第四十三話 お札が、なくても
足が震える。
喉が、からからに乾く。
それでも。
「お札がなくても、戦えます」
藍色のソフトケースから取り出された――新しい武器。
白木の棹。
黒く塗られた胴が、木漏れ日に光る。
「奏ちゃん……それって……」
福が奏の手元に、目線を落とす。
「――三味線です」
奏は、撥を構えた。
息を吸う。
撥の重みだけが、確かだった。
――大丈夫。
そうでなければ、困る。
試奏ではない。
自分が、何を信じているか。
それを確かめるために奏でる。
ブワァ!!
霊害が、四方八方から奏に襲いかかる。
撥が弦を打った。その瞬間。
音が”形”を持ち、青白い刃となる。
「――霊奏」
ベベンッ!
澄んだ音が、山の木々に木霊した。
山の奥へと音が染み渡っていく。
この土地そのものが応えるように、風が凪いだ。
バシィッ!!
響きそのものが、一斉に霊害を貫いた。
木の枝がビリッと震える。
音の刃に触れた霊害が、光の粒へと姿を変えていく。
だが、すべてを消し去るには、まだ荒削りだった。
「……っ!」
わかっている。まだ荒い。
それでも、通じてる。
ピッチは外れていない。
「もう一回!!」
べべベンッ!
連続で撥を弾いた。
一音ずつ、残った霊害を刺していく。
「……すごい……!」
その響きは、敵意を持つ霊力だけを選びとるように、
福のすぐ脇を通り抜けていった。
強いというより、正しい音として、福の耳に届く。
かつては、霊をお札で封じていた。
だが今は――
祈りを”貼る“のではなく、
想いを”響かせる”。
「……私のやり方です、紫苑さん……」
否定でも、反発でもない。
これは、奏自身が選んだ“答え”だった。
三味線の掛け紐を、肩に掛け直す。
「……さあ!福くん!
伊吹さんを追いましょう!」
「は、はい!」
奏の強く、優しい音色は、
離れた場所にいた柊にも響いていた。
***
Side:柊
ピクッ。
耳に、微かに音が届いた。
真っ直ぐ、澄んだ音。
胸の奥がぎゅっと掴まれた。
その音を、僕は知ってる気がした。
足を止めて振り返る。
「……?」
風の音でも、鳥のさえずりでもない。
けれども確かに、“何か“が届いた。
――まるで、僕の背中を押すように。
僕の前方では、紫苑さんが鼻歌を歌っていた。
どこか、調子の合った旋律で。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月16日21時
第四十四話 比べるまでもない




