第四十四話 比べるまでもない
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一方、作業道ルート。狛と光流、麗子。
「山〜!空気澄んでる〜!!」
静かな山道に、光流の声が響く。
「ねえねえ狛さん!
好きな女の子のタイプは!?綺麗系!?可愛い系!?」
「……わからん」
「……」
「あ!でかいキノコ!!食えるかな!?」
「……毒キノコだ」
沈黙。
「ちょ!麗子!!」
光流は麗子に駆け寄り、小声で話した。
「俺と狛さんって、一番組んじゃいけないペアだったんじゃない!?」
「今さらよォ〜」
「さっき相性診断やったら、“互いにストレスで死ぬ”って書いてあった!!」
コソッとスマホの画面を麗子に見せる。
「アンタそれ恋愛のやつよォ……」
そんな話をしている二人に、
「おい」
突然、狛が声をかけた。
「はい!?!?」
光流の声が上ずる。
「何でしょうか!?」
「いや……。
その……あれだ」
狛の視線は、泳いでいた。
「……お前たちは、最近……どうなんだ?」
「どう?とは??」
光流と麗子は、揃って首を傾げる。
「調子というか……」
狛は、こほんとひとつ、咳払いをした。
「俺は、紫苑のように視野が広くない。
柊と颯のことで、頭がいっぱいでな。
お前たちのことまで……見えてない」
狛の耳が少し赤くなっていた。
光流は麗子と顔を見合わせる。
「俺たちは、わりと順調っすよ!ちゃんと、変わってきてます」
「持久力もついてきたわァ」
「奏ちゃんも前より柔軟になったって言うか……殻破ってきてる感じします」
光流の言葉に、麗子がうんうんと相槌を打った。
「……そうか」
狛は空を見上げた。
六月の空に、入道雲が揺れる。
「柊は……悩んでるっぽいですけど。どうなんすかね?」
光流の問いに、狛が振り返った。
「そうだよな」
ぱちりと、二人の目が合う。
「……俺が、焦らせているのかもしれない」
「……?」
光流はじっと狛の目を見る。
先に視線を逸らしたのは、狛だった。
狛の目線の先に、山道の脇に咲いた、手入れされていない紫陽花の群。
「この時期には、あまり良い思い出がないんだ」
紫陽花の紫色が、やけに鮮やかだった。
「……五年前の六月も、こんな紫だった」
何のことを言っているのか、光流と麗子にはわからなかった。
「また誰かを守れないのは、ごめんだからな」
「それって――」
光流が狛の言葉に応えようとした、その時。
ビュウッ!!
突風が吹き抜けた。
木の葉が勢いよく舞い上がる。
同時に――霊害の気配。
――来る。
その場にいる誰もが、確信した。
ピィーッ!
狛の指笛で黒狼が駆けつける。
そして林の中から、
ザザァッ!!
黒く大きな影が現れた。
二メートルほどあるだろうか。
一瞬、山から音が消える。
ほんの一瞬、光流は目を閉じ、手を合わせる。
そしてすぐに体勢を構えた。
「複合しちゃってるっすね」
「……かえって好都合だ」
狛が少しだけ、口元を緩める。
次の瞬間、黒狼が漆黒の光となり、狛の中に吸い込まれた。――共霊の光だ。
紫陽花の花弁が、一枚だけ落ちた。
そこに、“人間”の狛は、もういなかった。
「まとめて祓える」
「……あ……ああ……」
霊害が、ゆらゆらと形を変えていく。
獣のような輪郭。頭部には、尖った二本の大きな角。
目だけが赤く光っていた。
「……鹿、か……?」
光流が呟いたのと、ほぼ同時。
霊害が四足歩行で勢いよく突っ込んできた。
「危ねっ!」
狛と光流は、左右に別れて飛ぶように避ける。
その間で、
ドゴォンッ!!
麗子が、霊害を真正面から受け止めていた。
「アタシと相撲でもとろうって言うのォ〜?」
押し負けていない。がっちり両手で角を掴んでいる。
「麗子!」
光流の掌から青白い光が伸びた。
それを受け、麗子の筋肉が青白く光る。
「オラァ!!」
麗子は掴んだ角を引き寄せ、身体を屈めると、
霊害を担げて背負い投げた。
ドォォォン!!
地面に叩きつけられる霊害。
そこへ、
「いいぞ、麗子……!」
上から、狛が拳を向ける。
拳に纏った霊力が回転を帯びた。
ドガァン!!
霊害の心臓部を、突く。
「……あああ……」
霊害が苦しそうな声を上げて光の粒に変わろうとした。
次の瞬間、
ビビッ!!
林の奥から、赤い光が一直線に伸びた。
その光が崩れかけの霊害に注がれ、再び輪郭を取り戻す。
「!……誰だ!?」
狛は振り返って林の中を見た。
木々の間から、ゆっくりと人影が姿を現す。
立ち襟の黒いコートに身を包んだ青年。
後頭部で半分だけ結んだ白髪が、風に揺れる。
凄まじい霊力に、鳥肌が立つ。
切れ長の目は、狛の姿を捉えていた。
「お前こそ、誰?」
男は細い眉を寄せ、険しい表情をする。
「お前、俺のカワイイペット達に、手を出したな」
「“ペット”だと?」
ちらりと先ほどの霊害に目をやる。
呻きながら身体を起こす霊害。
赤い霊力を纏い、先ほどよりも大きな獣に見える。
「光流!その霊害、やれるか?」
「もちろんっす!」
狛の指示に、光流は二つ返事で答えた。
――それぞれの相手が、定まった。
「……お前、共霊しているな!
しかも、獣霊ト!」
白髪の男は、狛を舐めるように見て言った。
その男の後ろで、ゆらりと別の気配が動く。
人間ではない。白い――虎の獣霊。
「霊獣使い……!俺以外にもいたのか……!」
狛は目を見開いた。
男は、懐に来た白虎を優しい手つきで撫でる。
白虎の瞳は金色に輝いていた。
「狼か、虎か」
男はハッと乾いた笑いを溢す。
「王に相応しいのは、どちらか。
――比べるまでも、ナイな」
遠くの入道雲の下で、雷が鳴った。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月17日19時
第四十五話 仕組まれた平和




