第四十二話 お札が、ない
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その頃。参道ルート。
奏は、祠に手を合わせていた。
――どうか、力をお貸しください。
心の中で、祈る。
そんな奏の背後には、
「奏ちゃーん。そろそろお弁当食べていいー?」
ソワソワしながら尋ねる伊吹がいた。
「……伊吹さん」
祈り終えた奏が振り返る。
「それ、五分おきに聞くの、やめてくれますか?」
「だってぇ……お腹すいたぁ……」
しゅんと肩を落とす伊吹に、奏は腕時計を突き出して見せた。
「まだ九時ですよ!?
ていうか、バスの中でずっとお菓子とかパンとか食べてましたよね!?」
「そ、そうだよ。伊吹ちゃん……。
今食べたら、もたなくなって後で倒れるよ……」
福も、消え入りそうな声で奏に続く。
「ぐぬぬ……」
伊吹は苦悶の表情を浮かべた。
「せめてあと二時間!耐えてください!!」
「に……二時間……!?!?
福ちゃん!奏ちゃんは鬼だ!これは拷問だよ!!」
奏は、はぁっと深いため息を吐いた。
どっちが年上なんだかわからない。
思いのままに質問を投げる。
「……伊吹さんは、どうして狛さんと紫苑さんとチームを?」
狛と紫苑は同じ久世派。けれど、伊吹は違う。
それなのに、どうして二人と行動を共にしているのか――単純に疑問だった。
「……気になる?」
伊吹は上目遣いで奏を見た。
その瞳が、少しだけ潤んでいる。
「はい。それなりには」
「お弁当食べてもいいなら、教えてあげる」
「……」
奏の瞳が、光を失った。
カァ……カァ……。
カラスが鳴きながら、頭上を通り過ぎていく。
そして、
「……わかりました。
ただし、半分だけです」
奏なりの折衷案だった。
「やったー!!福ちゃん!お弁当ちょうだい!」
「い、伊吹ちゃん、落ち着いて!崩れちゃうよ!」
奏の返事を聞いたが早いか、伊吹は福のリュックサックに手をかけていた。
地面に座り、食事モードに入る。
「半分だけですよ!?」
「わかってるわかってる〜!
おわー!おいしそ〜!!」
お弁当箱の蓋を開き、伊吹は瞳を輝かせた。
古我さんの準備してくれたお弁当は、和食中心の、どこか懐かしい献立だ。
「いただきまーす!」
「……急いで食べると喉に詰まりますよ」
奏は、水筒のお茶を伊吹の側にそっと置く。
なんだかんだ世話をしてしまう性分である。
「んで?
どうして、ボクが狛くんたちとチーム組んでるのかって?」
伊吹は咀嚼しながら奏の方を見た。
ごくんと飲み込んで、続ける。
「狛くんが誘ってくれたの!」
「狛さんが?」
「そう!ボクね、施設育ちなの。
小さい頃ね……ご飯の時間、よく飛ばされてたんだ〜」
「え……?」
思わぬ言葉に、奏は動きを止めた。
その言葉の軽さと、内容の重さが噛み合わなかった。
伊吹はお構いなく、箸を動かしながら続きを話す。
「しかも霊が見えるでしょ〜?
“変な子”だから、誰も近寄ってくれなくてさ。
……ずっと、福ちゃんしか友達がいなかったの」
「……」
福は何も言わず、目を伏せて伊吹の話を聞いていた。
「でね!高校に入学して、狛くんに会ったんだ!」
伊吹は満面の笑みを見せる。
「狛くんが、“仲間になろう”って言ってくれたの!
狛くんって、すごーく優しいんだよ!」
「……そうなんですね」
伊吹につられて、奏の口元が緩む。
「だからボク、狛くんがだーい好き!」
伊吹は頬を赤らめて言った。
「あ!もちろん、紫苑くんもね!」
慌てて付け加える。
だけど、奏にはもう、伊吹の“特別な感情”が伝わっていた。
「福ちゃんと狛くんには、とっても感謝してるんだ〜!」
「そう言えば伊吹さんも、皇陽高校なんですよね?
かなりお勉強されたのでは……?」
「あ、ボクは食物科だから!」
「そういうことでしたか……。
食物科、伊吹さんらしいですね」
「お菓子職人になりたいんだ〜!」
奏と伊吹が、和やかに話をしていると……
バシュッ!!
突然、二人の目前を黒い影が横切った。
おそらく、生き物ではない。
「ほえ?」
伊吹は目を疑った。
お弁当が、なくなっている。
「い、伊吹ちゃん……!」
福の青白い顔から、さらに血の気が引く。
伊吹の身体は、わなわなと震えていた。
「ボクの……お弁当……」
参道を逸れた林の中から、ガサガサと何かが動く音がしている。
「返せ……!ボクのお弁当……っ!」
震える拳を握りしめ、伊吹が立ち上がる。
その目の奥で、怒りの炎が燃えていた。
「い、伊吹さん。落ち着いて――」
「許さないっ!!」
奏が言い終わる前に、伊吹は林の中へと駆け出していた。
「そっちは道じゃないですよ!?」
「伊吹ちゃーん!」
奏と福も急いで追いかける。
すると――
バババッ!!
木々の間から滲み出てきた複数の黒い影――霊害だ。
一つ一つは小さい。だが、数が異常だった。
奏は急いでブレザーの内側に手を入れる。
しかし――ない。
「!?」
忘れるはずがない。
――『お札、ダッサ⭐︎』
紫苑の笑顔と声が、脳内に再生される。
「やられた……!」
奏は手で顔を覆った。
「伊吹ちゃーん!霊力ちょうだいー!」
奏の隣で福が叫ぶ。
しかし、その叫びも虚しく、伊吹は弁当を奪った霊害を追って林の奥へと消えて行った。
福くんは、伊吹さんの霊力がなければ戦えない。
でも――私は、違う戦い方ができる。
逃げるわけには、いかない。
ザワッ……。
霊害の群れが、気配を変える。
一斉にこちらへ牙を向けた。
この数の霊害を放置すれば、参道に被害が出る。
先を行く伊吹は、一人だ。
「……本当に、やってくれましたね」
奏は、背負っていた藍色のソフトケースに手を伸ばした。
中から取り出したのは――新しい、“武器”。
ケースの金具が、乾いた音を立てた。
それは、奏がこれまで頼ってきた戦い方とは、まるで違うものだった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新 2月15日15時
第四十三話 お札が、なくても




