第四十六話 今日は喧嘩する日ではない
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参道ルートを少し逸れた、林の中。
奏は、固まっていた。
圧倒的な気配を前にして。
「いやぁ〜!なかなか面白いショーでしたよ〜!」
静かな山に、不相当な明るい声が響く。
霊害の群れは、確かに祓い切った。
だがその直後、どこからともなくこの男が現れたのだ。
真紅の燕尾服に、顔の片側だけ白塗りの、ピエロのようなメイク。
背は高いのに、不自然なほど丸まった猫背が、不気味さを一層強調していた。
霊力の圧に、奏の足がすくむ。
隣の福も、瞳を潤ませて動けずにいた。
「……あ、あなたは……!?」
精一杯、名を尋ねた。
「私ですか?私は、喝采。
通りすがりの道化師です」
そう言って喝采は笑う。
「貴女に用はなかったんですけれどねぇ……
つい、気になって寄ってしまいました。
随分と面白い武器を、お持ちですね」
すっと、喝采が奏の三味線を指さした。
黒いネイルが施された、長く尖った爪。
「ちょっと、見せて頂けませんか?」
奏は、ぎゅっと三味線を握り締める。
三味線の弦が、触れてもいないのに震えていた。
――“勝てる”という発想が、最初から浮かばない。
逃げなくては。
頭では理解しているのに、足先が地面に縫い留められたように動かない。
「まあまあ、そう警戒なさらないで下さいよ」
喝采は肩をすくめた。
「この山で……一体、何を……?」
「山に用はありません。私はインドア派なんですよ」
緩くパーマがかった髪を、指先にくるくる絡ませながら言う。
「虎が一匹、勝手に出て行きましてねぇ。
回収に来たんです。言うことを聞かない子は、困りますねぇ」
「……は……?」
虎――?
この山に、そんなものがいるはずがない。
なのに、手に汗が滲む。
ポツ……ポツ……。
さっきまでの晴天は重い雲に覆われ始め、小さな雨粒が天から降り注いだ。
「おっと」
喝采の眉が、ぴくりと動く。
「どうやら、気づかれたようですね。全く、食えない少年ですよ」
「……?」
奏は、福と顔を見合わせた。
福も首を傾げ、話の要領を得ていない様子だ。
「私はね、スケジュールに厳しいんです。
……よって、今日は喧嘩をする日ではない」
喝采はくるりと背を向けた。
「……また会いましょう。音楽家のお嬢さん」
その言葉だけを残して、喝采の姿は、林の奥へと溶けるように消えた。
――『今日は喧嘩をする日ではない』
“今日は”
では、いつならいいのか。
奏は三味線を抱きしめた。
弦が、まだかすかに震えている。
その日が来る前に、ピッチを完璧に合わせなくてはならない。
福の手が、ぎゅっと奏の袖を掴んでいた。
雨音が、時計の針のように刻む。
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次回更新:2月18日21時
第四十七話 “支える”という戦い方




