第四十九話 消えない番号
白寧の瞳から、獣の金が消えた。
「……喝采。どうして、ココニ?」
白寧が、喝采の方を振り返る。
「貴方を連れ戻しに来たんですよ。
“あの方”は、山に霊害を放つようには言いましたけど、
貴方に『山に行け』とは言っていないでしょう?」
喝采は、呆れ顔でため息を吐く。
「デモ……」
白寧は、気まずそうに視線を落とした。
「貴方が勝手なことをすると、私が困るんです。
さぁ、帰りますよ」
「……あ……」
白寧が、ちらりと狛を見る。
決着をつけたいのだろう。
喝采の瞳が、暗く濁った。
「これ以上、駄々をこねるなら、
その首、引き裂きますよ」
掲げられたダガーナイフが、喝采の首元でギラリと光る。
ゾワッ!
白寧の背筋を、冷たいものが一気に這い上がった。
その瞬間、フッと白寧の身体から白虎が抜け出る。
姿を現した白虎は、低い唸り声をあげ、喝采を威嚇した。本能が、喝采を“危険”だと判断している。
「……ッ」
狛にも、喝采の殺気は届いていた。
勝手に立った鳥肌が、おさまらない。
「狛さん!!」
戦いを終えた光流と麗子が、背後から現れる。
「やばいやつ、増えちゃってますよね!?」
光流は、ちらりと喝采に目をやる。
「おや?」
喝采は指先で唇をなぞりながら、首を傾げた。
視線の先には、光流ではなく、麗子。
「貴女。No.8ではないですか」
その言葉に、麗子の肩が、わずかに揺れた。
「……麗子」
光流が、麗子を庇うように前に出た。
確かめるように、問う。
「本当に、覚えてないんだよね?」
「……ええ。だけど――
アタシって、常夜と関わりのある霊なのかもしれないわね」
麗子の言葉は、消え入りそうなほど、弱かった。
あの日以降、頭の隅にあった違和感。
ずっと、見ないふりをしていた。
――認めたくなかった。
「ははははは!」
喝采は楽しそうに笑い、両手を広げる。
「貴女、よく鳴いていましたよねぇ」
光流の表情が、歪む。
その瞳に、怒りが満ちていく。
「ふふふ……忘れられるわけがない……!」
「……やめなさい。それ以上、言うんじゃないわ……!」
瞬間、麗子の頭の中に、見覚えのない映像が浮かんだ。
暗い地下室。
鎖の感触。
耳に残る、笑い声。
麗子は頭を抱えて、しゃがみ込んだ。
「麗子!?」
光流が振り返る。
「何なのよ……これェ……」
麗子は顔を青くして、震えていた。
「おっと、お喋りが過ぎましたね。
白寧。戻りますよ」
「待て!!」
呼び止めたのは、光流だった。
右手に青白い霊力を灯す。
「逃げんなよ!」
「逃げるわけではありません。
スケジュールに沿っているだけです」
にっこりと、喝采が微笑む。
だが、その目は笑っていなかった。
光流が一歩踏み出した、その瞬間。
赤い光が、瞬いた。
「やめろ光流!!」
狛の声と、ほぼ同時。
光流の構えた拳に、ナイフが突き刺さっていた。
痛みに目を瞑った、次の瞬間。
「チャラついた人間は、嫌いなんですよ」
複数のナイフが、光流に向かって、飛ぶ。
「光流ゥ!!」
光流の視界が、大きな影に覆われた。
ザクッ!ザクッ!!
麗子は光流を正面から抱え込み、
迷いなく、その背でナイフを受け止めた。
「あらあら。あんなに憎んでいた人間を庇うなんて、貴女、本当にどうかしてますね」
喝采は、頬に手を当て眉を下げる。
「……麗子!!」
「光流……大丈夫ゥ……??」
麗子の輪郭が、薄くなっていく。
光流は、急いで霊力を流し込んだ。
「さ、行きますよ。白寧」
「……ハイ」
二人はくるりと背を向けると、林の奥へと進んで行く。
もう誰も、二人を止められなかった。
「……申し訳ない……」
そう呟いた、狛の言葉は雨音にかき消され、
大粒の雨が、地面に水溜りを作り始めていた。
麗子の輪郭は、まだ戻らない。
“No.8”。
その番号だけが、残った。
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※次回更新:2月20日21時
第五十話 嵐の中で




