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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
重なりゆく心音

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第四十六話 今日は喧嘩する日ではない


 ***


 参道ルートを少し逸れた、林の中。

 奏は、固まっていた。

 圧倒的な気配を前にして。


「いやぁ〜!なかなか面白いショーでしたよ〜!」


 静かな山に、不相当な明るい声が響く。


 霊害の群れは、確かに祓い切った。

 だがその直後、どこからともなくこの男が現れたのだ。

 

 真紅の燕尾服に、顔の片側だけ白塗りの、ピエロのようなメイク。

 背は高いのに、不自然なほど丸まった猫背が、不気味さを一層強調していた。


 霊力の圧に、奏の足がすくむ。

 隣の福も、瞳を潤ませて動けずにいた。


「……あ、あなたは……!?」


 精一杯、名を尋ねた。


「私ですか?私は、喝采アプローズ

 通りすがりの道化師です」


 そう言って喝采は笑う。


「貴女に用はなかったんですけれどねぇ……

 つい、気になって寄ってしまいました。

 随分と面白い武器を、お持ちですね」


 すっと、喝采が奏の三味線を指さした。

 黒いネイルが施された、長く尖った爪。


「ちょっと、見せて頂けませんか?」


 奏は、ぎゅっと三味線を握り締める。

 三味線の弦が、触れてもいないのに震えていた。

 ――“勝てる”という発想が、最初から浮かばない。


 逃げなくては。

 頭では理解しているのに、足先が地面に縫い留められたように動かない。


「まあまあ、そう警戒なさらないで下さいよ」


 喝采は肩をすくめた。


「この山で……一体、何を……?」


「山に用はありません。私はインドア派なんですよ」


 緩くパーマがかった髪を、指先にくるくる絡ませながら言う。


「虎が一匹、勝手に出て行きましてねぇ。

 回収に来たんです。言うことを聞かない子は、困りますねぇ」


「……は……?」


 虎――?

 この山に、そんなものがいるはずがない。

 なのに、手に汗が滲む。


 ポツ……ポツ……。


 さっきまでの晴天は重い雲に覆われ始め、小さな雨粒が天から降り注いだ。

 

「おっと」


 喝采の眉が、ぴくりと動く。


「どうやら、気づかれたようですね。全く、食えない少年ですよ」


「……?」


 奏は、福と顔を見合わせた。

 福も首を傾げ、話の要領を得ていない様子だ。


「私はね、スケジュールに厳しいんです。

 ……よって、今日は喧嘩をする日ではない」


 喝采はくるりと背を向けた。


「……また会いましょう。音楽家のお嬢さん」


 その言葉だけを残して、喝采の姿は、林の奥へと溶けるように消えた。


 ――『今日は喧嘩をする日ではない』


 “今日は”

 では、いつならいいのか。


 奏は三味線を抱きしめた。

 弦が、まだかすかに震えている。

 

 その日が来る前に、ピッチを完璧に合わせなくてはならない。


 福の手が、ぎゅっと奏の袖を掴んでいた。

 

 雨音が、時計の針のように刻む。


読んでくださってありがとうございます。

次回更新:2月18日21時

第四十七話 “支える”という戦い方

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