちらりと、奏さんと福くんを見る。
『大丈夫じゃなさそうだね!
予想外に雨がひどいから、もう下山した方が良い!』
「はい」
『今、作業道の子たちを迎えに行ってるから、その後で行くよ!登山口まで、下りて来れるかい?』
「……わかりました」
スマホを耳から離す。
「古我さん、何て?」
颯が険しい顔で僕を見ていた。
「雨がひどいから、下りて来てって……」
「奏ちゃん。立てる?」
伊吹さんが奏さんの手をとって、立ち上がる。
遠くで雷が落ちる音がした。
「一旦、下山しよう」
今までになく真剣な、伊吹さんの声。
僕たちは殆ど何も話さず、山を下った。
雨音と雷鳴が響く。
嵐は、まだ始まったばかりだった。
そして僕たちは、その中心にいることを、まだ知らなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月21日12時
第五十一話 知っていること、言えないこと




